光 -Treasure- 2
「しーんー!早くー!!」
「そらー!前見ろ!前!!」
「へっ!?」
ドンッ!!!
振り返ると同時に、あたしは顔面から思いっきりぶつかった。
「ッター…テテテ……」
尻餅をついた辺りと、強打した鼻頭をさすりながら顔を上げると…
そこには、2メートルを越えた大男が眉間にシワを寄せて立っている。
「あ~ぁ…。ったく、だから言ったのに…。」
後ろから追ってきていた真が追いつき、手を伸ばしてくれた。
「あはは…ははは……はぁ…。」
真の手を取り立ち上がりながら、あたしは大きくため息をつく。
この男は、神門 真。
あたしより4つ年上だけど、小さい頃からずーっと一緒にいる幼馴染。
真っ黒な髪は短く整えられていて、目鼻立ちもけっこうハッキリしてる。
爽やかな印象のスポーツ青年。
「俺は知らねぇぞ。」
「そんなッ!!真の薄情者!!」
ズイッ!!
ぶつかったまま放置していた大男が、一歩近づいてくる。
「ひぃッ!!」
有無を言わさぬオーラを出しながら、その風体に似合わぬ穏やかな優しい声と笑顔を向けてくる。
「どちらへお出かけですか?」
「いゃ……ちょっとソコま『どちらへ?』」
「…グッ…。」
今度はドスの利いた重く黒い声……そして、満面の笑み…。
あたしは思わず後ずさり…。
(オィオィ……もっかい言えるならドーゾってか……。)
恐いし!!!
あたしは心の中で思いっきり叫んだ。
「もう観念しろよ、奏楽。俺は白旗。」
そう言った真は、あたしをその男へと突き出す。
「あッ!!ズルイ!真ッ!!」
「奏楽様!」
駄目押しと言わんばかりに大男に見下ろされる…。
本当は、勝手に家の外に出ちゃダメだって言われてる。
だけど少しだけと、真に無理を言って外出に付き合ってもらうつもりだった。
「はぁ……ごめんなさぃ。だから、もう許してよ…朱雀。」
朱雀は重々しい雰囲気から一転。
「奏楽様。 現状をお察し願えませんか?
いくら真様がご一緒と言えど、屋敷の外では何があるやも知れません。」
そう言った朱雀は、あたしを優しく抱きしめる。
「うん。ごめんね朱雀。」
あたしも応えるように、その大きな背中へ腕をまわす。
朱雀は、神宮家に仕えている従者。
あたしが生まれた時から、何時も傍に居てくれた。
あたしにとっては、兄みたいな存在。
黒髪に金色のメッシュが入った髪を一つにくくり、頬に大きな傷がある。
そしてその図体の大きさ…まぁ、パッと見ただけじゃコワイよね…。
でもその見た目からは想像もつかないけど、とても繊細で、優しくて、あたしの全てを包んでくれる。
あたしにとってはとても大切な人。
「……あのさ…。」
「「!!」」
その声に、抱き合ったあたし達はハッと気づく。
声の主は腕組みをして壁にもたれ掛かっている。
「お前達の関係はわかってる。
それに、今更だし。その行動に深い意味がないこともわかってる。」
わかってる割には、イライラしてるのよくわかりますけど…。
真の辺りに漂っているオーラは普通じゃない。
「真…落ち着いて?」
「そうです真様!!私は、ただ心配のあまり…。」
真のこめかみにできた筋が、ピクンッと脈打った。
「ほぅ…朱雀。」
「ヒッ!!」
真は組んでいた腕を離すと、右手に拳をつくる。
「心配しすぎて…
"婚約者"
の目の前で抱き合ってしまったと?」
真の回りを黒いオーラが包んでる…
((真さ~ん…目が据わってますょ~……))
もう泣くしかない。
(誰か、真を止めてぇ~ッ!!)
そう願ったその時!!!
「うわっ!?」
今度は後ろから抱きしめられ、思いもよらない衝撃に声を上げた。
「よぉ、シ・ン・ちゃ~ん。ジェラシー全開。」
突如現れた男はあたしを後ろから抱きしめたまま、笑顔で真に手を挙げる。
(げっ……。)
そりゃ、あたしのお願いの仕方も悪かった…かもしれない……。
振り返らなくても、その声の主が誰だかわかる。
でも、何で!今!!
「そらちゃん…。」
男はワザとあたしの耳元で名前を呼ぶ。
きっとあたしはすごい顔をしていたと思う。
でも…。
「露骨にそんな顔されると、お兄ちゃん勘違いしちゃうよぉ~ん。」
そう言いながら、あたしの腰に手をまわす。
露骨にイヤな顔したんです!!
何でコイツなんだぁ~ッ!!!
頬に唇がふれる寸前…。
「テんメエッ!! コラッ!戒!!!奏楽から離れろ!!」
完全に自我を失くした……そう、キレた真が戒へ殴りかかろうとした…。
が!!!
あろうことか戒はあたしを真に投げつけ、ひょいと交わした。
コイツ…!!!
現状悪化させてどうすんだぁーッ!!!
「危ないなぁ~…。
そんなことして、そらちゃんにでも当たったらどーすんの?」
両手をヒラヒラしながら、やれやれと呟く。
「「お前が逃げなきゃ、当たらねぇよ!!」」
「おぉ~コワッ!似た者夫婦。」
このケラケラと、ヘラヘラとした男は戒。
戒は、神門に仕える従者。
でも神門は神宮の族下にあるから、戒としては神宮へも神門へも同じように忠誠心を持っているらしい。
真と同い年で、親友…?
ま、なんだかんだで仲が良いのは確か。
少し長めの茶色の髪にはウェーブがかかり、銀縁眼鏡の奥には、黒色の瞳。
…何となく怪しく見えるのは、きっとあたしだけじゃないと思う…。
真とはタイプが違うけど、かなりの知的美青年。
ただ、とにかくチャライ!!!
モテるのは確かなんだけど、この性格がねぇ……。
言ってるコトのどこまで本気か……理解不能です…はぃ。
そんなヤツに投げ飛ばされたあたしは、真の腕の中にいる。
真は、戒を睨むとあたしへ向き直る。
「真…。」
そして真は、あたしの『婚約者』。
あたし達の一族は、血縁を絶やさないためとか何とかで、幼いうちに結婚相手を決められる。
神門は神宮族下の中で、最も強力な死神家系。
だから、神宮の相手は必然。
でも、あたしは少しも嫌だと思ったことはない。
むしろ、真でよかった。
幼い頃から一緒にいたからもう家族みたいなモンだし。
あたしは、真が大好きだ。
「……って……」
「?……し…ん……??」
真の様子が何やらおかしい?
あれ…?
真く~ん…。
「お前も簡単に、ダレカレ抱かれてんじゃねぇ!!
それとも何か!?俺だけじゃ不満なのかぁ!!」
今度は、あたしにキレたッ!!!
「わぁ~ッ!!ごめんなさ~い!!」
急いで真から離れ、来た道を走って逃げようとすると…。
ドーンッ!!!
「クゥウゥゥゥ……。」
またしても…進行方向にて激突。
あたしは鼻を押さえて、呻いてしまった…。
あたし……鼻縮まないかな……。
なんてことを考えてるあたしを見つめる男3人は、そろって大きなため息をつく…。
聞こえてるっつーの!!
「イッテぇな……奏楽ッ!!!
テメェの鼻なんぞ縮んじまえッ!!!」
鼻先まで3センチの距離。すごい近くで、すごい大声で怒鳴られた…。
………ん?
コイツ!エスパー!!!?
何で考えてたコト分かったの!!?
「テメェ!!!ドコ見てんだ!コラァッ!?いつも言ってんだろーがッ!!
あたしは、あんたみたいな闘牛のダイブを受け止められるほど、朱雀みたいな『バカ力』はねえんだよ!!」
更に大声で怒鳴る女。
その女の後ろに、もう1人女がついて来ていた。
しかし…言うに事欠いて……闘牛…。
若き乙女になんてコト言うのょッ!!!
あたしはまだ夢見る乙女だ!!!
「た…確かに、よそ見したのはあたしが悪かったけど…そんな怒らなくてもいいじゃん!!」
ムッとした顔で言い返すと、
「ナ・ン・ダ・とぉ~…ッ!!!」
出たッ!!!コイツもおでこに筋がッ…筋がぁ~!!!
確かにあたしが悪いんだけど、そんな怒鳴られたら素直にゴメンって言えないし!!
こうなったら…逃げちゃえッ!!!
「未耶ぁ~。」
あたしは、怒鳴った女の後ろから来た
もう1人の女の元へ駆け寄った。
「ふふ。はいはい。」
未耶も朱雀と一緒に神宮に仕えている従者。
スッゴく綺麗な栗色の髪は腰の位置くらいまで長く、柔らかいウェーブがかかってる。
色白で、華奢で、優しくて、上品で…何処かのお姫様みたい。
こんな色っぽくて、可愛くて、綺麗で、大人っぽいけどあたしと2コしか変わらない!!
あたしの2年後……。
いゃ……考えるのは止めておこう……。
未耶はあたしと口の悪い女の間に立った。
「奏楽も謝ってるんだから、夜真もいつまでも言わないの。」
「ま~たぁ…そぉやって、姉さんはいっつも奏楽の肩持って!
今日はダメ!!絶対許さん!! 待てッ!!そ~ら~ッ!!!」
夜真が、未耶の後ろに隠れていたあたしをを追いかけてきた。
「ごめんってばぁ~!!」
言いながら、また元の道を戻り…ダーッシュ!!!
未耶のコトを姉と呼んだこのクチのワル~ィ女は、夜真。
赤いショートヘアに、未耶と同じ紅い瞳はクリクリしてる。
ボーイッシュ系だけど、さすが未耶の妹。やっぱ美人なんだなぁ~。
あたしと同い年で、悪友ってのかな?
良いコトも、悪いコトも全部、夜真と一緒にした。
口は悪いけど、いつもあたしを気にかけてくれてる。
ホント、素直じゃないんだから。
夜真に追われたあたしは、先ほどまで背を向けていた男3人の元へ。
そして、今度は真の後ろへ隠れる。
「はぁ~………。」
「クククッ!そらちゃん、こっちに逃げといでょ!」
「奏楽様!!」
「待て~!奏楽~!!」
「ふふふッ」
あたしの周りの人達。
あたしが笑える場所。
これが日常。
これが当たり前。
これが……
これからも続くと思ってた…
あたしの
―光―