悪役令嬢として断罪されるらしいので、あらかじめ実家の全財産を「合法で」別会社へ移し、実家をペーパーカンパニーにしておきました――実家の借金ごと王室が連鎖破産して這い寄られても、私にはもう関係ありません
「リリア・ヴァルモント! お前との婚約を本日をもって破棄し、国家反逆罪として国外追放に処する!」
シャンデリアが眩しく輝く王宮の大広間。
王太子レオナルドは、華奢な男爵令嬢エミリーの肩を抱き寄せながら、私に向かって高らかに言い放った。
大広間に集まった貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。
「そうだ、リリア。我が公爵家からもお前を除籍する。お前のような可愛げのない冷酷な娘は、我が家の恥だ」
実の父親であるヴァルモント公爵も、王太子に調子を合わせて私を冷酷に見下ろした。
どうやらエミリーにうまく取り入って、次の公爵夫人の座を狙わせるつもりらしい。
私は手にしたシャンパングラスを静かに給仕のトレイに戻し、ドレスの裾を軽く整えた。
取り乱す様子も見せず、ただ静かに目の前の男たちを見つめる。
「レオナルド殿下、そしてお父様。それは公式な決定ということでよろしいですね?」
「ふん、今更命乞いをしても遅いわ!さらに、お前への罰として、ヴァルモント公爵領の全領地、および全財産を没収し、国庫に帰属させる!」
レオナルドは、これ以上ないほど勝ち誇った顔で胸を張った。
彼の腕の中で、エミリーが「これで私たちが新しい領主様ですね」と、嬉しそうに囁いている。
私は思わず、ふっと微笑んでしまった。
扇で口元を隠すこともせず、本当に楽しそうに。
「あら。ええ、どうぞ。喜んで没収してください。その代わり、公爵家に残った『負債』もすべて王室が引き継ぐことになりますけれど、よろしいですか?」
「……は? 負債だと?」
レオナルドが怪訝そうに眉をひそめた。
私の前世は、企業の倒産手続きやM&Aを専門とする、無敗の企業法務弁護士だった。
日夜、傾いた企業の資産を合法的に切り分け、債権者の追及から資産を逃がすスキームを構築していた。
しかし、ひょんなことからこの世界に転生してしまった半年後、偶然にも王太子と実父が「リリアを悪役令嬢として断罪し、その公爵家の莫大な富を王室に没収する」という計画を密談しているのを聞いてしまった。
私と実父がここまで嫌い合っているのには、それ相応の理由がある。
亡き母が私に遺してくれた金鉱山の権利や知財を、父は「親の財産だ」と主張して奪い取り、エミリーへの貢ぎ物や自分の浪費に使おうとした。
さらには、私を隣国の年老いた悪徳貴族へ身売りして借金をチャラにしようとまで画策したのだ。
私が前世の法務スキルで遺言信託を組み、父が母の遺産に指一本触れられないよう完璧にブロックしたため、父は私のことを「可愛げのない悪魔」と呼んで蛇蝎のごとく嫌うようになった。
もちろん、私にとっても彼は、家族などではなく「亡き母の遺産を食いつぶそうとする悪質な寄生虫」でしかないのだろう。
そんなクズな父と王太子が私をハメて財産を強奪するつもりなら、法的に合法的に、もぬけの殻にして差し上げるまで。
その瞬間、私の弁護士としてのプロ根性に火がついたのだ。
私はすぐに動き出した。
ヴァルモント公爵家が所有していた優良資産――金鉱山の採掘権、魔導技術の独占知財、さらには莫大な現金預金――を、すべて水面下で隣国の別会社「リリア信託」へと売却・移譲した。
現在のヴァルモント公爵家に残っているのは、ボロボロの屋敷と、他社からの融資に対する「数千億ゴールドの連帯保証」という泥沼の債務だけ。
まあ簡単に言うと…彼の実家は中身が空っぽの、ただのペーパーカンパニーだった。
「お父様、あなたが王太子の甘い言葉に乗って、あちこちの商会から借り入れた債務の連帯保証。あれ、すべて公爵家の『家名』で契約されていますわ。公爵家を没収するということは、その保証債務も丸ごと国家が引き受けるということです」
私が丁寧に説明すると、実父の顔からみるみる血の気が引いていった。
「な、なんだと……!? 資産は……あの金鉱山や知財はどうしたのだ!」
「半年前に、隣国の会社へ正当な対価で売却済みです。売却で得た現金も、すべて配当としてリリア信託へ流れておりますわ。公爵家のアカウントには、一ゴールドも残っていません」
「馬鹿な……! そんなはずはない!」
実父は懐から魔導端末を取り出し、必死に口座残高を確認し始めた。
画面に表示された「残高:ゼロ」の数字を見た瞬間、彼はその場にガタガタと崩れ落ちた。
「う、嘘よ! レオナルド様、どうにかしてください!」
エミリーが悲鳴を上げた。
王太子レオナルドも、何が起きているのか理解できず、ただ目を見開いて硬直している。
「リ、リリア……! お前、国家を謀るつもりか!」
「滅相もございません。すべて帝国商業法、および王室法に則った、合法的な契約行為です。書類はすべて王室監査部を通しておりますわ」
私は優雅に一礼し、混乱する大広間を後にした。
引き止める騎士たちは、すでに私が手を回した隣国の使節団によって、法的な不逮捕特権を盾に阻まれていた。
そして、本当の地獄はここから始まった。
王室が「ヴァルモント公爵家の没収」を実行した瞬間、自動的に数千億ゴールドの保証債務が王室のバランスシート(貸借対照表)に乗っかった。
そこに追い打ちをかけるように、私の支配する「リリア信託」は、王室がヴァルモント公爵家から借りていた「百億ゴールドの国債」について、契約書第十四条に記載された「担保価値の著しい下落、および信用不安の発生」を理由に、期限の利益の喪失を宣言。
私は即時一括返済を要求した。
「そんな大金、今すぐ払えるわけがないだろう!」
王宮の執務室で、レオナルドは頭を抱えて叫んだ。
王室の金庫は、レオナルドがエミリーに貢いだ宝飾品や、豪華な夜会の開催費用で、すでに底をついていた。
「払えないのであれば、法的な手続きをとらせていただきます」
そう言って私のオフィスに入ってきたのは、隣国の「クロイツ公国」の大公、アルベルト・フォン・クロイツ様だった。
銀髪に冷徹なサファイアの瞳を持つ彼は、隣国で「無慈悲な回収人」と恐れられる、重度の金融・法務オタクである。
「アルベルト大公!なぜ他国のあなたが我が国の内政に関与する!」
「関与ではない。正当な債権回収の代理人としての民事執行だ。レオナルド殿下、こちらの差し押さえ命令書をご確認いただきたい」
アルベルト様が提示したのは、帝国最高裁判所が発行した、完璧な「仮差し押さえ命令書」だった。
リリアの組んだ完璧な法網と資産移転のスキームを見たアルベルト様は、「これほどまでに美しく、法的に完璧な計画書を一人で書いたのか」と驚愕し、私に一目惚れしたらしい。
彼はすぐに私の法廷代理人を引き受け、全力で私を支援することを買って出てくれたのだ。
「王宮のシャンデリア、美術品、王族の個人ジュエリー。それらすべて差し押さえの対象だ。執行官、始めなさい」
アルベルト様の冷徹な号令とともに、執行官たちが王宮に次々と赤紙を貼り付け、豪華な調度品を運び出し始めた。
王宮の差し押さえが始まって一ヶ月。
電気や魔導暖房の魔力も止められ、王宮は文字通りの「ゴミ屋敷」と化していた。
暖をとるための薪すら買えず、王太子レオナルドと元公爵の父は、薄暗い部屋でロウソクの火を囲んで震えていた。
そこに、私の暮らす隣国の別邸へ、ボロボロになった二人が這い寄ってきた。
「リリア! 頼む、戻ってくれ!婚約破棄なんて…あ、あれは冗談だったんだ!」
レオナルドは私の靴にすがりつくようにして叫んだ。
顔は煤で汚れ、かつての煌びやかな面影はどこにもない。
「そうだ、リリア! お前は私の愛する娘だ!公爵家に戻って、あの差し押さえを今すぐ止めてくれ!」
実の父親も、涙を流して私に懇願した。
私は眼鏡のブリッジを指先で軽く押し上げ、冷たい目で見下ろした。
「申し訳ありませんが、民事執行の手続きはすでに司法の手に渡っております。債務の履行――つまり、金利を含めた二千億ゴールドの即時返済以外に、差し押さえを解除する方法はありませんわ」
「そんな大金、あるわけないだろう!」
「では、交渉の余地はありません。お引き取りを」
冷たく言い放つと、二人は絶望に顔を歪めた。
そこへ、背後から温かい手が私の肩を優しく抱き寄せた。
アルベルト様が、極上のカシミアのコートを羽織って微笑んでいる。
「リリア、冷たい風が入る。債務者との会話はこれくらいにして、中に入ろう。温かいココアを用意してある」
「ええ、アルベルト様。そういたしますわ」
「ま、待て!リリア! その男は誰だ!」
レオナルドが悲鳴のような声を上げた。
アルベルト様はサファイアの瞳に冷酷な光を宿し、彼らを見下ろした。
「我がクロイツ公国の最高法務顧問であり、私の最愛の婚約者に、汚らわしい債務者が気安く話しかけるな。これ以上彼女に付きまとうなら、不法侵入および威嚇罪で、隣国の地下牢へぶち込むことになるが?」
大公の放つ圧倒的な覇気に、二人は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
警備兵によって引きずられていく彼らの背中を、私は一度も振り返ることなく見送った。
その後、王室は正式に破産を宣告された。
差し押さえられた王宮と王室領は競売にかけられ、隣国の商業ギルドに格安で買い取られたらしい。
かつての豪華絢爛な王宮は、現在「王宮脱出巨大アスレチック・ホテル」として一般公開され、市民や観光客で毎日大盛況となっている。
破産したレオナルドと元公爵は、破産管財人の厳重な監視のもと、そのアスレチックホテルで観光客の重い荷物を運ぶポーターや、便所掃除の肉体労働に従事している。
一生かかっても払い終わらない債務の返済のため、毎日泥まみれになって働いているという。
ちなみに、男爵令嬢エミリーは、王室の破産が決定した瞬間に別の裕福な商人の元へ逃げようとしたが、連帯保証の網に引っかかり、同じく労働施設で働かされているそうだ。
一方、私はクロイツ公国にある、アルベルト様の広大な城で暮らしていた。
目の前に広がるのは、アルベルト様が私のために作ってくれた、世界中の法律書や判例集が数万冊も並ぶ、巨大な個人図書館。
「リリア、今日の公国の契約書の修正案だが、実に素晴らしい出来だ。君の法務知識は、我が国の宝だな」
アルベルト様は私の隣の席に座り、私の腰に優しく腕を回して、耳元で甘く囁いた。
「ええ、ありがとうございます。ふふ、それにしても……」
と、私は手元の契約書をめくりながら、ふっと微笑んだ。
「お父様たちが、あの断罪の場で勝ち誇って私を除籍してくださって、本当に良かったですわ」
もしあの時、彼らが私を除籍していなければ、ヴァルモント公爵家の『数千億ゴールドの連帯保証債務』が、娘である私にまで法的に追及されていたかもしれない。
だが、彼らは自分で私を家族から切り離し、借金まみれの泥船から私を自ら放り出してくれた。
その結果、リリア信託に移した母の遺産はすべて安全に私の手元に残り、私は借金を背負うことなく、隣国で最高法務顧問――そして次期大公妃という、彼らよりはるかに上の社会的地位を手に入れることができた。
泥船を没収した王室も、私を勘当して借金だけを抱えた実父も、今やただの『破産債務者』。
社会的地位の完全な逆転劇である。
「ああ、本当に……愚かな彼らには感謝しなければならないな。君という最高の伴侶と、その比類なき才能を、自ら手放して私に譲ってくれたのだから」
そう言ってクスクスと笑いながら、アルベルト様は私の頬に優しくキスを落とした。
普段の「冷酷な大公」の顔はどこへやら、今の彼は私を甘やかすことしか考えていない過保護な旦那様だ。
「ありがとうございます、アルベルト様。でも、この書類のレビューが終わるまで、ハグは待ってくださいな」
「それは困る。私は君の温もりがなければ、次の財務会議を乗り切る力が不足してしまうではないか……。」
前世の冷たい法廷とは違い、彼の腕の中は驚くほど温かい。
無能な元婚約者たちを合法的に自滅させ、私の才能を誰よりも愛してくれる最強の旦那様に過保護に甘やかされる、私の極上のリーガルライフは、これからも幸せに続いていくのだった。
【終】




