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ACT12 逆転の星図

 割れるように痛む頭をかかえて、遙香は体を丸めた。固定していない体が宙を漂い、キャビンの壁に背中が当たる。とっさに伸ばした手が手すりに触れ、遙香はそれをつかんで壁に背中を押しつけた。

「響揮……待って、響揮」

 すがるように繰り返すと、今度は胸がずきんと痛んで、遙香はあいている手をぎゅっと胸に押しつける。Tシャツの生地越しにペンダントがてのひらに当たる。耳の奥でどくどくと血流が鳴る音を聞きながら、チェーンを胸元から引きだし、ふわりと宙に浮く銀色のヘッドを見つめた。

 三日月がくるりと回転してきらめき、ムーンストーンのなかで淡い炎が揺れる。裏には響揮が刻んだ文字がある。〝TO HARUKA〟――遙香へ。

 その瞬間。遙香の頭の奥でまぶしい光がはじけた。

『俺、遙香に謝らなきゃならない。いままではっきり言わなかったことを』

 ああ、そうだ。忘れちゃいけないことがあったんだ。

『遙香が好きだ。誰よりも、遙香がいちばん大切だ』

 唇に、わずかに響揮が残した感触。

 ファーストキス。

 レモンの味でもバニラの味でもなく、ひんやりしていてかすかに涙の味がした。響揮の唇が触れたところから、しびれるような熱いうずきが広がっていった。

「響揮……!」

 遙香は両手でペンダントを胸に抱きしめ、祈るように呼んだ。

 ふいに頭痛が消えた。あたりはしんと静かで、空調のうなりさえ聞こえない。

 遙香は体が宙を漂うにまかせ、明るいキャビンにぼんやりと目を泳がせる。

 約束を、思い出した。

 いとおしむようにそっと、指先を唇に当てる。

『泣くなよ』

 響揮の声が聞こえた。

 もう泣かないよ。遙香は胸のなかで答え、目を閉じた。

 すべてが鮮明に思い出せた。

 響揮がキャビンを出てしばらくしてから、ディアナは戻ってきた。数時間の記憶を消して新しい記憶と入れ替えると言われ、遙香は薬を打たれた。

『忘れたほうがいい記憶もあるのよ』

 ディアナがつぶやいた。

『目が覚めるまで、お休みなさい』

 そして頭がたちまち真っ白になった。

 でも遙香は、どんな小さなことも、ひとかけらだって忘れたくなかった。だから懸命に抵抗した。唇に残ったかすかなうずきを、手がかりとして記憶に刻みつけたのだ。

 遙香は目を開ける。見えているのはキャビンのドアだ。

 約束したんだから、響揮は死んだりしない。遙香はそう自分に言い聞かせ、いま自分になにができるかを考えた。

 まずは、記憶が戻ったことをディアナにもシャンメイにも悟られないこと。それから天音の様子をたしかめ、一緒に逃げられるかどうか検討すること。

 ペンダントを服の下に戻し、通路へ出るドアに近づいたところで、さっとドアが開いてシャンメイと鉢合わせした。遙香はぎこちなくほほえんでみせる。

「あの……ちょっと疲れちゃって。ルナホープに戻るまで時間があるなら、ベッドで休ませてもらってもかまわない?」

「ええ、もちろん」

 シャンメイは遙香と目を合わせずに答え、「こっちよ」と言って通路を漂っていく。遙香は天音がいた部屋のドアを横目でたしかめながら通りすぎ、案内されたゲストルームに入った。シャンメイがキャビンに戻るのを見計らい、そっと部屋を出る。通路の天井を見あげて、四枚並んでいるオレンジ色のハッチを確認する。逃げるなら、この緊急脱出ポッドを使うのが確実だろう。

 問題は天音だ。死んではいないとディアナは言っていたが、天音がただ眠っているだけではないのは遙香にもわかった。意識がないとすれば、一緒に逃げるのはなかなか難しくなりそうだ。

 でも、天音さんを助けられるのはあたししかいない。響揮が爆弾をシェルターに運んだように。危険を知っていてこの船に来たように。自分にできることをしなければ。

 遙香はTシャツの生地の上からペンダントを押さえた。

 あたしに勇気をちょうだい、響揮。

 ごくりと唾をのみこんで、遙香は壁の手すりを握り、前方に体を押し出した。そのとき、天音がいた部屋のドアが開き、ディアナが漂い出てきた。

「ミス・ディアナ――」

 あわてて遙香は壁の手すりをつかみ、体を止める。ディアナの背後でドアが閉まり、なかの様子は見えなくなった。天音がいるのかどうかもわからず、遙香はじりじりする。

「目が覚めたのね。気分はどう?」

「ええ、大丈夫です。ちょっと疲れていたみたいで、眠ってしまってごめんなさい」

「気にしないで。もうしばらくしたらルナホープに戻るわ。遅くなって悪いけれど、少し待っていてね」

 にっこりとほほえむディアナは美しく、神々しくさえある。遙香は一瞬、自分はなにか勘違いをしているのではないかと疑った。

 こんなに美しくて頭がよくて裕福な人が、恐ろしいテロや殺人などたくらむだろうか? あたしはおかしな夢を見ていただけで、ホテルに帰れば響揮が待っているのかもしれない。天音さんもいまごろは地球で、いつものように働いているのかも。

 響揮に電話をして確かめてみればいいんだ。でもさっき電話したときは通じなかった。……あれ? さっきっていつ? マイティフォンを忘れてきたんだから、電話なんてできるはずないのに……。

 記憶が混乱してきて、激しい頭痛に見舞われた。遙香が無意識に頭を手で押さえると、ディアナがそばに来てやさしく肩を抱いた。

「もう少し休んだほうがいいわ」

「……ええ」

「ホテルにはさっき連絡しておいたから、心配しないで」

「響揮は――」

 オレンジ色の与圧スーツのイメージが頭をかすめ、遙香は息をのむ。

「先に寝ているって言っていたわ。わたしはあと数日ルナホープに滞在する予定だから、今度はふたりで遊びにいらしゃい。ね?」

「……ありがとう、ございます」

 忘れちゃいけないと、遙香は呪文のように心のなかでつぶやき、そっと唇に指を当てた。ディアナに導かれるまま、ゲストルームに戻る。

 焦らず、機会を待つしかなかった。なんとかディアナとシャンメイの目を盗んで天音を連れだし、通路の天井のオレンジ色のハッチに飛び込むのだ。レバーを引けばポッドが射出され、救助要請信号が管制センターに送られる。

 響揮もきっとどこかの船に救助されて、ルナホープに戻っている。約束したんだから。またすぐに会えるって。

「長い一日よね、わたしも少し疲れたわ」

 ディアナはユーティリティコーナーの冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのパックをとり、遙香のほうを見た。

「あなたも飲む?」

「ああ、はい、いただきます」

「水でいい? ジュースもあるわよ。オレンジにアップル」

「水を」

 もうひとつ冷蔵庫からパックをとって遙香に渡し、ディアナは封を切ってひと口飲んだ。

 なにか薬が入れられているということもなさそうだと考え、遙香も口をつける。唇に吸い口が当たると思いがけずうずきがよみがえってきて、彼女ははっとして口を離し、とっさに指を当てた。

 ディアナがぽつりと言った。

「……思い出したのね」

「え?」

「さっきも唇に指を当てていたわ」

 どう答えればいい? 狼狽を隠して黙り込んでいる遙香に、ディアナはほほえむ。

「記憶操作は薬だけでするんじゃないのよ、遙香。〝目が覚めるまで、お休みなさい〟」

 瞬間、頭が真っ白になり、遙香は心のなかで悲鳴をあげた。

 だめよ、やめて! あたしの記憶を盗らないで! 大事な思い出を奪わないで!

「何度記憶操作をしても、結局あなたは最後のキスを思い出してしまうのかもしれないわね。そんなにあの子が好きだったの? ばかね、もっと早くその気持ちに気づいていれば……わたしもあの子を殺さずにすんだかもしれないのに」

 もう泣かないと決めたはずなのに、遙香は涙があふれてくるのを止められなかった。

 だったら涙を記憶の手がかりにすればいい。すがるものはなんだってかまわない。あたしは忘れない。どんな小さなことも。ひとかけらだって。

 忘れ、ない。


      *      *


「……ラッキーカラーだ」

 意識をとり戻して真っ先に視界に入ってきた青い瞳に、響揮はかすれた声で告げた。

「アレックス、ただいま」

「このばかものが! 宇宙遊泳するときは命綱をつけろ! 運を天にまかせるなんて愚か者のすることだと何度言ったら――」

「一度も言われてないって。それに大声出さないでよ、頭に響く」

「口答えするのか? 十年早い!」

 アレックスの目は真っ赤に充血し、目尻に涙の跡が残っている。怒った口調とは反対に、目には深い安堵と感謝の色があった。

「……ごめん」

 響揮はため息をついて半分目を閉じ、口にあてられたマスクから流れてくる酸素を味わう。酸素がこんなに甘いものだったとは、いままで知らなかった。

「まったくおまえは……」

 アレックスはくしゃっと響揮の髪をかきまぜた。

「よく還ってきた、褒めてやる。正直、もうだめだとあきらめかけたがね。柄にもなく奇跡を祈ってしまったよ」

「主任のあれは祈りじゃなく脅迫でしょ」

 副操縦席からサレムが、シートの背もたれ越しに言ってにやりとした。

 アレックスは首を振った。

「結局はおまえの生きたいって執念が勝ったってことだ。しかし命綱なしで宇宙遊泳する前に、ちょっとは結果を考えろよ。俺がどれだけ――」

 言葉を詰まらせ、顔をそらす。

 自分が苦悶しながら死へ向かっていくさまを、アレックスはただ見守るしかなかったのだと、そのときはじめて響揮は気づいた。それがどれほど残酷なことだったか。

「ごめん。でも仕方なかったんだ。遙香と兄貴を助けるためには」

「天音もエンデュミオン号にいたのか? ガールフレンドは無事か?」

 響揮は酸素マスクをはずして体を起こそうとした。それをアレックスが止める。

「おい、無理するな。おまえ一度死んでるんだぞ? 本来なら集中治療室で完全看護されてなきゃいけないんだ」

「平気だ、のんきに寝てなんかいられないよ。遙香は無事だけど、兄貴は仮死催眠に入っていた」

「やっぱりか。だがディアナはまだ天音を手にかけてないんだな。ってことは……」

 考えこむ表情になり、アレックスは顎を撫でた。

「重力の低い宇宙空間のほうが、仮死催眠中の人間には地球上より延命に適している。ディアナは天音に惚れてるのかもな」

「それどういう冗談? ディアナは平然とした顔で、兄貴が自然に死ぬのを待つって言ってたぜ? ひとりじゃ寂しいだろうから遙香も一緒に殺すって」

「ああ……子供にはわからんだろうさ」

「わかんないよ全然。なぜあんな理由で大統領暗殺を企てるのかも、俺にはまったく理解できない」

「なんだ、その理由って?」

 響揮はディアナから聞かされたロシュフォード大統領とフローレス家の因縁を話した。ディアナの最終的な目的が連邦の崩壊であることも。

 そのあいだにサレムが響揮のそばに来てバイタルデータをチェックし、全身を触診する。心臓マッサージで強く圧迫された胸はあざだらけで、軽く触れられるだけでも痛み、響揮は顔をしかめた。

「幸い肋骨は折れてないようです。主任のあの様子だと二、三本はいかれてるだろうと思いましたけど。野生動物並みのたくましさですね」

「野生動物はもっと自己保存本能が発達してるさ。こいつみたいに無鉄砲なことしてたら命がいくつあっても足りゃしない」

 渋い顔で言うアレックスに、響揮は返す言葉がない。

「まあ、いまの話でいろいろと合点がいったよ。それにしても、ディアナがおまえにそんな突っこんだことをしゃべったってのがね……」

 アレックスは頭をかき、また考えこむ顔で響揮を見つめる。

「勢いだと思うよ。彼女、失言したって顔してた」

「感情のコントロールがきかなくなったってことだろう。そこが肝心なのさ」

 サレムが同感というように両手をあげ、アレックスと目を見交わした。

「なにふたりだけでわかりあってんだよ」

「十年後に仲間に入れてあげますよ」

 サレムがしれっと言って響揮のそばを離れ、コクピットの隅に備えられたフードウォーマーに行く。

「とにかく、ディアナがあと何日か後に遙香と兄貴を殺すつもりでいるってことはたしかだ。この船でエンデュミオン号に乗りこんで、ふたりを取り戻すことはできないのか?」

 アレックスは顔をしかめた。

「できりゃもうやってるさ。まず捜査令状がとれない。情けないが、局の上の連中も市警もディアナの言いなりなんだ。令状がとれたとしても、踏みこむ前に捜査の情報が裏からディアナに回るだろう。つまり証拠隠滅の時間が――天音とガールフレンドを始末する時間がたっぷりあるってことだ。まったく腹立たしいかぎりだが、それが現実ってやつでね」

「だから僕らがきみを救助したことも、まだ上には報告してないんですよ。管制センターへの報告もうやむやにしたままです」

 サレムがフードウォーマーのところから肩越しに言う。

「きみが生きてることをディアナに知られるとまずいかもって判断で。いま僕らはテロリストの密入域情報があったと上に嘘をついて、パトロール名目で飛んでるんです」

「おまえは納得いかないだろうがね、とりあえずはエンデュミオン号がルナホープ宇宙港に降りるのを待つしかない。宇宙空間なら証拠隠滅も簡単だが、港に降りればそうはいかないからな。捜査令状がなくたって、俺が責任を持って天音とガールフレンドを取り戻すよ」

 アレックスの青い目には決意があった。局を辞めても、ということだと響揮は理解した。

「だからおまえはとにかく休んでろ。後遺症が出る可能性もあるんだからな」

 緊急通信の着信ブザーが鳴った。応じようと副操縦席に戻りかけたサレムを目で制し、アレックスは響揮の髪をくしゃっとかきまぜてから操縦席に向かう。

 入れ替わりにサレムがやってきて、医療用栄養補給ゼリーのパックを二本響揮に渡した。

「はい、これ全部飲んで」

「……なんか微妙にあったかいんだけど」

「正確には〝絶妙なあたたかさ〟です。三十六度が摂取の適温なんですよ」

 サレムがすまして答える。響揮はオレンジ味とアップル味を見くらべ、オレンジ味のほうから封を切った。ひと口飲んでむせそうになる。中途半端にあたたかいせいもあって、暴力と言っていいレベルのまずさだ。サレムはそれをにやにやしながら眺めている。

「もしかして、トイレの仕返し?」

「そんなおとなげないまねはしませんよ。……それが終わったらメロン味ですからね」

 絶対根に持たれていると、響揮は確信した。

「悪かったとは思ってる。でもあの時点ではあなたと話したこともなかったし……信頼できる相手かどうか判断できなかった」

「だからって不意打ちは卑怯でしょ、黒帯が泣いてますよきっと」

 本当にメロン味のパックをあたためはじめたサレムを、響揮はうらめしげに見た。

「でも、俺が正直にディアナの船に行くって言ったら止めただろう?」

「当たり前です! 荷物扱いで船に積まれるのは予想できますからね。実際、きみが宇宙港のチェックゲートを通過した記録はありませんし」

「……倉庫で眠らされて、コンテナに閉じこめられたんだ。気がついたら船の貨物室だった」

 操縦席のアレックスが肩越しに振り返り、サレムと顔を見合わせた。

「すまんな。そんなことじゃないかとは思ったんだが、俺たちにはVIPの荷物を検査する権限がなくてね。しかし、下船方法はさすがの俺にも予想がつかなかったぞ。なんで与圧スーツ一枚で宇宙遊泳する羽目になったんだ?」

「ほんとは船のなかで処刑される予定で、毒か銃か選べって言われて」

「……ひでぇな」

「とりあえずエアロックに飛びこんだんだ。でも非常用物資を手に入れられないまま外に放り出された」

 アレックスがあきれた顔で天井を仰ぐ。

「そこでとりあえずエアロックに飛びこむって発想が俺には理解不能だ」

「チビの中学生がひとりきり、おまけにふたりも人質を取られてちゃ、とうていディアナに太刀打ちできない。とりあえず外に逃げて助けを求めるのが正解だろ」

「外っておまえ、簡単に言うがな――」

「主任、こいつにはなに言っても無駄ですよ。天然トラブルメーカーのにおいがします」

 ようやく二本のパックを空にした響揮に、サレムがメロン味のパックを渡して意地悪くほほえむ。

「きみにはやっぱりこれが必要ですね。極限の体験をした体によく効きます」

 響揮は顔をしかめて封を切り、チューブに口をつけた。メロン味のあたたかいゼリーは、この世のものとも思われないまずさだった。だがたしかに効果は抜群で、体の隅々にエネルギーが行き渡る気がする。

 同時に頭もクリアに回りはじめる。ゼリーの現実離れした味に耐えかねて脳が反乱を起こしたらしく、超がつくほど最低で反吐が出そうなアイデアが浮かんでくる。

「ストロベリー味も試してみますか?」

「いやもう謹んで、全力で遠慮しとく」

 響揮がぶんぶんと首を振ると、サレムは掲げたゼリーのパックを残念そうにしまった。

「で、オレンジとアップルとメロン、どれがいちばんマシでした?」

「その比較、かなりむなしくない?」

 返しながら、響揮は両手のこぶしを握っては開き、感覚をたしかめた。蘇生直後にあったしびれも消えており、いまのところ後遺症はなさそうだ。

「局の備品担当にアンケートとってくれって言われてるんです。でもみんな一パックでリタイアしてしまうんで、アンケートにならなくて」

「そんなもん俺に三パックも食わせたのか? ひどい虐待だ」

「とんでもない。虐待するつもりならストロベリー味を最初に渡してましたよ」

 サレムはにやりとして、ふたたび響揮のバイタルデータをチェックした。うなずいて、胸とこめかみに貼られていたセンサーパッチをはずす。

「オーケイ、サムライボーイ。もう動いてもいいですよ。いやはや、気味が悪いほどの回復力ですね。治療記録を医学研究所に送ったら、論文が一本書けそうです」

「……褒め言葉に聞こえないんだけど」

「耳に後遺症が出てますかね? 最大限の賛辞なのに。はい、これ着て」

 サレムは局支給品のジャンプスーツを響揮に渡した。船内活動用で動きやすさ重視のデザインだ。また女性用Sサイズかと、響揮はひそかにため息をついて身につける。大人の女性用の服の欠点は、響揮には胸囲が大きすぎることだ。まあ当たり前なのだが、胸元を盛大に空気が出入りして落ち着かない。

 響揮はゆっくりと操縦席に向かった。アレックスはまた緊急通信で呼ばれて、局の誰かと話している。

「さっきの緊急救難信号の件なら無理だと言ったはずだぞ、ムスマン。取り込み中なんだ、手が離せない。……部長? ほっとけ、そのうちあきらめる。切るぞ」

 アレックスは一方的に回線を切り、大きなため息をついた。

「緊急救難信号って?」

 響揮が尋ねると、アレックスがこちらに顔を向け、顎を撫でた。

「貨物船がデブリにやられて操船不能になったらしい。乗員は無事だが、放っておくと船はカシオペア座の向こうへ永遠の旅に出ちまうんだと。僚船が急行中だから問題ないよ。おまえは? もう大丈夫なのか?」

「うん、サレムが動いてもいいって」

「あきれた回復力だな。まあ無理はするなよ」

 響揮はうなずいた。

「あの、お礼がまだだったよね。ありがとう、助けてくれて」

 アレックスは軽く肩をすくめる。

「礼は天音とガールフレンドを無事に取り戻してからだ」

 わかったというように響揮はほほえみ、視線をアレックスの左脇に吊られたホルスターに落とした。

「そのショックパルス銃って『ハル&レイ』のと同じなの?」

「基本性能は似てるが、そもそもメーカーが違う。俺たちのはライナックス社製LX627PL50、最大出力五十レジオン。ハルのはレミントン社製REM330-A2T、最大出力四十五レジオンだ。レイのは――」

「型番がひとつ後ろでA3S、だろ」

「おう、わかってるじゃないか」

「ファンブックに載ってるよ」

「俺は実物見りゃわかるぞ」

 アレックスは自慢げだ。響揮は操縦席のヘッドレストにもたれてため息をついた。

「パークの警備塔で俺を助けてくれたときのアレックス、かっこよかったな。銃を両手で構えてるとこが最高に絵になってた」

「そうか?」

 にやにやして、アレックスはクルーカットの赤い髪に手をやった。

「なに見え透いたおだてにのってるんですか、主任」

 後部で響揮の治療に使った備品を片づけながら、サレムがひやかす。

 ばれたかというように舌を出してみせ、響揮はアレックスの肩に寄りかかった。

「銃、見せてもらえない? 本物さわったことないんだ」

「そうくると思ったよ。だめだ」

「えーケチ! いいだろ、減るもんじゃなし」

「おもちゃじゃないんだ」

「わかってる。ちょっとだけだから」

「だめったらだめ」

「なにもったいぶってるんですか主任、見せたくて仕方ないくせに」

 サレムが茶々を入れると、アレックスは「しょうがないなあ」とうれしそうに言い、ホルスターから銃を抜いた。

「まあ男なら誰だって興味があるよな。ちょっとだけだぞ?」

「やった! サンキュ、家に帰ったら学校の友達に自慢しよっと」

「俺の名前は出すなよ? 懲戒処分にされちまう」

 グリップのほうから差し出された銃を両手で受け取って、響揮はしげしげと眺めた。

「LXはREMより弾のねばりがある。照準コントロールがちと難しいが、慣れれば着弾率が上がる。だから射撃が得意な奴にはLXのほうが人気だ。若干重いが宇宙じゃ関係ないし、局はこっちを採用してる。地上警察はハルが使ってるREM330-A2Sを採用してるところが多いな」

「ふうん、『ハル&レイ』はいちおうそのあたり考えてはあるんだね」

 そう返したものの、響揮はうわの空だ。アレックスの大きな手にはなじむのだろうごついグリップは響揮の手に合わず、トリガーまでの距離が遠い。出力ゲージを見ると十五レジオンに設定されている。刑事ドラマからの知識で、十五はパトロールモードだと知っていた。

「パークで警官を撃ったときも十五だった?」

「ああ、あいつはおまえの首を絞めてたからな。下手に気絶させると衝撃で首を折られる危険があった」

「本気モードは三十だっけ? ハルはいつも四十五マックスだけど」

「言っただろ、あれはファンタジー刑事ドラマなんだ。現実にあんな銃の使い方したら即懲戒処分だよ。四十五なんて、当たりどころが悪けりゃ気絶じゃすまない」

「三十ならどこに当たっても死にはしない?」

 グリップを両手で握って照準をのぞき、響揮は銃身の上部にある銀色のボタンを押した。これは安全装置だと知っていた。ゲージがグリーンになり射撃可能のサインがつく。

「響揮、そこまでだ。返せ」

 危険な気配を察したらしく、アレックスが手を差し出した。

「個体認証設定は解除してるの? やっぱ誤作動が多いのかな。ハルと同じだね」

 響揮がにやりと笑うと、アレックスはやれやれというように首を振った。

「その点じゃレミントンもライナックスもクソ以下だよ。おまけに認証に〇・一秒もかかりやがる。地球なら即金属弾が飛んできて死亡宣告だ」

 銃には登録された人間以外使用できないように生体認証でロックがかけられる。だが現場ではすこぶる評判が悪いというのは、『ハル&レイ』で描かれているとおりのようだった。

「いろいろ大変なんだね」

 響揮は同情するように言い、銃口を上に向けた。赤い可視光ポイントが天井に当たるのを仰ぎ見る。

 それにつられてアレックスの視線が天井にそれた。刹那、響揮は銃口をすばやくアレックスの胸に向け、トリガーを引いた。

 アレックスの体がシートベルトの下でびくんと大きく跳ねる。

「――――――!」

 見開かれたブルーの目が語ったのは、純粋な驚愕と疑問。

「ごめん、アレックス」

 ささやくような謝罪を、アレックスは聞いていたかどうか。ゆっくりとまぶたが閉じ、力の抜けた腕が宙を泳いだ。

「主任!?」

 異変に気づいたサレムがキャビン後部で短い叫び声をあげ、響揮はあわてて銃口をサレムに向けた。

「動かないで! サレム、俺の話を聞いてくれ」

 だがアレックスを撃ったことによる動揺は予想外に大きく、手がぶるぶる震えて照準が定まらなかった。どんな理由があろうと、人を傷つける行為は自分も傷つける。頭で考えるのと実行するのは別だと、響揮は思い知らされた。

 目に怒りをたぎらせたサレムが強く壁を蹴り、一瞬で響揮の懐に飛び込んだ。響揮の手首をつかんで銃をもぎとり、腕を背中にねじり上げて、副操縦席の背もたれに響揮の体を押しつける。

「く――っ」

 蘇生措置で傷んだ胸を容赦なく圧迫されて、響揮はあえいだ。腕が折れそうに痛む。柔道の練習で関節技を極められたときの比ではない。

「……なんのまねですか、サムライボーイ。しゃれになってませんよ」

 サレムは銃口を響揮のうなじに押しあて、出力ゲージを確認して舌打ちする。

「三十。最初からそのつもりだったんですね? 小賢しいガキだ」

 響揮は苦痛に顔をゆがめながら、肩越しにサレムを見た。浅黒い肌の端整な顔には殺気が満ちていて、響揮はごくりと唾をのむ。ひょうひょうとした穏やかな人物というサレムのイメージががらりと塗り替えられる。

「病院のトイレじゃ油断しましたが、僕は特殊部隊出身なんですよ。怒らせると危険かもしれません」

 丁寧な口調が変わらないだけに、低いトーンになった声がより危険性を感じさせた。

「……わかった。わかったから腕、ちょっとゆるめて」

「その前に主任を撃った理由を説明してもらいましょうか」

「アレックスを守るためだ」

「……どういうことです?」

「あなたも察してるんだろう? エンデュミオン号が宇宙港に降りたら、アレックスはバッジを置いてひとりで特攻するつもりだ。下手するとその場でアレックスも、遙香や兄貴も殺される。ディアナにとっちゃ、証拠隠滅なんて宇宙だろうが地上だろうが関係なく簡単なんだよ。あの人は兄貴と同じビットダイバーだ。証拠のデータを書き換えるのも朝飯前さ」

 響揮の腕をとらえているサレムの手から、ほんの少し力が抜ける。

「主任をひとりで行かせたりはしませんよ。火器一式そろえて僕が援護します」

「マジで言ってるのか? それじゃ心中と同じだろ!? あなたはもっと冷静な人だと思ってたよ!」

 サレムはむっとしたらしく、またぎりりと響揮の腕をねじあげた。

「僕はいつも冷静です」

「いたたたっ――――! どこが冷静!? 腕折れるって!」

「大丈夫、この程度じゃ折れません。僕がいままで何人のテロリストの腕をへし折ったか知りたいですか?」

「……知りたくない」

「賢明です。で? どうやって主任を守るっていうんです?」

「アレックスが特攻する前に決着をつけるんだよ。俺はディアナに取引を持ちかけるつもりだ。俺の身柄と交換で遙香と兄貴を返してもらうように。でもアレックスがそんなこと許すはずないだろ。だから眠ってもらったんだ」

 うなじに押しつけられていた銃口が離れた。

「サレム、頼みがある。俺をエンデュミオン号に連れていってくれ」

 サレムは響揮の腕を放し、体を返して自分と向き合わせる。

「……正気ですか?」

 響揮は痛む肘を押さえて息をつき、サレムをにらんだ。

「ああ、これ以上ないくらいだ。宇宙港でドンパチやろうなんて思ってる奴こそ正気じゃないね。火器ってなに、閃光弾? 催涙弾? 月面じゃ原則、非殺傷兵器しか使えないだろ。たぶんエンデュミオン号のなかに入ることさえできないよ」

「言ってくれますね。原則はたんに原則で、裏道もあるんです」

「どっちにしても、アレックスもあなたも職と命を賭けることになる。でもいまならディアナと取引して、最小の犠牲で解決できるんだ」

 腕をさすって、響揮は続ける。

「俺はディアナにとっちゃかなり都合が悪い〝証拠品〟になったからね。彼女の大統領暗殺計画とその動機を知ってる。おまけに大統領暗殺を阻止したせいで殺されかけた。救助のときの記録動画もこの船に残ってるだろ。ディアナが取引を拒むなら、事件の顛末をワールドネットに公開する」

「……彼女を脅すつもりですか」

「ショッキングな動画や有名人のスキャンダルは一瞬でネット上に拡散して、完全消去は不可能になる。ディアナだってそんな事態は避けたいはずだ。取引に応じるさ」

 サレムは顔をしかめた。

「彼女にとっては煮え湯を飲まされるようなものです。最小の犠牲って言うけど、きみ、エンデュミオン号に残れば楽な死に方はさせてもらえませんよ?」

「……そういうことは思ってても言わないのが優しさじゃないのか?」

「僕がまったく優しくないことは、きみの体に教えたはずですが」

「たしかに。でも心はまだ認めてないらしくて」

 響揮は苦笑した。

「いつも冷静なあなたならわかるだろ。証拠品の俺と交換でなければ取引は成立しない。ディアナは応じないよ。あるいは応じたふりをして、翌日にでも俺たちを皆殺しにするってほうが現実にありそうかもな」

 サレムはあきれたように首を振って操縦席に近づいた。かがみこんで、動かないアレックスのホルスターに銃をゆっくりと戻す。

「まったく無茶苦茶ですね。いったいどうすればそんな自己破壊計画を思いつくのか、僕には見当もつきませんよ」

「メロン味のゼリーのせいだろ。なんかこうヤケクソな気分になれるとこが最高。備品担当の人にイチ押しって言っといて」

「僕のイチ押しはストロベリー味ですけどね。そりゃもう殺人的に凶悪な味で脳が麻痺します。きみには最初に飲ませて思考能力を奪っておくべきでした」

「どんだけまずいんだよ、それ。飲まなかったのが損みたいに思えてくるな」

 サレムは軽口を続ける気分ではないようで、厳しい顔で腕組みをしている。すでに殺気は引いているが、代わりに冷たい憤りがうかがえた。

「……あなたには悪いと思ってる。俺に脅されて仕方なく従ってるってふりをしてくれないかな。それならディアナもアレックスやあなたを責めることはないだろう」

 サレムの目に不満げな色が浮かぶ。

「ディアナはかなり俺を憎んでるらしい。好きにさせれば満足して、ほかの人のことは放っておいてくれる……と期待してる」

「それで、僕や主任にまたきみが死ぬのをただ見てろって言うんですか? あのとき僕らがどんな気持ちだったと――」

 響揮は強い口調でサレムを遮った。

「じゃあ訊くけど、あなたが俺の立場だったらどうする? 自分が切り札になるってわかってるのに隠れてられるのか?」

「……よほど僕を人でなしに仕立てあげたいようですね」

 サレムは無表情になって黙りこんだ。張りつめた空気のなか、たっぷり一分ほど響揮を見つめてから、ようやくゆっくりとうなずく。

「いいでしょう」

 彼の暗い色の目の奥にぎらりと光るものを認めて、響揮は思わず息をのんだ。サレムのなかで自分に対する評価が変化したのを感じる。

「きみがそこまで腹をくくってるなら、僕は遠慮なく保身に走らせてもらいますよ。上司に恵まれて仕事もおもしろくなってきたところだし、もうしばらくは局で働いていたいですからね」

「……納得してくれたってことかな。恩に着るよ。じゃあ詳細を詰めよう」

 サレムは答えなかった。くるりと響揮に背を向けて、操縦席のアレックスの様子をたしかめてから副操縦席につく。コンソール下の備品ケースを開けてなにかごそごそやりながら、ディスプレイにヴィジのウィンドウを開く。

 響揮はカメラに映らない壁際に移動した。

「こちらUCCI1022、航宙機登録ナンバーHLD630SSTR応答願います」

 宇宙船間通信らしい。十秒ほどして同じメッセージを繰り返すと、スピーカーから返答が聞こえてきた。

『こちらHLD630SSTR。遊覧飛行中よ、無粋なことは遠慮してほしいものね』

 響揮はぎくりとして身をすくませた。この位置からはディスプレイが見えないが、声は間違いなく、いまやなじみ深いディアナのものだった。

 俺となんの打ち合わせもなくディアナと交信するなんて、サレムはいったいなにを考えてるんだ?

『ブローディは寝てるの? 優雅なものね』

「ああ、ちょっとわけあって、強制的に眠ってもらってるんですよ。はじめまして、ミス・ディアナ。僕はアレックスの部下のサレム・アフラム。これは個人的な通信です」

『ふうん、UCCIの船から個人的な通信?』

「記録は残しませんよ。もちろん気に入らなければ通信を切っていただいてけっこうです。でもあなたの興味を引きそうな提案があるんで、聞くだけでも聞いてもらえませんか?」

 サレムは席を離れた。そして壁際にいた響揮の腕をつかみ、カメラの視界に引き入れた。ふいをつかれ、響揮は抵抗する間もなかった。

『響揮?』

 驚きのまじったディアナの声が聞こえた。ディスプレイに開いたヴィジのウィンドウは暗く、ディアナは映っていない。彼女は捜査局からの突然の接触を警戒して、まだヴィジを許可していないのだろう。

『……アフラム、わたしの興味を引く提案ってなに?』

 その声は平坦で怒りや動揺は感じられず、自分が生きていたことをディアナがどう思っているのか、響揮にはわからなかった。

「あなたの船の落とし物を偶然拾いましてね。で、これからそちらにお届けしようかと。とりあえず梱包しておきます」

 響揮はいぶかしげにサレムを見あげる。感情の読めない暗い色の目が冷たくこちらを見返す。

「梱包? どういう――」

 響揮の腕をつかんでいないほうのサレムの手に、いつのまにかふつうの手錠とは明らかに違うごつい外観の拘束具が握られていた。響揮は本能的に逃げようとしたが、腕をつかまれたまま、圧倒的な力で副操縦席の背もたれに押しつけられた。

「なにすんだ、放せよ!」

「無駄な抵抗はやめなさい。いまのきみじゃ僕にかないっこないんだから」

 刹那、みぞおちにこぶしを入れられて呼吸ができなくなった。動けずにいるあいだに、すかさず幅広で分厚い金属製のリングを両手首にがっちりとはめられてしまう。黒光りのするリング同士は、こぶし一個分ほどの長さの太いワイヤーでつながれている。

 サレムは細長いプレート状のキーを手錠の根本のスリットに通した。ピッと電子音がしてワイヤーの接続部にオレンジ色のランプがともる。

 響揮は必死に空気を肺に入れ、言葉を絞り出した。

「……なんだよこれ」

「局で凶悪犯の拘束に使う電子手錠です。人権無視という批判もあるのであまり出番はないんですが」

 カメラ越しにディアナに見られていることは、すでに頭から抜けていた。響揮は本気でサレムに食ってかかる。

「凶悪犯? 冗談じゃないぞ! 俺がいったいなにを――」

「ああ、気をつけて。下手に動くと――」

 リングをつなぐワイヤーがぴんと張った瞬間、バチバチという音とともに手錠全体に青白い火花がほとばしった。腕から上半身に電撃が走り、響揮は声にならない悲鳴をあげた。

「……高圧電流が流れます。けっこうこたえるでしょ、心肺蘇生あがりの体にはとくにね。わかったらおとなしくしてなさい」

 冷たく言い放ち、サレムは無抵抗になった響揮の足首にも電子手錠をはめる。

 電撃よりむしろサレムの豹変ぶりに衝撃を受けて、響揮は呆然としていた。〝保身に走る〟という言葉の意味がようやく頭に染みこむ。

「俺をディアナに売るってことか……? サレム、なんで――」

「わからないんですか? アレックスと僕の身の安全のためですよ。僕は現実主義者なんです。フローレス家を敵に回すようなばかなまねはしません。むしろ恩を売るチャンスです。出世にも有利になる」

 サレムは響揮を後部座席に運び、四点式のシートベルトで固定した。

「まわりの人間がみんなアレックスのようなお人好しの正義漢だとは思わないことです。不愉快なんですよ、きみの行為はたんなる自己満足だ。ヒーロー気取りで突っ走ってまわりを振り回して、迷惑をかけてる自覚もない」

 サレムの口調には抑えた怒りがこもっていて、響揮はなにも言い返せなかった。言葉のナイフが胸を奥深くまで切り裂いていく。

「そんな思い上がったガキのためにアレックスが犠牲になるのを、僕は見てられないんです」

 サレムはかがんで響揮の足首の手錠にキーを通した。センサーの作動を知らせる電子音が響く。体を起こし、キーを制服の胸ポケットのフックに留めた。

「もちろん僕自身も、きみの暴走の巻き添えにはなりたくありませんし」

「暴走なんて、そんなつもりは全然――」

「つもりがない? よけいに悪質でしょ。これが暴走でなくてなんなんです? ひとりじゃなにもできないくせに」

「俺は……遙香と兄貴を――」

 サレムは備品ケースからダクトテープをとり、無造作に響揮の口をふさいだ。そしてカメラのほうに顔を向けた。

「ミス・ディアナ、梱包完了です。これからお届けしてよろしいですか?」

『……とんだサディストね、アフラム。電子手錠なんて大げさなもの持ちだして。そんな小さな子をいたぶって楽しい?』

「楽しくないと言えば嘘になりますね。でもけっして大げさじゃありませんよ。こいつは放っておくとなにをするかわからない。それはあなたもよくご存じでしょ? なにしろ船からまんまと逃げられたようですし」

『……まあね。いいわ、ドッキングコードを送信する』

「了解。こちらの座標とベクトル情報を送ります。できればそちらもヴィジの許可を」

 数秒後、コクピット上部のスクリーンにヴィジの映像が映った。後部座席の響揮にも見えるように、サレムがディスプレイの映像をリンクさせたのだ。

 カメラを通して響揮と目が合い、ディアナは緑の目を細めた。

「また会えてうれしいわ、響揮。遊覧飛行の続きを楽しみましょう。みんなでね」


 十五分後、パトシップはエンデュミオン号の牽引ビームに捕捉され、ドッキングプロセスに入った。


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