懐 -Past- 3
「こんな所に何時までいらっしゃるおつもりですか?」
突然、ラウレストの頭上から声が降りてくる。
「…。」
ラウレストは何も答えないまま、視界を横切る影を訝しむ。
声の主は、桜の木の枝に腰掛けていたが、スッと降りてくる。
白い肌に、透き通るような蒼い瞳。
真っ白なドレスを風に揺らし、腰まである長い髪がふわっと舞う…まるで金色の絹の様に。
その姿は、桜の木に宿る精霊のように美しい。
「あのような幼子が好みだったとは存じませんでしたわ。
どうりで、私など相手にしていただけないはずですね。」
男の前に立ち、にっこりとほほ笑む。
「…マリア。…何の用だ?」
ラウレストは視線を合わせることなく、舞い散る桜を眺めたまま問う。
「所用がなければ、あなたにはお目通りもかなわないのかしら?…ラウレスト。」
名を呼ばれ、ラウレストはマリアへ振り向く。
「『SSC』とは、余程ヒマらしい。」
皮肉気に告げると、ラウレストは立ち上がり去って行こうとする。
そのラウレストの前に、マリアが立ちふさがる。
「ふざけないで。」
マリアがラウレストに詰め寄る。
「誰に向かってそんな口を利いているのか、わかっているの?」
マリアはきつくラウレストを睨む。
「タスクが終了しているのなら、速やかに報告に来るように…と、何度申し上げればご理解いただけるのかしら?」
「…。」
ラウレストは何も答えない。
「尤も……随分と御苦労なさったようですし。
報告に来られない理由があったのなら、私も納得できますけれど。」
マリアは意味あり気に言いながら、ラウレストの腰に手を当てる。
「…ハッキリ言えばどうだ。」
ラウレストが先ほどより強くマリアを睨む。
マリアが触れているところは、先ほどまで深手を負って大きく裂けていた箇所。
「可愛い表情ね。」
ラウレストとは反対に、マリアは少し首を傾げ、ねだるように問いかける。
「先ほどの少女。…いえ、少女の能力。
彼女があなたに何をしたのか、説明してもらえるかしら?」
奏楽の能力…。
ラウレストの頭の中には、先ほどの光景が鮮明に甦る。
包まれた光の暖かさ…
みなぎってくる力…
奏楽の笑顔―――。
ラウレストはマリアの手を振り払うと、立ち止まることなく去っていく。
「俺に答えられることは無い。」
「ラウレス…ト……。」
マリアの声は、ラウレストの姿と共に、闇にかき消された。
ラウレストが去った後、残されたマリアは風に揺れる髪を押さえながら、奏楽が去って行った方向へ目線を移す。
そして静かに瞳を閉じると、舞い散る桜の花びらと共に、その姿を消した。
ラウレストが告げた『SSC』。
それは、悪魔の力の強さを表すランク。
悪魔には、その誇示する力の強さに応じてランクが与えられる。
SSC (最上級クラス)
SC (上級クラス)
MC (中級クラス)
LC (下級クラス)
MCまでの悪魔は主に魔界内でのタスクを果たす。
だがSC以上の上位クラスは、魔界から逃げ出した魂の処理を担っている。
それだけ、境界を越えて他界へ逃げる魂…ゴブリンと化す悪魔の力は強大だということだ。
だが、マリアの属するSSC。
彼らSSCは、力の強さ、素質があれば認められる地位ではない。
SSCと認められるのは、魔界の四方を担う四天王と呼ばれる者達のみ。
数いる悪魔の中でも、選ばれし四名。
そのSSCに価する悪魔に選ばれるためには、特別なルールが2つある。
ひとつ。
SSCは己からその職務を降りることは許されない。
その役目を終えた時……
それを意味するのは……
――― 死 ―――
そして、もう一つ。
―――『Black.Duel』―――
それは、『SSC』という称号を手に入れるための戦い。
それは、『四天王』として君臨する己の強さを誇示する戦い。
決められたルールは、何もない。
時間も、場所も、資格も、何も―――。
決まっているのは、ただ一つ。
SSC悪魔へ挑み…
息の根を……潰せば良い―――。
――― 勝利 ―――
それを得るための、壮絶なる戦い。
それはまるで…地獄絵図。
SSCという称号を手に入れるための殺し合い。
勝者に与えられる ――― 称号 ―――
敗者に与えられる ――― 死 ―――
ただ、それだけの…GAME…。
マリアは、Black.Duelの勝者。
その戦闘を目撃したものは多い。
白いドレスを赤く染め、蒼い瞳は冷ややかに獲物を見据える。
風に乗るように宙を舞うマリアとは反対に、パペットの様に踊らされる悪魔。
彼女は、『抑制解除』もなく…SSCである悪魔を消滅させた。
その内なる力の限りは計り知れず…
誰もが、彼女に恐怖を感じた…。
その力―――まさに神の如し。
マリアの戦いは、すぐさま魔界全土へと広まる。
彼女の噂は絶えない。
本当に悪魔なのか…
神魔の化身ではないか…
はたまた、その存在は…神をも超越しているのでは…
そして、彼女は…
いつしか、こう呼ばれるようになる…
---神の名を持つ悪魔---
それは、マリアが四天王として揺るがぬ地位を築いた名。