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潜 -Lurk- 4

紗衣はネイトから逃げるように去った後、行く当てもなく夜の街を歩いていた。


(自宅に戻ったところで、きっとネイトは帰ってこない…。)


何となく、そう感じた紗衣は、家路につくのを躊躇っていた。


(帰ったところで…余計、虚しいだけよ…。)


どんよりとした重たい雲が広がる夜空。

身体に纏わりついてくるようなジメジメとした空気。

それを打ち消すかのような煌びやかなネオン。


それは、紗衣の心境を現したような空間だった。


(イヤな感じ…。)


そして、紗衣は自身の研究所へと足を向けた。






「はぁ…。」


研究室に入るなり、大きなため息が出る。


与えられた研究室は、紗衣が一人で利用している。

大きなオフィスビルの中にある研究所。

ここは国直下の研究施設。

紗衣は、その一室を個人の研究室として与えられている。


厳重なセキュリティのため、通常は時間外の出入りは禁止されている。

だが、個室を与えられている研究者は例外だ。


紗衣はビルの裏側へ回ると、警備室でボディチェックを受ける。

そして、やっとのことで自室へたどり着いた。


紗衣はそのまま、グッタリとソファに倒れ込む。

手にしていたカバンが床に投げ出された。


「…。」


暫くの間、目を閉じていた紗衣だが…目を閉じると浮かんでくる先ほどの光景。


「はぁ…。」


紗衣は、また大きなため息をつくと、諦めたように目を開ける。

ふとやった視線の先には、昨日まで手を付けていた薬の検体が目に入る。


(あぁ…あれの発表、今週だった…。)


紗衣はゆっくりと起き上がると、ん~と大きく伸びをする。

はぁ…とゆっくり息を吐きながら、気持ちを落ち着かせる。


「やっときますかね…。」


そう呟くと、よっと立ち上がる。


紗衣は、カバンを取り上げ、着ていたジャケットをロッカーに掛けると、白衣を取り出す。

下ろしていた髪を一つにくくると、首をポキポキ鳴らしながら机に近づいた。


(えぇ…と、確かデータの解析途中だったのよねぇ…。)


パソコンのスイッチをつけると、傍にある機械に指を乗せ、指紋を認証させる。


ピピッ…。


画面が変わると、アイコンの上でカチカチッとクリックする。


ジジジジジ…


開かれたファイルが開く。


「…!!」


紗衣は、自分の目を疑った…。


「何…コレ…?」


データを見ると、途中だったはずの研究は完了している。


必要だったデータだけではない。

紗衣の手がけていた成分の配合さえ調整され、その予測されうる副作用や改良についてのデータまで…。

全てが記されている…。


「うそ…。」


紗衣はデータを目で追いながら、傍に置いてあった資料を取り出す。


資料にある記号のような計算式を、その辺りにあった紙の裏に書きだす。

そして、今度はパソコンの中のデータから、記号のようなものを並べていく…。


視線は手元の資料とパソコンの画面を何度も往復する。

そして、紗衣のペンは止まることなく、暗号を列ねていく…。


(できる…。………ここも、あてはまる。……何で……!?)


紗衣の勢いは止まることなくペンを走らせる。

机の上には、暗号を列ねられた紙がいくつも並ぶ。


そして、ピタリと…その手が止まる。




カタン―――




紗衣は、椅子の背もたれに寄りかかる。


「………でき…た………。」


紗衣は放心したように、ポツリと呟いた。





「でしょぉ~。」





突然、紗衣の後ろから声がした。


「きゃっ!!」


紗衣は、その声に驚きガタンと椅子から扱ける。

だが、姿勢を崩しながらも、声のした方を振り返る。


そこには、見覚えのない男が立っていた。


「お姉さんさぁ、考え方がちょっ~と古臭いんだよねぇ。

だから、俺がちょちょ~っと直してみたんだけど、どうかなぁ?」


その男は、バカにしたようにせせら笑う。

その言動にムッとした紗衣は、勢いよく立ち上がる。


「ちょっと、どこの研究機関の人!?

ここは、私の研究室よ。無断で出入りしないでくれる?」


そう言いながらも、紗衣の頭には疑問が湧き上がる。


この研究室のドアロックは、専用キーでしか解除できない。

そして、この部屋は紗衣専用のため、そのキーは紗衣以外の人間は持ち合わせていない。


そして、目の前の男がデータを操作したのであれば、何らかの形で、紗衣のパソコンに接触する必要がある。

だがこの研究所のネットワークは、情報漏洩を防ぐため、外部とは完全遮断。

何らかの記憶媒体でデータを持ち出さない限り、この部屋で、このパソコンを操作するしかないのだ。



「あ、先に言っとくけど…俺、ストーカーとかじゃないからね。

年増なんかに興味無いし。」


ふざけた態度に、キツく男を睨む。

しかし、紗衣の心境を見透かすように、男は楽しそうに話す。


「ここのセキュリティ甘すぎるでしょ?

内側からしか開かない扉ってね、決まった解除方法があるの知ってた?」


ニヤニヤ笑いながら、男は手に持った透明のセロファンの様なモノをヒラヒラと振る。


「コレね、魔法のカギ。」


ニッコリと笑う男に、紗衣の苛立ちは頂点に達する。


「人を呼ぶわよ。早く出て行って。」


そう言って、電話の受話器を手にする。

だが、その手は別の男の手によって捕まえられると、後ろ手に捻る。


「痛っ!!」


「おぃ、蘇芳ぉ~…もぅ良くねぇ…?

早ぁくぅ~バラしてぇ~…か~えろ~うぜぇ~…。」


紗衣を自身の正面に捕え、その後ろから左右に体を揺らしている男。


それは―――ロジェ。


紗衣は、掴まれた腕の痛みに顔を歪める。


「ちょっ…イタッ!!」


「ダメだよ、ロジェ。女の人には、優しくないとね。」


クククッと笑いながら、蘇芳がパソコンに近づいていく。

そして、パチパチパチっとキーボードを叩くと、先ほどの紗衣と同じように、指紋認証用のリーダーに指を置く。


ピピッ…。


ロックが解除され、表示されていたデータが抹消されていく―――。


「ちょっ! 何やってんのよ!!」


紗衣は男の元へ近づこうとするが、ロジェに捕えられた身体では自由に動けるはずもない。


「えぇ?だって、アレ…俺のだし。

俺が自分のデータをどうしようと、俺の勝手じゃない?

それとも…人の盗んで発表する気だったぁ?」


あははと笑う蘇芳。


紗衣は、キッと唇を噛みしめる。

そうしている間に、画面では先ほどの記号の羅列が砕かれていく…。


そして、機械の電子音が終わりの合図を告げた。


「はい…終了ぉ~。」


蘇芳はそう言うと、嬉しそうにパソコンの電源を切った。


紗衣は、少しずつ冷静さを取り戻すと、この状況にある違和感を感じていた。



目の前の蘇芳。

クリクリとした大きな瞳と、少しふっくらした唇をアヒルの様に尖らせながら独特な話し方をする。

その所為か、話し方が妙に幼い。紗衣は恐らく、自分より年下だろうと推測する。

首を左右に振るたびに、肩まで伸びた長い緋色の髪が柔らかく揺れる。


蘇芳と同じく、黒衣を身に纏ったロジェ。

一瞬だったが、目深に被った帽子から覗いた茶色い瞳。

だが、その瞳に見据えられた時、何かをガッシリと捕えられた気がした。

そして、足元に見える黒い影…。


それこそが、紗衣の感じていた違和感。


紗衣は、視線だけをロジェへ向けた。


「ありゃ? やっと気づいたみたいだねぇ?」


蘇芳がニッコリ可愛らしい笑顔を見せる。

その時、



ピカッ―――

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ―――…



大きな閃光と共に、屋内に居るのかと考えるほどの落雷の音が聞こえた。


そして、同時に室内の電気が消える。


「あぁぁ…停電しちゃったんだぁねぇ…。」


紗衣を捕えたままのロジェが後ろで呟いた。


突然の暗闇に、紗衣の視界も遮られた。



ピカッ―――



再び大きな閃光が部屋を染める。

その一瞬の光の中に映る、蘇芳の厭らしい笑みと、足元に残る黒い影。



ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ―――…



再び大きな落雷が聞こえると、同時に雨音も激しさを増した。



「手…放してくれない?」


紗衣は、身をよじって訴える。


少しの間があって、ロジェは何も言わずに紗衣を腕を離した。


痛めた肩や腕を摩りながら、少しずつ目が慣れてきた紗衣は二人と距離を取るように向き直る。


「あなた達、私に何か用?」


雷の閃光が眩く二人を照らす。


同じ衣を身に纏っているからだろうか…まったく似つかない容姿なのに、二人はとても似ているように感じる。


口を開いたのは、蘇芳だった。


「あまり驚かないんですね?

それに、あなたの瞳を見ていると、特に恐怖や不安も感じられない。」


付け足すように、ロジェも口を開く。


「心拍数もぉ~安定しているみたいだねぇ?

呼吸も定期的だしぃ、体温にも変化は見当たらないよぉ~。」


目の前に立つ紗衣を下から上まで凝視し、楽しそうに話す二人。


「目的があって、ここへ来たんんでしょう?」


すでに、二人が研究所の関係者ではないとわかっている紗衣は、少し強めに言葉を発する。

たびたび光る雷の明かりに照らされた紗衣の表情は、二人を見据えたままだ。


「まぁ、そう急がなくたっていいんじゃない?

どうせ、今日はここに泊まるつもりだったんでしょ?」


紗衣の心境を見透したような、蘇芳の笑いが混じる物言いに、キッと睨む。


「おぉぉ、当たっりぃ~。」


今度はロジェが、楽しげに口を緩める。

そして、蘇もニッコリと笑う。


「まぁまぁ…あのさ、今日はねぇ、お姉さんにイイコトを教えてあげようと思ってきたんだよ。」


暗がりに慣れてきたせいだろうが、相手の動作が鮮明に見えてくると、紗衣はいつもと変わらない冷静さを取り戻す。


「気持ち悪いこと言わないで。

あなた達に教えてもらわなきゃいけないようなことなんて、無いわ。」


そう言いながら、紗衣の左手が自身の腰へと伸びる。


「やめた方がいい。」


突如、蘇芳の声色が変わった。


先ほどまでとは違う、明らかに不機嫌なその声に、紗衣の動きは止まる。


「聞こえなかったか?

契約者を召喚するのは、やめた方がいいと教えてやったんだ。」



ピカッ―――



照らされた蘇芳の顔は、鋭く獲物を見据えていた。


紗衣は、諦めた様に手を下ろす。


「イイコだねぇ~。」


蘇芳の隣に近づいたロジェが、ニヤニヤと笑う。

そして、蘇芳はまた元通り。


「別に、お姉さんを取って食おうってんじゃぁないし、少しだけお話聞いてくれない?」


ニッコリと微笑む。


紗衣は、何も答えないまま二人を交互に睨む。


「無言は肯定と取るよ?俺、ハッキリしないの嫌いだからね。」


そう言うと、足元に倒れていた椅子を起こして座る。

ロジェも机に凭れかかるようにして腕を組む。


「お姉さんの契約者。」


その言葉にピクリと反応する紗衣。


「何やってんのか、教えてあげようか?」


「!!」



ピカッ―――



突然現れた、不思議な男たち。

そして、彼らは何かを知っている。


紗衣は、困惑の色を浮かべながら息を呑んだ…。









―――――――――――――――――――――――――









ザァァァァァァァ――――…









研究室のソファに仰向けに横たわる紗衣。


見上げた天井には明かりが戻り、蘇芳とロジェの姿はそこには無かった。


真っ暗な部屋に響くのは、大粒の雨音だけ…。



「神魔…。」



紗衣がポツリと呟いた。






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