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♯11

 

 夏休み最後の一週間はさらりと流れ去って行った。

 祐介が完成させた音の原盤を僕はひたすらCD―Rに焼き続けた。

 そして悟史がジャケットを完成させると(帽子を手で押さえた女の子の影の写真だった)、今度はそれをケースに詰め込み、ビニールカバーをかけた。

 こうして僕らはファーストデモCDを完成させ、夏休みは幕を下ろした。


 

 四十日ぶりに会うクラスメートはそれぞれ様々な変化を遂げていた。

 目と歯がやけに目立つくらい日焼けをしていたり、髪型が変わっていたり、びっくりするくらい太っていたり、痩せていたり。

 そんな夏休みが及ぼした力に僕は感心した。

 丸坊主になった担任を見て吹き出し、二学期も頑張ろう的な内容を遠回しに難しい言葉で話す校長の長話に耐え、担任の坊主になった経緯(奥さんと子供に見ているだけで暑いと言われたから坊主にしたとのことだった)を聞いて、配られた保護者向けのプリントを鞄に詰め込み、二学期初日が終わった。

 

 「始まったな。面倒くせえよな、また毎日学校かよ。ギターだけ弾いてられたらどれだけ幸せか」

 

 僕は祐介と一緒に家に向かってダラダラと自転車を走らせた。

 「ああ! 時間もったいねえよ」

 

 本当にまったくその通り。

 音楽だけやっていられたら。そう考えると、授業中ガクガクと寝ている時間がもったいなくて仕方がない。顎が肘から滑り落ち、ガンと大きな音を立て、周りの視線に恥ずかしがることなんて馬鹿馬鹿しくて仕方がない。

 

 本当に、まったく。



 家に戻ると、僕は服を着替え、完成したCDとヘッドフォン、それにポータブルのCDプレイヤーをバックに詰めこみ、赤レンガ倉庫へと自転車を走らせた。


 世羅に会うのは書店で会って以来だった。

 夢の中では顔を合わせていたけれど、実際の僕はCD作りに忙しく、世羅は世羅で用事があり、こうして今日まで会うことが出来なかった。

 そして今日の僕は今まで以上に世羅に会えることを楽しみにしていた。

 CDのことを秘密にしているというのもそうだけれど、今日は……、制服を着た現実の世羅が見れる。


 星愛は僕らのような公立高校とは違う。

 始業式でも授業がある。

 タイム・イズ・マネー。

 エリートお嬢様を育成する学校は、一秒たりとも無駄にしたりはしない。

 そこで語られる言葉が、指される文字が、読まれる文章がタイム・イズ・マネーの名の下にある。

 

 と、僕はそんなことを思ったりした。


 


 世羅はまだいなかった。

 僕はベンチに腰を下ろし、MP3プレイヤーで自分達の曲を聴いた。

 イヤホンから流れる自分達の音に、演奏に、そして自分の歌に僕は酔いしれた。

 完成してからもう何度も聴いているけれど、それでも飽きないのはどうしてだろう。

 

 それはきっと…。

 

 才能だ! 僕らの才能だ!

 

 と、学ならそう言うだろう。

 

 けれど、僕はそうは言わない。みんなで一生懸命作り上げたからだ。と、謙虚にそう言う。最高だ、俺らは。と、思いながら。

 

 祐介の仕上げは最高だった。全体のバランスも良いし、迫力もあって、初めての音にしては百二十点の仕上がりだった。

 

 「一番大変だったのは、お前の歌を繋げることだったな。そのテイクごとに良いなと思うところを見つけて、そのタイムをメモって、で、違和感がないように一つにする。仙人になるところだったんだぞ。一日中ヘッドフォンつけて部屋に閉じこもってたからな」

 

 祐介が試行錯誤し仙人になりかけながら繋ぎ合わせた僕の歌は、当の僕が聞いても良いと思える出来だった。

 

 むぎゅっ!

 

 !?

 

 両肩を強く掴まれ、振り向くとそこには…、倒れてしまいそうなくらい可愛い世羅がいた。

 

 白いワイシャツに大きな青いリボン…。そしてその真っ白なシャツの上に流れる黒い髪の毛…。膝をぎりぎり隠しているスカート…。そこから伸びる細い二本の足…。

 

 苦しすぎる、…胸が。

 ハイテンポのドキドキに僕は言葉を奪われた。

 イヤホンを耳から外し、僕は停止した。

 

 「………」

 

 「ん?」

 

 世羅は首をほんの少し傾け、それから眉間に皺を寄せた。

 

 「変態」

 

 「……じゃない」

 僕はなんとか言葉を押し出した。

 

 世羅は一歩後ろに下がり、僕を睨み付けた。

 その鋭すぎる視線に、僕は手を横に振り言い分け的動作で対応した。

 

 「変態」

 世羅はもう一度言い、それから僕の隣に腰を下ろした。

 

 夢では見慣れた姿だけれど、現実に目の当たりにするとその可愛さは……やばすぎた。

 私服姿の世羅も十分過ぎるほど可愛かった。けれど、星愛の人気高き制服は世羅に似合いすぎていた。こんなにこの制服が似合う女の子は、彼女以外にいないんじゃないかと本気で思う。非の打ち所がない。完璧だ。

 パーフェクトだ。グレートだ。うん。


 「始業式の日から、数学と古典よ。休み明けにあり得ないよね、この組み合わせ」


 はあぁぁ。世羅は溜息をついた。

 

 「お疲れ様です…」


 「…なんか嫌な感じ。その言い方」


 「ご苦労様でした」


 「………」


 世羅は脇に置いた鞄を手に取った。


 「ぶっ!」


 鞄は見事に僕の胸に直撃した。


 「これが夢だったら、真樹君、すごいことになっちゃってたからね」


 ドン。音を立て、世羅は鞄を置いた。

 僕は胸をさすり、ダメージの回復につとめた。




 僕らはソフトクリームを買い、ベンチで話しをすることにした。

 数歩先のギラついた太陽の熱は、せり出した丸太作りの屋根がさらりと吸収し、心地よく吹き抜ける風がすっと押し流してくれた。


 「ライブまで二週間だね。CD聞くの本当に楽しみ」


 そのCDはここにあるのに。

 ふふふふふ。


 「百枚作ったんだよね? 私、二枚買うよ。聴く用と保存用。スティールに貢献しないと」


 「聴く用と保存用って。そんなレアCDじゃないんだから」


 「でも、いつかはレアになるでしょ? サインも入れてよね」


 「良いよ。いつも学校で書いてるみたいに漢字でフルネームで入れとくよ」


 口元を押さえて世羅は笑った。

 「綺麗な字で書いてね。読めないと偽物って言われちゃうかもしれないから」


 「出来るだけ綺麗に書くよ」


 「ジャケットも素敵そうよね。女の子の影でしょ? それって、悟史君が誰かに頼んで撮ったの?」


 「うん。友達の男。影だからそんなのわかんないだろって。帽子はお母さんの日よけ用のだって」


 「確かにね。影ならわかんないわね。でも、今聞いちゃったから、きっとCD見たら、なんかちょっと怪しい目で見ちゃうかも」


 「大丈夫。そんなこと思わないくらい上手く撮れてるから。ほら」


 僕はバックからCDを取り出した。


 「えええええ!」


 ナイスリアクションだった。

 世羅は受け取ったCDを顔の前に近づけたり、遠ざけたりした。


 「えええ!」


 裏返し、元に戻し、また裏返し、もう一度元に戻した。


 「これ…、どうしよう」


 「プレゼント。先行試聴ってことで」


 「本当に…?」


 「うん」


 僕が頷くと、世羅はCDを胸にあてた。

 「…嬉しい」


 良かったと思った。本当に良かったと思った。こんなに可愛い女の子に半分泣きそうな顔でそう言われるなんて、この先の人生で二度とないことかもしれない。

僕は自分の行動に、そしてそうしようと思い立った過去の自分に感謝した。


 「他のメンバーはわかんないけど、俺は世羅が一番初め。アフロマンとマスター以外ってことだけど」


 「どうしよう…。突然だったから。…感動が止まらない」


 「それじゃ、聴いてみて」


 ポータブルCDプレイヤーを取りだし、ヘッドフォンと一緒に世羅に渡した。


 「傷つけないようにしないとね」


 世羅は丁寧にビニールケースを開き、CDを取り出した。


 「あっ!」


 「なに?」


 MP3プレイヤーに曲を入れているだから、わざわざCDプレイヤーなんて持ってこなくても…、良かったんだ。

 僕はよくこういうことをしてしまう。

 無駄というか、考えが及ばないというか、バカというか…。


 「なんでもない…」


 世羅は不思議そうな顔で僕を見つめ、それからヘッドフォンを頭にかけた。


 「緊張するなあ」


 僕はプレイボタンを押した。

 世羅は真剣な表情で歌詞カードを見つめていた。

 僕はそんな世羅をずっと見つめていた。


 


 世羅はヘッドフォンを外した。

 髪をかき上げ、軽く頭を振るその姿は、シャンプーのCMのようだった。

 

 「どう…?」


 世羅は何も言わず、ゆっくりと小さく頷いた。

 そして呟くように言った。


 「最高」


 「ありが――」


 「本当っに最高! 真樹君、すごいよ、本当に!」


 はっ!?

 僕の両手は上昇と下降を激しく繰り返した。


 「すごいっ! 最高以外になんて言えばいいの!?」


 ヘビーな昇降運動は続いた。


 肩が外れるんじゃないかと思うほど振り回されながらも、僕は幸せだった。

 世羅の手は柔らかくて、温かかった。


 「…そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。作った甲斐もあったし、それに自信もついた。良いって言ってもらえると、力になるよ。ありがとう」


 「良いじゃなくて、最高。毎日聴くからね。ライブは一緒に歌うから」


 すぅ~ぐ~そば~に~い~てくれ~たあ~あな~たのシルエット。


 可愛らしい高めの歌声だった。

 こっちの方こそ、出来ることなら毎日聴いていたい……、その歌声を。


 「一番前でノリノリで見てるかもよ」


 こんな風に。そう言うと、世羅は頭を振った。


 ヘッドバン……。


 長い髪の毛がでたらめに舞い、そしてパサリと落ちた。


 「………」


 「怖い?」

 髪の毛の間から世羅は言った。


 「……まあ、少し」


 「ホラー映画の幽霊みたいでしょ? よくやるんだ、一人でお風呂上がりとかに」


 「楽しそうだね…」


 「ちょっとはね。はははは」


 …はははは――

 僕も、笑ってみた。



 ソフトクリームをもう一つずつ買い、僕らは夕方まで話しをしていた。


 「お母さん、昨日の夜アメリカから帰ってきたの。でね、昨日からずっと焼肉食べたい食べたいって言っててね。今日これから二人で食べに行くの」

娘と二人で焼肉。


 僕は母親と二人で焼肉を食べに行ったことなんてない。きっとこれからもそんな機会はないんじゃないかと思う。たぶん。


 「お母さん、大好きなのよ焼肉。ミノが特にね。私は食べれないけど」


 ミノ…。

 って? なに…?


 僕が行ったことのある焼肉屋にもあったんだろうか。

 肉と言えば、カルビ、ホルモン、ロース、あと…、あと…なに?  なにがあるんだ?


 「ふ~ん。そうなんだ」

 曖昧な答えがベストアンサー。そんな状況だった。

 

 「うん」

 

 セーフ。

 肉の話題は通り過ぎて行った。

 そして僕らは手を振り、いつもの言葉を言って別れた。

 

 ――また夢で

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