悲 -Cries- 3
『で?……僕の相手をするのはどっちかな?』
キースは大剣を肩に担ぎ、フラフラと揺れながら朱雀と戒を見る。
「そう急かすなよ。相手なら好きなだけしてやる。」
戒は、朱雀に背を向ける。
「戒。本気か?」
「僕、冗談多いけど…言っていい時と悪い時の区別くらいはつくけど?」
そう言いながら、剣を構える。
「戒…。」
『無理しないほうがいいんじゃない?お前たちでは、僕には勝てないよ。
わかっているんだろう?…烈火。』
キースは構える戒を他所に、朱雀へ向けて挑発の笑みを浮かべる。
朱雀は少し考えた後、キースの死角になるように、戒の後ろに立ち何かを囁く。
「…!!」
朱雀の言葉に、戒は目を見開き驚く。
「戒。わかっているはずだ。」
窘めるような朱雀の言葉に、戒は唇をかみしめると、大きくため息をつく。
「ふぅ~…わぁかったよ。ったく…俺だけ熱くなっちゃって…バカみたいじゃねぇ?」
戒は、口角を上げたまま朱雀へと振り返る。
「そんなことはない。
さっきお前は言ったな、奏楽様を連れ帰ることがヤツの目的ではないと。
私だって、お前に言われるまで気付かなかったさ。」
二人のやり取りに顔をしかめるキース。
戒は、そうだねと答えると
「じゃあ一丁、クールダウンと行きますか?」
先ほどまでの空気とは一変し、朱雀と戒の間には穏やかな空気が流れる。
それがおもしろくないのか、キースからは殺気が高まる。
『お前ら…バカにしてんの?』
キースは、肩に担いでいた大剣を勢いよく振り下ろす。
ドガガガガーッ!!!
朱雀と戒の足元まで、地面が音を立てて裂けていく。
「…お前もそう熱くなるなよ。別にバカにしてなんかいないさ。」
フッと笑うと、戒はキースに向き直る。
「いやなぁ、俺たちも考えたんだよ。
そんなに強いお前に勝つために、どうするべきかをサ。」
戒は剣を構えながら、キースに向かい殺気を放つ。
それに合わせ、朱雀も戒の隣に立ち銃を構える。
『……それが答えか?』
三人を包む空間が、殺気を帯びていく…。
「そういう…コトッ!!!」
言うなり、朱雀と戒が一斉にキースに向かい飛び掛かる。
朱雀が、キースの前に弾幕を張り
戒が切りかかろうと剣を振り上げる。
キースも大剣を構え防御の型を取った…その時だった…!
『な…にぃッ…!!』
剣を振り上げていた戒の腕には朱雀が抱えられ、上空へと舞い上がっていく。
「悪いね。僕たち、お前の相手をしてるほどヒマじゃないんだ。」
そう言いながら、戒は朱雀を抱えたまま上空で停止する。
『ふざけるなッ!!』
キースが、大剣を空にいる戒たちに向けて大きく振る。
その衝撃をかわし、戒は続ける。
「戦うことが、お前のゲームなら。
僕たちのゲームは、そらちゃんを無事に連れ帰ることなんでね。
お前と遊んでる時間はないってことだよ。」
「貴様の背後についている輩に、戻り次第伝えよ。
我々は、貴様たちとの共存は望まない。これ以上踏み入るならば、容赦はせん。とな。」
朱雀は銃口をキースに向けたまま言い放つ。
『尻尾巻いて逃げてるくせに。
負け犬が、エラソーなこと言ってんじゃねぇよ。』
キースは宙に浮かぶ二人を睨み付ける。
「どーせ、そらちゃんを追いかける予定だったんだろ?
だったら向こうで再戦とすりゃいいんじゃねえの?」
そして、戒は煽るようにキースを挑発する。
「そもそも、お前が本当にそらちゃんを追いかける気があるようには感じないし。
そんなヤツに負け犬呼ばわりされたかねーよ。」
双方はしばらくの間、睨み合っていた。
『…好きに吠えてろ。負け犬が。』
キースは小さな声で呟くと、大剣を降ろし元の姿に戻っていく。
「今日はもう、萎えた。」
「そりゃ、ドーモ。」
戒は、なおも馬鹿にしたような素振りを見せるが、キースは立ち去ろうと振り返る。
「一つ…聞きたい。」
背中を向けたキースに、朱雀が声をかけた。
立ち止まったキースは、背を向けたまま少しだけ振り返る。
「貴様は……《契約者》なのか?」
「…。
あんたは、《悪魔》について何を知っている?そっちの風剣はからきし知識がないようだけど?」
顎で、戒を指す。
「テンメェ…!!」
「1000年前。
神魔が消滅した後、我々死神は天上から逆賊として追放された。
その関係は少しずつ和睦されてきたとはいえ、その後の天上の仕組みや役割などは明確な把握ができていない。
私が知り得ていることは、書物から得られるごく僅かな知識だけだ。
情けないが、実際のところは…それが正しいのか誤りなのかすら定かではない。」
戒を遮り、朱雀とキースの会話が続く。
「…なるほどね。」
ため息をつき、キースは続ける。
「素直な烈火に免じて、少し話しをしてあげよう。」
キースは二人に正面から向き直る。
「僕は《契約者》じゃない。…いや……正確には契約は《できない》んだけどね。」
「できない…?」
戒は、朱雀を見やる。
「雇い主を持たない悪魔は、簡単に言えば向こうの世界からの不法侵入。
本来、悪魔は我々死神が天上へ送った魂たちが、天国と地獄に裁かれた後、地獄で魂たちの管理をするのが仕事のはず。
だから、こちら側へ来られるのは《人間との契約により召喚された悪魔》だけ。
契約無しで、侵入した場合…『100%の状態』では、境界を越えられない。」
「100%の状態って…。」
戒がキースを見る。
「…烈火。それだけ知っているなら、僕に聞くことなんて何もないじゃない?
戦ってて、気づいたんでしょ?」
そう言いながら、キースが自身の左目を片手で覆う。
朱雀は黙ったままだったが、戒が疑問を口にした。
「左目…?」
(そう言えば抑制解除の状態でも、瞳の色が変わったのは右目だけだった…。)
「左目…ねぇ。」
左目を覆っていた左手を見つめ、キースがつぶやく。
「境界を超えるってことはね、そんな生ぬるいもんじゃないよ。」
見つめた左手を強く握り、キースは続ける。
「確かに…僕は左目を失った。でもね、境界を超える悪魔は共通して失うものがあるんだよ。
《契約》を持たない僕たちが、なんと呼ばれているか知っているかい?」
「…?」
「…。」
キースの苦痛の表情に、朱雀と戒は顔を見合わせた。
「《Goblin》」
「「ゴブリン…?」」
そう…と言いながら、キースは自嘲気味に鼻で笑う。
「他界への境界を無理に超えた悪魔は、共通して…《翼》も消失するんだよ。
翼を失くした悪魔は、悪魔であって悪魔ではなくなる。
境界を感じることもできず、正しく契約することもできない。
もちろん、境界を感じられないから魔界へ戻ることもできない…。
僕たちゴブリンはね、《ビースト》と罵られ、悪魔からも狙われる。
扱いなんて、その辺の悪霊と大して変わらないさ。」
「なぜ、悪魔が貴様たちゴブリンを狙う必要がある?」
黙って聞いていた朱雀が、口をはさむ。
「悪魔にもエサが必要なのさ。あんたたち、死神はどうか知らないけど。
僕たち悪魔は、悪魔を喰らうことで魔力を増幅させ、力を得る。
契約者同士の争いだと、いろいろメンドーでしょ?だから狙われるのは、もっぱらゴブリン。
もちろんゴブリンが契約者を喰らうこともあるんだけどね。」
キースは笑いながら、両手を広げる。
「お前は何故、そこまでしてこの世界へ来たんだ?」
戒がキースへ尋ねた。
「自分が失うモノも、その過酷な状況も…すべてわかっていて、すべて捨てて…。
そこまでしてもこの世界へ来なければいけない理由があったのか?」
「…。」
キースは黙ったまま、戒を見つめる。
「理由…ね…。」
キースが見せたほんのわずかな表情を、戒は見逃さなかった。
捨てられた子犬のような、どこか儚く悲しげな表情を…。
だが、キースは突然笑いだす。
「プッ…!ってゆーか、僕がここまで解説してあげる義理はなかったね。
せっかくのお楽しみを中断してくれたのは君たちだし。」
「なっ! お前っ!!」
キースは、にっこり笑うと
「せっかく僕が諦めてあげたんだから、早くお姫様のところへ戻った方が良いんじゃない?
さっきも話したけど、向こうも大変だと思うよ。」
「……お前さ、一体何考えてんの?」
朱雀を抱えて空へ浮いていた戒が、降りてくる。
「風剣は便利だね。風の力で浮けるなんて…ちょっとズルイけど。」
「誤魔化すな。」
強い口調で、戒が睨む。
「どう考えてもおかしいっしょ?
さっきまで敵意むき出しで向かってきたかと思うと、今度は親切なまでのご高説。」
「僕は聞かれたことに、親切に答えたつもりなんだけど?」
そう言うと、キースは振り返りスタスタと歩いていく。
「何度も言うけど、早く戻った方が良いよ。
向こうにいるのは、僕みたいなゴブリンじゃなくて…《契約者》だからね。」
「何だとッ!!」
「!!」
そう言った後、キースの姿は消えていた。
「戻りましょう。戒。」
朱雀が呼びかけるが、戒はキースが去って行った方を見つめたままだった。
「戒?」
「…何でもない。」
小さくため息をつき、しまっていた眼鏡を取り出す。
「行こうか。」
歩き出した戒の後ろから、朱雀も続く。
「ところで、戒…。」
「ん~?」
声をかけた朱雀へ、戒は気のない返事をしながら振り返る。
「…その眼鏡。どこにしまってたんだ?」
真面目な顔で問いかける朱雀。
「……プッ!」
戒が口元に手を当てて、ふざけた様に唇を尖らす。
「教えてあーげない。」
アハハと笑いながら両手を頭の後ろに組み歩き出す。
「子供か…。」
「……そんな事より。」
「?」
今度は戒が、朱雀の方へ振り向かないまま話を切り出す。
「…朱雀の左は、俺が守る。」
思いつめたように聞こえる戒の声。
「戒…。」
だが戒は、振り返りニヤッと笑う。
それは、いつもの戒だった。
「僕の特等席ね。」
朱雀もフッと笑うと、
「…頼りにしている。」
朱雀は戒の右側へ並び、歩き出す。