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第8話 ジャガイモ大収穫祭

 ついに、かつて世界一美しかったベルサイユ宮殿の庭園に、実りの秋、大収穫の季節がやってきた。


 ふかふかに発酵した土にシャベルを突き立て、グッと体重をかけて掘り返せば、ゴロゴロとまるで金塊のように丸々とした黄金色のジャガイモたちが、文字通り無数に顔を出す。


「見て、ルイ! 私の顔より大きいわ! これぞ大地の恵み、炭水化物の宝石箱よ!」

「それは少し大げさだが……実に見事な出来だね、アントワネット。土壌の窒素バランスと、うねの高さからくる水はけの計算が完璧に証明された瞬間だ!」


 泥だらけの夫婦が、巨大な芋を掲げて手を取り合ってキャッキャと喜ぶ姿は、もはやどこの開拓農民かという風情である。


 だが、そんな私たちを、宮殿の安全なテラスの上から冷ややかな、そして憎々しげな目で見つめる一団があった。


 晩餐会の中止や予算削減で特権を奪われ、私を逆恨みしている保守派の貴族たちだ。


「……フン、あんな泥まみれの醜い塊をありがたがって。皆様、お聞きになりまして? あの植物には『悪魔の毒』が含まれているという恐ろしい噂がございますのよ」


「ええ、存じておりますとも。食べれば熱を出し、体が麻痺し、やがて魂が地獄へ引きずり込まれるとか……。第一、聖書にすら載っていない卑しい植物ですからね」


 彼らは、自分たちの豪華な晩餐会を奪った憎きジャガイモを、根も葉もない「デマ」で潰そうと画策していたのだ。

 その噂は、またたく間にベルサイユからパリの街へと広まっていた。


 宮殿の門の外には、収穫祭の噂を聞きつけて集まった大勢の民衆がいたが、彼らもまた「本当に食えるのか?」「やっぱり毒なんじゃないのか?」と、不安そうにザワついている。


(……出たわね、古典的なネガティブキャンペーン! 既得権益層の抵抗ってやつね!)


 私は土のついた手をパンパンと払いながら、不敵に笑った。


(でもね、お貴族様たち。現代日本で数々の『SNS炎上』や『ステマ騒動』を見てきた前世女子大生のメディア・リテラシーと危機管理能力をなめないでちょうだい!)


 私は、収穫したばかりの特大ジャガイモを一つ手に取り、不安げな民衆がひしめく正門の広場へと堂々と進み出た。


「みなさん、よくお聞きなさい!!」


 私のよく通る声に、広場がシンと静まり返る。


「この芋が『悪魔の毒』だという噂が流れているようですが……それは、真実ではありません! なぜそんな噂が流れたか、教えてあげましょうか?」


 民衆がゴクリと息を呑む。


「それは……このジャガイモがあまりにも美味しすぎて、私たち王室と一部の特権階級だけで『独り占め』したいために、わざと流したデマなのです!!」


「えっ……独り占め!?」

「あのお偉方だけで、旨い汁を吸おうってのか!?」


 民衆の目の色が、不安から「怒り」と「強烈な好奇心」へと一瞬で変わった。

「毒」と言われると怖いが、「お偉いさんが独占しようとしている」と言われると、絶対に奪い取ってやりたくなるのが人間の心理(というか業)だ。


「今からここで、私自らがその『美味しすぎる毒見』をお見せします! ランバル、例の『隠し兵器』をここに!」


「は、はい、王妃様!!」


 近衛兵たちによって台車で運ばれてきたのは、下からガンガンに薪で熱せられた、分厚く巨大な「鉄板」だった。

 私は手早くジャガイモの皮を剥き、薄切りにしてその鉄板の上に並べる。


 そして、ここからが本番だ。

 私は、木箱に隠し持っていた「ノルマンディー産の最高級発酵バター」の巨大な塊を取り出し、惜しげもなく熱々の鉄板へとダイブさせた!


 ——ジュワァァァァァァッ!!!


 暴力的なまでの破裂音。

 熱された鉄板の上で黄金色のバターが溶け出し、薄切りのジャガイモをカリカリに包み込んでいく。

 途端に、ベルサイユの広場いっぱいに、脳髄を直接揺さぶるような「芳醇で甘美な焦がしバターの香り」と、「デンプンが焼ける香ばしい匂い」が爆発的に広がった。


 バターとジャガイモが焼ける匂い。

 これに抗える人類など、有史以来存在しない。


「ああっ……! な、なんだこの匂いは……っ! 胃袋が、胃袋が掴まれる……!」

民衆がフラフラと、まるで魔法の笛に操られるネズミのように鉄板へと引き寄せられてくる。


「……あ、熱っ! でも……んんっ、美味しいっ!!」


 私は、はふはふと湯気を立てるポテトを自ら頬張った。

 外はバターでカリッと香ばしく、中はホクッとしていて、芋の優しい甘みが口いっぱいに広がる。さらにパラリと振った岩塩が、脂の旨味を極限まで引き上げている。


(やばい! 美味しすぎる! カロリーの味がする! 幸せ!!)


「陛下も、さあどうぞ!」

「ああ、これは……! バターのタンパク質が熱で化学反応を起こし、芋の糖分と結びついて……いや、理屈抜きで止まらん! これこそフランスの至宝だ!!」


国王夫妻が、なりふり構わず夢中で芋を食らう姿を見て、民衆の我慢はついに限界点(を突破した。


「俺にもくれ!!」

「私にも食べさせて!!」

「毒なんてどうでもいい、その匂いを嗅がせろ! 独り占めはずるいぞ!!」


 一瞬にしてデマは霧散し、広場は暴動すれすれの「大試食会パニック」へと変貌した。

 安全なテラスから冷笑していた貴族たちは、自分たちの流したデマが完全に無視されるどころか、民衆と王室が「バター焼き芋」を通じて強固に一体化していく光景に、泡を食って逃げ出していった。


(……勝った。完全勝利よ! これで食糧問題の第一歩はクリア。フェイクニュースも粉砕したわ!)


 私は、バターでギトギトになった手をハンカチで拭きながら、秋の高く澄んだ空を見上げた。

 私の首筋にチラついていた断頭台ギロチンの影が、また少しだけ薄くなった気がした。


 ……だが、私の胃袋は、まだ全然満足していなかった。

 むしろ、バターの強烈な旨味が、さらなる「炭水化物と糖分のコンボ」を求めて暴れ出している。


(……次は、このジャガイモを大きめに切って油でじっくり揚げて、ドロドロに溶かした砂糖と蜂蜜をたっぷり絡めた『大学芋風』を作ってみようかしら。そこに黒胡麻を振って……ああ、外はカリカリ、中はホクホクで甘くて……)


 よだれが出そうになった瞬間、私はハッとして自分の頬を両手でバチン! と叩いた。


(……ダメよマリー! 炭水化物+糖質+脂質は死への特急券よ! 糖質制限を忘れないで!! ギロチンより先に、ドレスのサイズアウトで死ぬわよ!!)


 マリー・アントワネット、18歳。

 歴史は今、彼女を「パンがなければ芋を食えと暴言を吐いた王妃」ではなく、「自らバターで芋を焼いて民衆の胃袋を掌握した、最も強かで食い意地の張った王妃」として、新たなページを書き換えようとしていた。

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