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♯9

 

 やるときはやる男。

 

 そういう男だとは知っていたけれど、改めて感心するしかなかった。

 悟史は公言通り三十分で終わらせた。

 三十分で二曲ニテイクずつ。ノーミスでパーフェクトな演奏だった。

 

 「まあ、これが僕の腕だね、腕」

 悟史は細い腕を叩いて言った。


 いつもは冗談っぽくつっかかっていく学も今回ばかりは何も言えなかった。


 「完璧」

 祐介はヘッドフォンを外して言った。

 「音も良く録れてるし、言うことねえな」


 「今日からミスターパーフェクトって呼んでくれる?」

 ふっと、悟史は前髪を指で弾いた。



 時間はまだまだ残っていたので、アフロマンとの話し合いにより、バッキングのギターも録ってしまおうということになった。

 祐介はギターを取りだしアンプに繋いだ。

 アフロマンはベースアンプの前に立てていたマイクスタンドをギターアンプの前に移動した。


 「一本目はここらでいいか」

 アフロマンはアンプに近い位置にマイクをセットした。

 「で、もう一本はと」


 そしてもう一本持って来たマイクとスタンドをアンプから少し離れた位置にセットした。


 「こうやってな、二本使うことによって空気感も録ってやるんだ。一本だとラインよりな音になっちまうからな。こうやって二本のマイクの音をミックスして使うとこれまた立体感が出るんだな」


 なるほど。

 経験値獲得。

 アフロマンの言葉には音楽的経験値が埋め込まれている。僕は耳を澄ましサウンド技術を手に入れ、目を凝らしサウンド構築法とアフロを記憶に留めた。



 祐介は時間ギリギリまでテイクを重ねた。録れるだけ録った。家に帰ってからゆっくりとベストテイクを選ぶのだそう。

 悟史は一番初めに録ったテイクを使うことに決めた。


 「少しでも良いもの使いたいんだよな」


 「俺はこれ以上何を弾いても同じだから。それで良いよ」


 祐介と悟史は正反対だった。でも、それは自分のベストに対する考え方の問題の違いだけであって、お互いにベストなものを残そうとする気持ちは同じ。


 僕はそんな二人を見ていて楽しかった。

 これでこそバンドだ。

 個性と個性を掛け合わせて生まれるサウンド。それが僕らだ。



 次のレコーディングは三日後に決まった。

 十一時から四時までの五時間。

 リードギターを録り終わったら歌録りまでしてしまおうということになった。レコーディングが予定よりも早く進み僕らの意気は燃えさかっていた。



 その帰り道。街で一番大きな三階建ての書店の前に差しかかったときだった。

 自転車に乗った女の子が僕らの前を横切り店の駐輪場へと入っていった。

 髪の毛が長くて、スリムで、ピンクと白のワンピースが似合いすぎる可愛い女の子だった。


 「ひゅ~~!」

 悟史は口笛を鳴らした。

 「かっわいい~。ね?」悟史は僕に同意を求めるように言った。


 「うん? ああ、うん」

 僕は曖昧に答えた。


 「あんな可愛い子と知り合いになれたらな~。もう毎日やる気全開なんだけどね」


 悟史には悪いけれど、その可愛い子と僕は知り合いだ。僕らは夢の中でも会っている特別な関係。


 書店を通り過ぎ、しばらく走ったところで僕は言った。

 「あっ! 悪い! 忘れてた。親に頼まれてたものあったんだ」


 「なんだよ、突然」

 後から学の声が聞こえた。


 「俺、ちょっと戻るから、先帰ってて」

 自転車を停め、向きを変え、ペダルに足を乗せた。


 「そんなに焦って。どうしたんだよ」


 僕は頭を高速で回転させ、学の問いに対する偽りの答えを探した。


 「そうそうそうそう。うちの親韓流ドラマが好きでさ。よく借りて見てんだよ。でも、近所のレンタルビデオ屋にはないから、スタジオに行くんだったら、途中にある大きめのレンタルビデオ屋に寄って探してみてくれないかって言われてたんだよ」


 ……。


 六つの目はいかにも怪しいといった感じの眼差しを浮かべていた。


 …まずい。


 完全に疑っている目だ。


 こうなったら…、仕方ない。

 強行突破だ。それしかない!


 「悪い! 祐介、後で連絡するから!」

 僕はそう言って、ペダルにかけた足をフルパワーで回転させた。

 書店に着くまで一度も振り返らなかった。

 息を整え来た方を見ると、そこには三人の姿はなかった。


 駐輪場に自転車を停め、店の入り口の方へと向かうと、入り口のすぐ側に世羅の自転車があった。ライムグリーンのお洒落な自転車。

 僕は店に入り彼女の姿を探した。

 小説コーナーだろうと思い、二階に上がり文芸と書かれたプレートがかかった棚の間を探してみたけれど世羅はいなかった。


 店内をぐるりと一周しかけたとき、奥の棚に世羅の姿を見つけた。

 世羅は二階の洋書と書かれた棚の前にいた。僕は声をかけずに彼女の隣に立ち、目の前の棚から適当な本を一冊抜き取り読んでいるフリをした。

 アルファベットで埋め尽くされたページは完全に理解不能だった。

 世羅は熱心に本のページをめくっていた。隣にいる僕のことなんか全然気にならないようだった。

 あまりにも世羅が気付いてくれないので、僕は本を棚から取ったり、戻したりを繰り返してみた。

 けれど、それでも世羅は本から顔を上げなかった。

 

 こうなったら……。


 僕は隣にいる世羅の方を向き黙って見つめた。


 ……。


 世羅は少しだけ視線を本からそらした。


 どうやら少しは気になっているらしい。


 ………。


 また世羅の視線がちらりとこちらに向いた。


 気付いてくれた? と思ったら、世羅は本を閉じそれを積まれた本の上に置き、早足で棚の間を抜けていった。


 僕は世羅を追いかけた。

 世羅はこちらの気配に気付いたのか、歩くペースを上げた。

 僕もペースを上げた。

 そして、下りのエスカレーターが見えたそのときだった。

 世羅は近くで本の整理をしていた女性の店員に駆け寄った。


 「すみませんっ!」


 女性の店員が顔を上げると、世羅は僕を指さした。


 「あの!」


 …。


 ……。


 女性の店員は僕を見て、世羅を見て、そして言った。

 「はい?」


 …。


 「……すみません。なんでもありません。ごめんなさい」


 世羅は店員に頭を下げた。そして、僕を睨み付けた。


 「…いや、そんなつもりじゃなかったんだ。ちょっとびっくりさせようかなって思って…」


 本当にそんなつもりはなかった。

 「えっ! 真樹君!? どうして?」そんな反応が欲しかっただけだった。


 「変態かと思った……。隣に立ってずっと私を見てるし、後をつけてくるし」


 「ごめん…。やり過ぎだったかな」


 「そう! 怖かったでしょ!」

 世羅は指先で僕の額を突いた。


 「いってえ」


 「はああ。まったく」

 

 世羅の顔にはまだ怒りが残っていた。



    *


 

 お詫びは目に見える形で。大切なのはわかりやすさ。

 驚かせてしまったお詫びにと、すぐ隣のファミレスで食事をおごることにした。

 僕は家に電話し、今日の夕食はいらないと伝えた。


 「世羅は? 家に電話したりしなくても良いの?」


 「うん」


 「お母さん、ご飯の用意してるんじゃない?」


 「ううん。だって、今お母さんいないし。昨日から一週間アメリカに行っちゃったの。お父さんのところに。私は勉強したいからって言って断ったの。お母さん、すごく怒っちゃったけどね。でも、一人で過ごすのには慣れてるし。今までもこういうこと何回かあったから」


 両親は娘を一人残しアメリカへ。

 その娘は一人には慣れてるという。

 ドラマっぽい。親子の絆を取り戻すみたいな内容のドラマの初番の方の展開っぽい。


 「それに私携帯持ってないし」


 「うそ!?」


 「本当。だって使わないから。メールとかにも興味ないしね」


 驚きのコンボだった。

 高校生にとって必需品の携帯を持っていないとは。


 「でも、夕ご飯どうしようかなってちょうど思ってたとこだったからラッキーだったよ。ありがとね、真樹君」

 世羅は片目をつぶり、首を傾げてキュートすぎるスマイルを浮かべた。



 世羅はエビドリアを、僕はダブルハンバーグセットを頼んだ。


 「悟史君って、本当にすごいんだね。出来ちゃうものなんだね、そんな短い時間で納得の出来ることが」

 

 「うん。今回は改めて驚かされた。その前の学のレコーディングの後、三十分で十分って言ってたんだけど、冗談だろうなって思って聞いてたから」


 「才能なのかしらね、そういうことが出来るっていうのも」


 「でもね、あいつはたぶん、努力してる姿を見せたくないんだと思うんだよね。前にね、手首に湿布当ててその上から包帯巻いて来たことがあったんだ。腱鞘炎になって。悟史は変な弾き方してるからだとか言ってたけど、そうじゃないと思うんだよね。きっと、家で相当弾いてて、それで腱鞘炎になったんだと思う。中一からベースに触ってきた奴が今になって弾き方がどうのこうのでそうなると思えないし」


 世羅はドリアを口に運び、何度も小さく頷いた。


 「まあ、そういっても、努力してるのはみんな同じだけどね。祐介だって、学だって本当に頑張ってるから」


 「真樹君もでしょ?」


 「うん。…まあ、自分なりに頑張ってるつもり。俺も」


 曲作りは毎日しているし、ギターだってもちろん毎日弾いてるし、自分なりの言葉を見つけようと歌詞もノートに書き溜めているし。

 うん…。

 努力。そう呼んでも良いと思う。自分事ながら。


 「絶対、成功するよ。スティールは。絶対、必ず、成功する。私が保証するよ」

 世羅はスプーンを振りながら言った。

 「真樹君達が成功しなかったら、世の中の夢に向かってる人達はみんな希望をなくしちゃうよ」


 「それは、大袈裟」


 そんなことを世の夢追い人達に聞かれたら、世界の果てまで追いかけ回されてしまうかもしれない。

 けれど、それでも僕は嬉しかった。

 世羅にそう言われると、本当になんでもどんなことでも出来るような気がした。



 食べ終わると、デザートに白玉パフェを注文した。

 世羅は初め断ったけれど、僕がお詫びの気持ちだと何度も言うと、「それじゃあ…」と折れた。

 もちろん、お詫びの気持ちもあったのだけれど、もう少し彼女と一緒にいたかった。


 ――美味しいっ!


 プルプルの白玉とモチモチのあんは最強の組み合わせだった。

 世羅も僕も同じ言葉を口にした。


 そんなプルプルの白玉をスプーンの先で突いていたとき、ふと思い出した。

 僕は気になっていた。

 あの朝、頭の中でずっと回っていた世羅の言葉の続きが。


 「そうだ。一昨日夢で会ったでしょ。俺、学に起こされてあそこで起きちゃったんだけど、世羅何か言おうとしたよね? あのねって」


 「そうだっけ?」


 うん?


 「なんか言ってたっけ、私」


 うんんん?

 僕の記憶の間違い…? いや、でも確かに世羅はそう言った。夢への不安を話していて、それで…、えっと、なんだけ?


 …。


 ああ、そうだ!


 なんか世羅は悲しそうだった。

 今をもっと大切にしたいって話しをしてるときだった。


 「うん」


 僕は思いだしたことをそのまま世羅に話した。

 世羅は僕の話にそれほど耳を傾けてはいなかった。白玉を突いて「ぷるるんっ」と可愛らしく言いながらふざけていた。


 「…聞いてた?」


 「うん」


 「…で、どう?」


 「きっとね、そんなに重大なことを話そうとしたわけじゃないと思うよ。そうだったら忘れたりしないでしょ」


 そう言われればそうだけど…。

 でもあのときの世羅は、なんか切羽詰まった感じというか、何かを告白しようとしていた感じだったというか…。


 「それに夢の終わりってあやふやでしょ? あっ、そう。真樹君が夢から目覚めちゃうと私はね、すとーんと真っ暗になっちゃうの。だから、なんか言おうとしてたのかもしれないけど、よく覚えてないのかも。でも、どっちにしても、そんなに大事な話じゃないよ」


 「そっか…」


 「うんうん」




 「また夢で」


 僕らは手を振り別れた。

 僕はまだあの日の夢の終わりの出来事を考えていた。

 世羅が違うというのだから、それ以上考えることでもないけれど、それでもなぜか気になって仕方なかった。



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