悲 -Cries- 4
「何…これ…。」
あたしと真が、郷に着いた時には…あちこちで家が燃え、人が倒れ…とてもじゃないが、あたしは真っ直ぐ見ることができなかった。
「イ…ヤ……。
とぅ…様……。かぁ…様……。
イヤ―――――――――――!!!」
叫ぶあたしの肩を揺らし、真が叫ぶ。
「奏楽!落ち着け!!」
その声に我に返るが、目の前の光景は消えてくれるはずもない。
行くぞと、真は虚ろな瞳のままのあたしを連れて行く。
どこを見ても赤い炎に包まれ、黒い影が積み上がり、鼻を刺す臭いに吐きそうになる。
「倒れている人数からしても、まだ大多数はどこかへ避難しているはずだ。
とりあえず、屋敷へ戻るぞ。」
真の声がする…。
何か話してるけど、あたしの耳には聞こえない。
これは、現実?
これが、現実?
あたしの中に、昔の記憶が甦る。
赤と
黒の
記憶…
赤く、朱に塗れた、あたしの両手。
鼻につく、むせ返る臭い。
「…ら!! 奏楽!! オイッ!!奏楽!!」
真の声に、ハッと気が付く。
「し…ん…?」
「奏楽、大丈夫か?」
心配そうな真の顔が近づく。
「…ごめん。大丈夫。ありがとう。」
ダメだ。
あたしがこんなんだから、朱雀と戒もあの場に残ってくれたんだ。
これじゃ、何も変わらない…。
「真。大丈夫。
父様と母様を探そう。」
顔を上げたあたしに、真は力強くうなづいてくれた。
神宮の屋敷も、ひどく燃えていた。
「薫様ー!!」
「母様ー!!」
あたしたちは必死に声を上げて呼んだ。
すると突然、真があたしの口元を押さえる。
「!!」
「シッ!!…何か居る。静かに。」
真に言われ、少し意識を集中すると…確かに感じた。
「…キース…?」
あたしはとっさに思い当たる人物の名を口に出した。
「あぁ…似ているな。だが違う……もっと…威圧的な感じが酷い。」
確かに…さっきまで目の前にいたキースよりも、今感じる相手は、どこに居るかわからないのにソコにいるような錯覚に陥るほど強力だ。
なぜ今まで気づけなかったのだろうと不思議なくらい…。
「…父様?」
「なにっ!!」
あたしはその強力な力の傍に、微かだけど、とても身近な気配を感じた。
「間違いない。父様だ。」
「奏楽、行くぞ。」
あたしは頷き、真と共に得体の知れない力に近づいて行った。
奏楽が感じた微かな気配の先では、刀を持った薫と、只ならぬ気配を纏う男がいた。
「お前の話を聞きに来たのではない。我々に同意すれば良いだけのこと。
これ以上犠牲を増やすことが、当主としての務めとは思えん。」
「はぁ…余所者がっ…はぁ…はぁ……知った風な口を利くなっ…っ…。」
漆黒の長い髪は後ろに束ねられ、見つめる瞳も、髪と同じく漆黒眼。
日本刀のような刀を構え、薫と向き合っている。
薫は立っているのがやっとの状況で、刀を構えている。
着物のあちこちは裂け、部屋の中は返り血が飛び散っていた。
「秋月が貴様を召喚できるほどの力があるとは思えん。貴様の主は誰だ?」
薫は睨みつけながら、目の前の男に尋ねる。
「お前に話す必要はない。」
男は表情一つ変えずに答える。
薫はふっと男の後ろに倒れている人影に視線をやる。
そこには、神宮当主の護衛であり影武者を務めていた、未耶と夜真の両親が倒れている。
(抑制解除もないまま、これだけの力。ゴブリンとは考えがたい。おそらく契約者。
秋月の手の者ではあるのだろうが…これ程とは…。)
薫は、顔をしかめながら男を見据える。
「もうすぐ、ここにお前の娘が来る。俺たちは、あの娘が手に入るだけでも事は足りる。」
「外道な…!!」
男は表情を変えないまま、淡々と話す。
「俺たちが娘を狙っているのを知っていて、利用したのは誰だ?
お前に外道といわれる筋合いはない。」
「クッ!!」
その時―――。
「父様!!!」
あたしと真は、閉ざされた扉を勢いよくあげると部屋に飛び込んだ。
「奏楽!! 来るな!!!」
ビクッとしてその場に立ち止まる。
目の前には、父様と男が一人。
黒い服に身を包んだその男には…やはり黒い影。
だがこの男も、恐らく死神ではないのだろう。
「悪魔…。」
あたしがつぶやいていると、隣にいた真が大きな声を上げた。
「おじ様!!おば様!!」
その声で、あたしは倒れていた未耶と夜真の両親に気づき、駆け寄る。
「そんな…嫌だ。おじ様!! 目を開けて!!
おば様!! そんなのイヤ!!」
あたしは、横たわるおじ様たちを一生懸命揺さぶってみる…。
だが、二人の体は力なく揺れるだけ…。
どうして―――…。
「奏楽!! 下がりなさい!!
真!! 奏楽を連れて行きなさい!!」
薫が叫ぶ。
しかし、奏楽の耳には届かない。
奏楽はその場を動かないまま、呆然と横たわる二人を見つめている。
「薫様!! お一人を残してこの場を去るなどできません!!」
真が剣を抜き、薫へと近づく。
「真!! 奏楽の傍を離れるな!!」
「えっ!?」
薫が叫んだが、遅かった。
薫の前にいた悪魔は、真の鳩尾の辺りに一撃をくらわすと、一瞬で奏楽の背後に立つ。
「ぐはっ!!」
真はその勢いで、鈍い音を立て壁に激突する。
「女。俺と共に来い。」
奏楽は俯き、座り込んだまま悪魔へ問う。
「《私》が行けば、何かが変わるというの?」
「俺の仕事はお前を連れて帰るか、神宮の同意を得ることだ。
それが済めば、俺はこの場から立ち去るだけだ。」
「くっ…奏楽……っは…離れろ!!」
真が、奏楽へ向かって走り出そうと起き上がるが足に力が入らない。
奏楽はゆっくりと顔を上げ、悪魔の瞳を見つめる。
《私》が向こうへ行くということは、神宮はこいつ等と同盟関係に陥るのだろうか。
それは決して、現状を打開する策にはならない。
寧ろ、父様たちはそれを拒み続けてきた…。
「奏楽!! やめなさい!!」
薫が奏楽の元へ駆け寄ろうとするが、その体はすでにいうことを聞かず、その場に倒れこんでしまう。
《私》を手に入れた奴等は、もしかすると本当に神宮一族を消滅させてしまうのかもしれない。
こいつ等は、《私》という人質を手に入れることで
神宮に…いや、死神としての一族にどれほどの圧力を強いるだろうか。
薫と真は、奏楽に向かって叫び続ける。
だが…二人の声は、すでに奏楽へは届かない…。
父様や、一族が築いてきた神宮。
それがどれだけ苦しく、長い道のりだったか…わかっているつもりだ。
男の目を見つめる奏楽。
だが、不思議とキースの時のような恐怖はなかった。
黒く、深い闇のような瞳。
吸い込まれそうな漆黒の瞳には、奏楽の顔が映る。
でも…それでも……もう《私》には耐えられない。
奏楽は、男へ向けて………手を伸ばす。
《私》のために傷つく仲間。
《私》のために傷つく誇り。
《私》のために失う命。
《神魔》であるが故…失う己。
あたしは……
《私》は―――………………悪魔へ手を伸ばした。