逢 -Meets- 8
ガラスの中では、レヴィが先ほどと変わらぬ表情のまま、ゆらゆらと揺れている。
まるで眠っているかのように見える姿。
サデュウは、そっとシェルターに触れると、コツンとおでこをつけ瞳を閉じた。
それを見たロジェは、傍にあるパソコンをカチカチと操作しながら計器を確認している。
その周りに集まる各々。
「サデュちゃん、準備できたよぉ。いつでも、どうぞぉ~。」
ロジェが、サデュウに笑いかける。
だが、サデュウはロジェを振り返ることなく、そのままの姿勢を保っている。
「さて…今日は、どないでっしゃろ…。」
バルトが苦笑いを浮かべた。
部屋の中には、変わらず機械音だけが響く。
あれから10分ほど経つが、状況に変化は何もない。
ただ一人。
サデュウを除いては――――――。
「…っ………っ………っ………。」
息をする感覚が次第に短くなり、額には汗が滲む。
そして、時折苦しそうに顔を歪める。
黙って見ていたキースが口を出す。
「もう、良くない?
これ以上続けても、サデュウが辛いだけだよ。」
それを合図に、ロジェがサデュウへ近づき、そっと肩を叩く。
「サデュちゃん、もういぃよぉ。今日はお終い。」
サデュウはゆっくりと瞳を開くと、大きく息を吐いた。
「でぇ、どんな感じかなぁ~?」
サデュウと視線を合わせるように、屈むロジェ。
サデュウは申し訳なさそうに少し目を伏せると、首を横に振る。
「そっかぁ、残念だねぇ…。」
立ち上がると、デスクに戻り何やら作業を始めた。
サデュウは俯いたまま動かないでいた。
そこに、マリアが近づいてくる。
「サデュウ、構わないのよ。
あなたを責めているわけではないわ。」
サデュウの柔らかい翡翠色の髪を優しく撫でるマリア。
それでも、サデュウは俯いたまま顔を歪めていた。
そんなサデュウを気遣ってか、バルトもサデュウへ近づく。
「サデュウ、疲れてんやろ? あっちで、何か飲も?」
サデュウの手を引きながら、その場を離れた。
二人の後姿を見送ったマリアは、ロジェへと振り返る。
「ロジェ。
やはり、サデュウでは力が足りないのかしら?」
画面を見たまま、生返事を返すロジェ。
「ん~…足りないんだろうねぇ…。」
その様子を気にする様子もないマリアは続ける。
「奏楽なら?」
ロジェは、打ち込んでいた手を止める。
傍らに居たバーニャとキースも、ロジェを見つめた。
ロジェは、そうだねぇ…と、ため息に似た返事を返す。
「あの娘は、自分で予知の能力があることが理解できてないからなぁ…。
自分に関する予知は皆無みたいだしぃ…能力の制御もできないっぽいしぃ……。」
ロジェの言葉に、バーニャが不思議な顔をする。
「どういうこと?
ヘルは何度も、あの死神の意識から予知を見ているはず…。」
ロジェは、ディスプレイから視線を外すと宙を見上げ、ポキポキと首を鳴らす。
「そぅなんだよねぇ…。意味わかんないでしょぉ~…。」
ロジェは相変わらず適当な返答を続けている。
「えぇ、本当に。」
マリアは続けろと言わんばかりに、ロジェを見据える。
ふぅっと小さくため息をついたロジェが立ち上がり、レヴィのシェルターにそっと触れた。
「秋月が、あの娘を渡してくれたらぁ…もぉ~うちょっと確信に近づくんだけどねぇ…。
だから今はぁ、ただの推測だけどぉ~…それでも良ぃ~?」
ロジェがマリアへ首を傾ける。
マリアは表情だけで、どうぞと促す。
「あの娘がさぁ、ホントに予知ができてるとしたらさぁ……。」
―――今の状況、おかしくなぁい?―――
ロジェは推測だと言いながらも、どこか確信があるように口角を上げる。
「自分がさらわれてぇ…仲間が死んじゃってぇ…。
こうなることが、わかってたならさぁ…何で死神たちは何も知らないのぉ…?」
ロジェの推測にバーニャとキースはハッとする。
「キィくんは、死神たちと直接会ってるよねぇ?」
ロジェはシェルターにもたれ掛りながら、キースの方を向く。
「その時、死神たちはぁ、なぁんにも知らなかったんでしょぉ?」
キースは軽く頷く。
「ってぇ事はぁ…やっぱ、死神たちはぁ…何も知らないってぇ、考えるのがぁ…普通でしょぉ?」
ロジェは帽子を両手でかぶり直す。
「じゃぁ、考えられるのはぁ……。実は、あの娘に能力が無かった。もしくはぁ…。」
ニイッと口元が歪む。
「あの娘が知ってて黙ってた…。」
時間が止まったのかと錯覚するほどの沈黙。
皆の視線がロジェに集まる。
ロジェは少し俯いたまま、肩を小刻みに揺らす。
そして、次第に大きくなってきたのは…ロジェの笑い声。
「キャハァーッハッハッハァ~! それって、すっごい裏切りじゃぁん!!
大好きなママの裏切りよりもぉ…こわぁい、コワァイ、怖いねぇ…。」
両手で自分の身体を抱き、大げさに揺れる。
態度こそ、バカにしたようにヘラヘラとしているが、ロジェの言わんとしていることは皆に伝わった。
「予知が…出来てない…。」
ポツリと呟くバーニャ。
先日のネイトたちとの会話が思い出される。
あの時ヘルは確かに言った…。
―――奏楽ちゃんの予知はかなり鮮明だし、ほとんど狂わないから―――
なのに…どういうこと?
俯き考え込むバーニャを横目に、マリアが動いた。
「もういいわ、ロジェ。
どちらにしても、奏楽を連れて来ればわかること。」
髪をかき上げながら振り返ると、サデュウたちの元へと歩き出す。
だが、何か思い出したようにピタリと止まる。
「あぁ……Lostの研究……少し急いでくれる?」
少しだけロジェへと振り返るマリア。
そして、過剰なまでに反応を示したのはバーニャ。
(Lost…!?)
ロジェは大げさに首を傾ける。
「マリアは、そんなに堕ちたいのぉ~かぁ~なぁ~?」
ロジェは相変わらずの態度。
マリアは、ロジェから視線を外すと、口元に笑みを浮かべ、再び歩き出す。
「…そうよ。」
一言だけ残して、サデュウを連れて去って行った。
バルトも、奥にいた三人へ向けて軽く手を上げて挨拶をすると、二人と共に部屋を去った。
「僕の時にも、そんなの出来てたらよかったのにね?」
キースは何の気なしにバーニャへ笑顔を向けた。
だが、バーニャはハンッと鼻で笑う。
「そんなの、あたしに聞いても知らねーよ。Lost経験者じゃないからね。」
そう言うと、煙草を咥えて火をつけた。
「あぁ、そうだったね。」
キースは、少し笑いの混じった答えを返した。
「っつーか、あんたに飼い主が居たんだ?」
バーニャが煙草を吹かしながら、キースへ問いかけた。
キースは肩を竦める。
「どういう意味かは聞かないけど、飼い主とはまた言われようだね…。」
ロジェがレヴィから離れ、資料を持って別のデスクへ向かう。
それに釣られるように移動するバーニャとキース。
「居たんだよ……殺したいくらい…愛してた飼い主がね…。」
「っ…。」
キースの横顔をみたバーニャは声をかけることができなかった。
何も映さない左目は、潤うことなく存在する。
キースの口から紡がれた言葉は、ただ羅列する文字読んでいるかの如く感情がない。
懐かしみ、悲しんでいる様子ではなく、ただ…そうであった現実を述べただけ…。
「じゃ、僕もそろそろ秋月の所へ帰るよ。」
キースは、そう告げると去って行った。
キースの様子が少しきにかかっていたバーニャ。
だが、だからと言ってキースを追いかけるほど物好きでもない。
ため息と共に、白い煙を吐き出した。
普段から、秋月と行動を共にしているキースとバーニャ。
ここは、袴田の所有する施設のため、彼らがロジェの研究室へ来ることは少ない。
しかし、最近になって此処に呼び出されることが多い。
それも、ネイトやヘル、ラウレストたちには知らされていないまま…。
だからと言って、彼らが何をするわけでもない。
ただ、呼び出される原因は一つ。
―――レヴィ―――
バーニャは振り返ると、液体の中で眠る不思議な人影を見つめた。
その実態も、呼び出されるバーニャたちには知る由もない。
バーニャは、煙草をデスクに置いてあった灰皿に押し付ける。
「んじゃ、あたしも行くわ。」
そう言って、部屋を去ろうとするバーニャをロジェが呼び止めた。
「あぁ、バーニャん!ちょっと待っててぇ~。」
そう言うと、ゴソゴソと机の引き出しを漁る。
「…んだよ?」
面倒くさそうに答え、振り返ったバーニャ。
と、そこへ透明の袋が投げられた。
「うぉっ!?」
大きな袋ではない。
両掌に納まるほどの大きさだが、ズシリと重みは感じられた。
バーニャはその袋を摘まむと、顔の位置まで高く上げる。
「銃弾?」
そこにあるのは、金色の鉛の弾ではない。
それはまるで、血に染まっているかのような……赤黒い艶のない弾。
「それねぇ…実験したいんでぇ、協力してもらえませんかぁねぇ~?」
バーニャは手元にある銃弾からロジェへ視線を移すが、ロジェはディスプレイに向かったまま。
「何だよ…コレ?」
その後ろ姿へ問いかけた。
「んん~…使えばわかりますよぉ~。」
相変わらずの生返事。
「んな、気持ちワリィもん使えっか。」
ロジェの後姿へ向かって投げようとした時、
「意気地なし…。」
ロジェがボソッと呟いた一言は、バーニャの神経を逆なでる。
「あぁ?」
背中を睨み付けるバーニャ。
「いいやぁ…何もぉ~。」
本当に何でもないように、資料を手に取ると席を立つ。
バーニャの隣に立ち、灰皿が置いてあるデスクの資料と見比べながら、パラパラとめくる。
「あぁ…でもソレ、悪魔には効果ないですからねぇ。
使うんなら、死神かぁ…モルモットにしてねぇ…。」
「モルモット…?」
意味が分からないと聞き返すバーニャ。
すると、ロジェは少しだけバーニャと視線を絡めた。
だが、その視線はすぐに手元の資料へと戻る。
「そぉ…モルモットォ……モルモットォ……モォルモットォ~……。」
口を尖らせながら、楽しそうにモルモットと何度も繰り返すロジェ。
「まさか…。」
バーニャの思考を過ぎるモルモットの対象。
「……人間……。」
それを聞いたロジェは、それはそれは嬉しそうに口角を大きく開き上げる。
バーニャは、そのロジェの表情に一瞬だが恐怖を感じた。
ロジェは、何枚かの資料を手に取ると、再びパソコンへと向かう。
「じゃぁ…そんな訳でぇ~…ヨ・ロ・シ・ク・ねぇ~。」
バーニャに背を向けたままヒラヒラと片手を振る。
少しの間、手に持った弾を見つめていたバーニャ。
「……へーへー。」
大きなため息と共に、渋々という返事を返したバーニャは、ロジェの元を去って行った。
バーニャは、自分とキースだけが此処に呼び出されることに、特に疑問を持つことも無かった。
理由は知らないけれど、何となくの憶測はあった。
万一レヴィが暴走した時の警備要員としてでも呼ばれているのだろう…と。
理由なんて、それで良かった。
レヴィの存在を、秋月やネイトたちが知っているのかはわからない。
だからと言って、別に口止めされているわけでもないが、何となくネイトたちに言うほどのことも無いと黙っている。
知り得た情報を、すべて共有する義務を課せられているわけでもなければ、
ベラベラと何でも腹を割って話せるほど、仲間だと意識しているわけでもない。
だから、それで良い―――そう思っていた。
だが今日は、少し違った…。
奏楽の予知
Lostの研究
赤い弾
いくつもの不可思議な線が、頭の中に交差する。
しかし、その線はどれも決して繋がることは無く…ただ無造作に伸びている。
「頭ワリィ…。」
バーニャは、自分の帰りを待つ人の元へと急ぎながら、フッと口元を緩めた。