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プロローグ 凍える闇

 少年は虚空を漂っていた。

 厚さ一センチの与圧スーツの外はマイナス二百七十度。生存に必要な空気も水もない、死の静寂が支配する世界だ。

 周囲は漆黒の宇宙。スプレーを噴きつけたようなプラチナ色の銀河と数万のまたたかない星々に囲まれ、左手後方には太陽、右手には灰色の丸い月。そして正面には、大気の薄いベールをまとった地球が見える。

 奇跡のように青くみずみずしい、母なる惑星。そこを離れたのはつい昨日のことなのに、はるか遠い昔のように思えた。

 足元に堅固な地面がないというのが、こんなにも頼りないものだとは想像していなかった。ただただ、はてしなく落下しているような感覚だけが続く。

 酸素残量は十五分。

 星々を眺めながら死ねるのは、額を撃ち抜かれて捨てられるよりずっとましだと思っていた。真空の冷たい闇にひとり放りだされると、これほどまで絶望と孤独に身を切り刻まれるものだとは知らなかった。

 左腕のコントロールパネルで見るかぎりスーツ内の環境温度は適温なのに、やたら寒くなったように感じられる。

 冥界の扉は手を伸ばせば届く距離にあり、巨大な鎌をかざした死神が待ち構えている。だがその刃は一閃で命を断ち切るのではない。ゆっくりと弧を描いて鎌が振り下ろされるあいだ、自分は数分、想像もできない苦悶にあえぐことになるだろう。

 ふと、隣家の少女が教えてくれた占いを思い出す。

『獅子座のあなたへ。今週はいいことと同じだけ悪いことも起こりそう。でもねばり強く頑張れば、運勢は好転します』

 悪いことはもう十分すぎるほど起きた。

 脳裏によみがえった少女のあどけない笑顔に向けて、少年は問いかける。

 あと十五分。

「頑張れば、また地球できみに会えるのか? きみとの約束を守れるのか?」

 少女の幻影は、ただほほえんでいるだけだ。


 その問いの答えを知っているのは、運命の女神か、あるいは十五分後の自分自身か。


 すべてのはじまりは六月はじめの日曜日、蒸し暑い昼下がりのことだった。


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