逢 -Meets- 2
「まぁ立ち話もなんだ、座りなさい。」
私は促されるまま椅子に座り、元橋を見つめていた。
秋月は、元橋にも座るよう促す。
「さて…………どういうことだ?」
秋月も座りながら、元橋へと問いかける。
「いやぁ…。多分ですけど…拒絶的な反応…じゃないか?…としか…。」
歯切れの悪い元橋をギロリと睨む。
「どっちがだ?」
「いやぁ…。だから、多分ですけど…。」
元橋はチラリとこちらを見る。
「…ですかねぇ?」
秋月と目線を合わせないまま、元橋はしどろもどろ答える。
秋月は視線をこちらへ移す。
「奏楽は、どう思います?」
「…。」
私は元橋を見つめたまま、秋月の問いへは答えなかった。
「奏楽ちゃん…。」
元橋は少し物憂げな顔を浮かべている。
そして、私は、秋月を見つめ返し問う。
「彼の能力…説明して。」
私の頭の中は、秋月から告げられた『能力の吸収』…そればかりが巡る。
恐らく、元橋が手を合わせてきた時の現象もそのせいだろう。
だが問うたところで、素直に答えてくれるとは思っていない。
それでも…私は聞かずにはいられなかった。
秋月は小さなため息をつく。
「お嬢様は我儘ですね。」
まったく…と言いながら、以外にも秋月は説明を始めた。
「彼は、普通の人間です。
ただ、少しばかり普通の人間には見えないモノが見えたり、感じられないモノを感じたりしてしまうんですよ。
そして、能力を持つ対象に触れるだけで、その能力をすこ~しだけ…自分の能力として吸収してしまうんです。」
頬杖をつきながら、私へ微笑みかける秋月。
「先ほどの『強化』についても同様。
ある悪魔の能力を少しだけいただきましてね。」
秋月はフフッと笑う。
「己の身体能力を極限まで引きだすことで、常人では成し得ないことも可能となる。
先ほどのように、己の身を守ることも、相手を傷つけることも…
簡単なところだと、その視力は一キロ先の人物を特定し…
半径三キロ圏内なら、猫の鳴き声くらいまでは聞こえるようです。」
私は夢を見ているのだろうか…
そんな人間が…実在する………
「悪魔たちの間では、それを『抑制解除』というらしいのですが…
私たちは、それを『強化』と呼んでいる。」
秋月の眼鏡が怪しく光る。
だが秋月は口元を緩めると、
「単純でしょう?この子は、あまり難しい言葉を理解することができないのでね。」
元橋をからかうように、秋月は笑う。
「あ!ひっでー、秋月さん。俺のこと馬鹿にしてるでしょ!!」
元橋は、プーッと頬を膨らませる。
悪魔の能力を吸収
信じられなかった。
いくら知識が浅いとはいえ、仮にも死神である私ですら、悪魔の存在を知ったのはつい先日。
それなのに…人間が、悪魔の力を吸収している…
秋月はさらに続ける。
「彼は今までにも、悪魔と、力のある人間からは能力を吸収したことがあります。
だが、『死神』からは能力を吸収したことがなかったもので…。
まさか、あんな反応になるとは思いもよらず…驚かせてしまいましたね。」
秋月が手を伸ばし、私の頬へと触れる。
「大丈夫でしたか?何か変わったことはありませんか?」
優しく微笑む秋月。
頬に触れる秋月の手は暖かい…。
だが、私は知っている…。
向けられた笑顔も、優しい言葉も、触れる温もりも…それは偽りであることを。
「元橋は、あなたの拒絶反応ではないかと言っていますが…。
奏楽。あなたはどう思いますか?」
頬に触れていた秋月の手は、顔にかかっていた私の髪の毛を、そっと耳にかける。
そしてまた、優しく微笑む。
知っていながらも、わかっていながらも…
どこかで期待してしまう私がいる………。
私は、先ほどまで元橋が触れていた手を見つめる。
思い出すのは、触れた先から伝わってくる熱。
その熱は体中を駆け巡り、電流のような痺れる感覚と共に私を締め付けた。
私が拒絶したのか?
私は秋月の問いかけに答えられないままでいた。
すると、部屋の奥から声が聞こえた。
「元橋くんでは、能力に差がありすぎます。
問題は『死神』ではなく、その対象が『奏楽』だというコト…。」
私は…その声に聞き覚えがあった…。
「恐らく…元橋では、奏楽の能力を吸収することは不可能でしょう。」
何故…あなたがココニイル…?
「あ!有動さん!」
元橋が男に気付き、立ち上がる。
コツコツと足音を立て、その男はやがて暗がりから姿を現す。
スーツに身を包み、黒く長めの髪を揺らしながら目を細める。
「…有動。何の用だ?」
秋月は、面白くないとでも言うように、あからさまに顔をしかめる。
「…久しぶりですね。奏楽。」
有動は秋月を無視し、私に問いかけた。
私は…
この男を知っている―――。
「有動。どういうことだ?」
秋月が立ち上がり、有動から隠すように私の前に立つ。
「おや?私は予知の能力者ですよ?知っていても不思議ではないでしょう?」
有動は、微笑みながら秋月へと応える。
「もっとも…。あの時は、あなたに嫌われてしまいましたがね。」
少し間を開けた後、有動は秋月の後ろに立つ私に微笑んだ。
有動 孝臣。
それが、この男の名。
「来てたんですね?」
元橋が、有動に近づく。
「やあ、元橋くん。相変わらず無謀だね、大丈夫だったかい?」
心配そうに尋ねてはいるが、その言葉には棘を感じる。
さすがの元橋も気づいたのか、少しぎこちない笑顔を造る。
「えぇ、ありがとうございます。有動さんも相変わらずの細目ですね。」
棒読みのまま告げると、話の続きを促すように、どうしたのか?
と、大げさに首をかしげて見せる。
有動は、ははっと笑うと話を再開する。
「私もね…。」
有動は、私へ視線を戻す。
「以前、彼女の予知へ同調しようと試みたんですが…全く相手にされませんでしてね。」
有動は、くすっと笑うとこちらへ近づいてくる。
「あなたの意識に入ったはずなのに…。
まるで、自分が異世界にでも閉じ込められたかのような錯覚に陥り…」
あなたは…何の話をしている?
「目の前にいるあなたには…まるで、見えないシールドがあるかのように触れることもできず…」
言っている意味がわからない…。
「私に気付いたあなたは、ただ微笑んで去って行った。」
有動は、秋月の前で立ち止まると一通の封筒を差し出す。
「その後、私は一か月という長い間、謎の眠りに陥っちゃってたんですけどね。」
最後は、冗談でも仄めかすようにニコッと笑う。
秋月は、封筒を奪うように受け取る。
「袴田からのメッセージです。」
有動はそう告げると、くるりと踵をかえし、片手を上げ軽く振る。
「では、私の用事は済みましたので。」
「ちょっ!!有動さん!!!
説明になってないですってば!!!」
元橋が、戻ってくる有動の前に立ちふさがる。
立ち止まった有動が、元橋の肩に手を触れる。
「君は、無意識に相手の能力を奪うわけではないだろう。」
現に、有動は元橋に触れているが、先ほどのような反応は何もない。
「もちろんです!一応、自分の意思でコントロールはできて…ます……から。」
だんだんと尻すぼみになる元橋の声。
言いながら、自身で気づいているのだ…先ほど、私に触れた時。
自分のコントロールが効かなかったことに…。
有動は、フッと微笑むと
「君のせいではない。
奏楽の力が大きすぎて、私たち人間ではどうしようもないということだ。」
有動は、元橋の肩を軽くたたくと
「奏楽に触れるのはやめておけ。」
そう言い残し、去って行った。