逢 -Meets- 3
コツコツコツ…
ラウレストが訪れたのは、奏楽を連れてきた時とは異なる洋館。
見渡す限りの広大な敷地には森林が生い茂り、その中心には西洋の城に似た洋館が建っている。
そのスケールは、ここが本当に日本なのかと疑ってしまう。
コツコツコツコツ…コツン。
ラウレストは、部屋の前で立ち止まる。
ラウレストが顔を上げ扉を見つめると、その扉は、人知れず静かに開く。
その扉を内側から開けたのは有動だった。
ラウレストは促されるように部屋の中へ足を踏み入れると、正面の机に両肘をつき、手を組んだ男が話しかける。
「…随分早かったじゃないか。」
ラウレストが男の前に立ち、互いに視線がぶつかる。
その男は、少し白髪の混じる髪をオールバックに整え、恰幅の良い身体つき。
顔半分は組まれた手で覆われているが、その瞳だけでもほくそ笑んでいるのが見て取れる。
「…。」
「…来ていただけるとは、光栄だよ。」
男は低くしゃがれた声でラウレストを見据える。
「呼んだのは、貴様だろう。」
ラウレストが冷たく言い放つ。
男は机の上に置いてある葉巻に火をつけ、煙を吐き出すと、そうだなと短く返す。
「立場をわきまえたらどうです?ラウレスト。」
有動は扉を閉めた後、ラウレストを横切りながら挑発的な視線を送る。
だが、ラウレストは何も答えず、正面に座る男を見ている。
男は、構わん、と言いながら有動を諭すように目配せする。
有動は、ラウレストと男の間に少し距離を開けて立った。
葉巻を灰皿に置き、立ち上がると、男はラウレストの正面に立つ。
「お目にかかるのは初めてだね。袴田 亨だ。」
そう言いながら右手を差し出す。
ラウレストは、差し出された右手を見ながら口を開いた。
「…現役の官房長官が、俺に何の用だ。」
差し出された右手を掴むことなく、その視線を袴田へと移す。
袴田は差し出した右手を下げることなく、
「これは、これは…ご存じとは光栄ですな。」
言葉とは裏腹に、袴田の瞳は怪しく光る。
袴田 亨。
現官房長官である彼は、次期総理大臣と称されるほど国民の信頼も厚く、
大手電機メーカーや流通会社の会長も兼務している資産家だ。
そんな男が、ラウレストに会いたいと…。
秘書である有動を通して連絡してきたのが三日前。
ネイト達と別れたすぐ直後だった。
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ネイト達から離れ、静まり返った屋敷を出たラウレストは、とある廃墟に来ていた。
屋上の一辺に立つと、いつもの見下ろす行為ではなく、月を見上げていた。
「ラウレスト…ですね。」
不意に、背後から声をかけられた。
(…気付かなかった。)
ラウレストは、自分が男の気配に気付けなかったことに、少し驚きながらも振り返る。
「何の用だ。」
声をかけてきた男は有動だった。
「ひどい言い方ですね。あなたを探し回って、やっと見つけ出したのに。」
そう言って、柔らかく微笑む。
「…。」
何も答えないラウレストに、有動は近づき、一通の封筒を差し出した。
「秋月への言伝なら、自分で行け。」
差し出された封筒に目もくれず、ラウレストは有動を睨む。
「これは、あなた宛です。」
そう言われたラウレストは、表情一つ変えないまま、有動から封筒を受け取る。
だが、その封筒を裏返しても、差出人の名前など書かれていない。
「会長が、あなたにお会いしたいそうです。少しお時間をいただけませんか?」
「…俺と?」
封筒から顔を上げる。
「えぇ。『死神』の件で、会長からご相談があるそうです。」
「!!」
ラウレストの表情が一瞬ひきつる。
「私も、実際に彼女にお会いしたのは昨日ですが…とても綺麗なお嬢さんでしたね。」
有動はラウレストの隣に立ち、月を見上げる。
「秋月が……元橋と接触させたようです。」
「!!」
その言葉に強く反応したラウレストは、有動の腕をつかむ。
「イタタ…。大丈夫ですよ。」
有動は掴まれたラウレストの手首を持つと、離すように促す。
「あれだけの力。元橋くらいの能力者ではどうしようもありません。」
ははっと冷ややかに笑うと、ラウレストに背を向けて歩き出す。
「しかし…。」
有動は振り返らず告げる。
「会長ほどの力があれば…奏楽の『契約主』になることも可能でしょうね。」
ド―――ンッ!!
有動が言い終わるが早いか、ラウレストは有動の襟首を掴み壁へと押し付ける。
「ゴホッ!!…はぁ…はぁ…。」
「奏楽は『死神』だ。契約者にはなれない。」
ラウレストの低い声が、有動の耳元で響く。
「はぁ…はぁ…はぁ………そう…ですね…。」
今度は有動が、ラウレストの耳元で囁く。
「では…彼女が……『死神』ではないとしたら…クッ!!」
ドンッ!!
先ほどより強い力で、ラウレストが有動をさらに壁へと叩きつける。
有動はそのままズルズルと屈みこんだ。
「ゴホッ…ゲホッ……ゲホッ……。」
有動が苦しそうに咳き込みながら立ち上がる。
「はぁ…はぁ…人間相手に…このやり方は……はぁ…関心……しませんね。」
有動が立ち上がりながら、ジャケットのボタンを外す。
締めていたネクタイを緩め、ワイシャツのボタンも外していく。
ラウレストは、有働の行動を怪訝な顔のまま黙って見ていた。
だが、少しずつ露わになる有働の胸元を見たラウレストは、次第に驚きの表情へと変わる。
有動の肌蹴た胸元から、露わになったのは…
「!!!!!」
―――刻印―――
それは、契約主である証。
ラウレストと有動は、秋月を介し何度か顔は合わせていた。
だが、二人が直接会話をすることなどない。
秋月とも最低限の会話しかしないラウレストは、有動が契約者であることを知らなかった。
かといって、その事実を秋月が把握しているかも定かではない。
しかも、その刻印は…
「…我の元へ。」
有動が刻印に手を当て、静かに瞳を閉じる。
途端、有動を真っ白な光が包み込む。
「クッ…!」
その眩しさに、距離を置くように後方へ飛ぶラウレスト。
顔を上げ、有動を包む光を睨む。
やがて、その光は有動を抱きしめるように形を変えていく。
金色の髪に…
碧い瞳…
純白のドレス…
ラウレストは、目の前に姿を現した、その見知った契約者の名を口にする。
「…マリ…ア…。」
そう…それは……
―――神の名を持つ…悪魔―――
「久しぶりね……ラウレスト。」
マリアが、長い金色の髪を後ろへかき上げながら微笑む。
「…どうして貴様がここにいる。」
マリアとは対照的に、ラウレストの表情は険しい。
「あら?ご挨拶ですこと。折角、あなたに逢いにきましたのに…。」
マリアは少し切ない表情を見せたが、その顔はゆっくりと卑しむようにラウレストを見据える。
「……とでも言えば、ご満足いただけるかしら?」
「…。」
ラウレストは、マリアをキツく睨む。
だがマリアは、ラウレストの視線など素知らぬ顔をし、有動の首筋へもたれかかるように抱きつく。
「悪魔であるあなたが、人間に手を上げるなど…『SSC』としての自覚が足りていないようですわね。」
ふふふっと笑い、有動の胸の刻印に頬を近づける。
ラウレストは険しい表情のまま二人を見つめる。
有動の胸元へ寄せていたマリアは、今度は頬へ唇を近づける。
「しかもその相手が、私の契約主ならば尚更…。」
マリアは、有動の頬へ軽く口づけをすると、ゆっくりと離れラウレストの正面に立つ。
「契約主…だと。」
確かに、マリアの胸元にも…半分ほどドレスに隠れてはいるが、有動と同じ刻印が見られた。
「お仕置きが必要ですわね。」
先ほどまでの優しい笑顔は消えている。
マリアはラウレストを跳ね飛ばすかのように、自身の力を膨張させる。
「…ッ!」
その圧気に、ラウレストは身構える。
二人の間の空気が大きく揺れる。
だが、その緊張感を崩したのは有動だった。
「マリア。そんなことのために君を呼んだわけではないよ。」
マリアの後ろから静かに声をかける。
しばらく見つめ合っていたラウレストとマリアだが、先に体制を変えたのはマリアだった。
「ふぅ…。」
大きくため息をつくと、くるりとラウレストに背を向け、有動の後ろへ立つ。
有動はラウレストへ向きなおる。
「すまないね。そんなつもりではなかったのだが、彼女のこととなると、君は冷静さを失うようだ。」
ラウレストはマリアから視線を外さないまま身構えている。
「先ほどの私の言葉は忘れていただけますか?私も口が過ぎました。」
ラウレストの視線が、ゆっくりと有動へ移る。
「だがこれで、少しは私たちの話を聞いていただけますか?」
有動は、ゆっくりとほほ笑んだ。
「…。」
ラウレストは何も答えなかったが、有働は納得したように、
「三日後…お待ちしております。」
そう告げると、二人はそのまま闇へ紛れていった。
残されたラウレストは、封筒を握る手に力を込めた―――