Prologue
青い空にはカモメが舞い、その空よりも少しだけ深い青い海には停泊中の漁船が波に揺られ、そして、僕の目の前にはマンホールの蓋を両手で持ち上げひょっこりと顔を出している女の子がいる。
どう眺めれば良いのか、この違和感溢れる光景を。
「……なにしてるの?」
「どう?」
「どうって、なにが?」
「この登場」
彼女はマンホールから飛び出すように抜け出ると、蓋をフリスビーのように放り投げた。
ヒュンヒュンと危ない音を立て、鉄の塊は二台並んだ自動販売機の一台に命中した。
破壊的なサウンドが響き、火花が弾けるように散った。
「ストライクっ!」
「ストライク、じゃないだろう。なにするんだよ、いきなり」
「ん? 狙い通りよ」
「はっ?」
「私が狙ったのは赤い方よ」
「そうじゃなくて…」
「それじゃ、今度は」
彼女は鉄のメッシュのゴミ箱に両手を回し、体全体を捻るようにして投げた。
そしてそれは、もう一台の自販機に突っ込んだ。
ガァァアッシャン!
「ほらね。私の腕よ、腕」
「………」
白いワイシャツから伸びた細い腕をパンパンと叩き満足そうに微笑む彼女を見つめながら、僕は首を振った。
「それじゃ、今夜もお邪魔します」
「お邪魔してますだろ」
彼女は片目をつむって悪戯っぽく微笑み、僕の隣に腰を下ろした。
「ねえ、真樹君。初めて会った時のこと覚えてる?」
「ん? なに、突然」
「そのときさ、どう思った? 私のこと」
どう思った、か。
僕は腕を組み、首を傾かせ、思いだそうとしているフリをした。
忘れようと思って忘れられるようなことじゃない。
今でもはっきりと覚えている。
彼女は今と同じで、突然過ぎて、破壊的すぎて、可愛すぎたから。