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第7話 ベルサイユ、耕しちゃいました

 先の「炊き出しフェス」は大成功を収めた。

 パリの民衆の間で、私の株はストップ高レベルで爆上がり。「王妃様は我々と同じ目線で芋を食ってくれる」「あのお方は飾らない、真の国母だ」と、街角では私の美談(※ただの食い意地)が弾き語りの歌にまでなっているらしい。


 ……だが。

 その一方で、猛烈に面白くない顔をしている集団がいた。

 ベルサイユ宮殿に巣食う、「特権」と「プライド」だけで生きているお貴族様たちである。


「王妃様ァァッ!! 一体全体、何を狂ったことをなさっておいでですか!? 正気ですか!?」


 その日の午後。

 金糸銀糸で着飾り、顔には真っ白な白粉おしろいを塗りたくり、むせ返るような香水を漂わせた貴族たちが、絹の扇子をバサバサと狂ったように扇ぎながら、血相を変えて抗議にやってきた。


 彼らの目の前に広がっているのは、かつて天才造園家ル・ノートルが設計した、幾何学模様が美しい世界最高峰のフランス式庭園……。


 ——だったはずの、無惨に掘り返された「茶色い土の塊」のパノラマである。

 そして、そのド真ん中。

 泥だらけになったドレスの裾をたくし上げ、肩で息をしながら、重い鉄のクワを「どっこいしょぉ!」と地面に叩きつけている私が立っていた。


「何って、見ての通りよ。太陽王ルイ14世が造ったこの無駄に広すぎる庭を再利用した、『ベルサイユ王立・第一ジャガイモ菜園』の開墾よ!」


 そう。正門前での炊き出しだけでは、あくまで一時しのぎのパフォーマンスに過ぎない。


 迫り来る凶作と飢饉を根本的に解決するには、この広大で日当たりの良い庭園を丸ごと畑に変え、ジャガイモを大量生産して「最強の種芋」を全土の農民に配る国家拠点にするしかないのだ。


「土を、泥をいじるなど、卑しい農民のすることです! しかも王家の神聖な芝生を引っぺがすなど! フランス王室の『品位』は、どこへ消え失せたのですか!!」


 貴族のひとりが、今にも卒倒しそうになりながら叫ぶ。

 私はクワをズバッ! と地面に突き立て、土まみれの手で腰に手を当てた。


「品位?……いい、よくお聞きなさい。お腹が空いたら、品位じゃお腹は膨れないの! 飢えた民衆の前に『美しい芝生』を差し出して、彼らが喜んで食べるとでも思って?」


「そ、それは……! しかし、この辺り一帯に漂う、この耐え難い悪臭はなんです!?」


 貴族たちが鼻をつまむ。無理もない、私がさっき馬小屋から最高級の「堆肥(馬糞)」を運ばせて、土にたっぷりすき込んだからだ。


「あら、そこ。香水臭いわよ。高価なバラの香りより、よく発酵した堆肥の匂いの方が、これからのフランスの未来には何百倍も必要なの! 文句があるなら、どうぞウィーンの実家へチクってちょうだい。お母様にはすでに、『お母様、娘はフランスでジャガイモの母になりました』って、事後報告の手紙を速達で出しといたから!」


「ひっ……! あ、あの鉄の女帝陛下マリア・テレジアにまで……!?」


「お母様は実利主義よ。娘が国を救うために畑を耕していると知れば、間違いなく『よくやったわマリー、オーストリアでも真似しましょう』って言うに決まってるわ!」


(※言わないかもしれないけど、ハッタリよ!)

 ヨーロッパ最強の君主の名を出された貴族たちは、蜘蛛の子を散らすように「ひぃぃっ」と青ざめて退散していった。ふん、権力というものは、こういう時のためにフル活用するのよ。


「ふぅ、やれやれ。土を耕すより、あっちの相手をする方が疲れるわ……」

私が額の汗を手の甲で拭った、その時。

私のすぐ隣で、ザクッ、ザクッと、ひどく正確なリズムで不器用そうに土を掘り起こしている大きな影があった。


「……ルイ!? 陛下まで、どうしてこんな泥だらけになって……!?」


 そこには、純白のシャツを泥だらけにした国王ルイ16世が、巨大なシャベルを手に、真剣な眼差しで土と格闘していた。


「いや、アントワネット。執務室で計算してみたんだがね。このベルサイユの庭園の総面積を農地に変換し、1平方メートルあたりのジャガイモの収穫量を掛け合わせると……なんと、パリの全市民の数日分の食糧を、この庭だけで賄えるという驚異的な数値が出たんだ!」


 彼は興奮したように、泥のついた指で空中に数式を書くような仕草をした。


「それに、この『土を一定の深さで掘り起こし、うねを作る』という作業。これ、意外と機械的で、錠前のシリンダーをミリ単位で削る作業に通じる『システマチックな楽しさ』があるね! 僕はすっかり夢中になってしまったよ!」


(ルイ、あなたって人は……! 根っからの理系オタクで、そして最高にいい夫すぎるわ!!)


 泥だらけの国王夫妻が、広大な畑の真ん中で「収穫量」について熱く語り合っていると、今度はランバル夫人が、この世の終わりのような青い顔をして宮殿から駆け寄ってきた。


「お、王妃様、大変でございます! 貴族たちが『泥臭い王妃とは食事ができない』とボイコットを始めました! 今夜予定されていた大晩餐会、なんと出席の返事が『ゼロ』でございます! 誰も来ないと言っております!!」


 ランバル夫人が涙ぐんでいる。

 当時の王室にとって、貴族が晩餐会をボイコットするというのは、王室の権威の失墜を意味する大スキャンダルだ。普通なら顔面蒼白になるところだろう。


 だが、私の脳内では瞬時に「激しいそろばんを弾く音」が鳴り響いていた。


(……えっ? 客がゼロ? 誰も来ないってことは……何百人分もの高級食材、キャビアも、トリュフも、最高級のシャンパンも、用意しなくていいってこと!?)


「……ちょうどいいわ!! 最高じゃないのランバル!!」


「えっ!?」


「晩餐会の全面中止で浮いた莫大な予算、それ全部『最新型の鉄製農機具』と『超高品質な種芋』の購入費に回しましょう! あと、水やりのためのホース的な管もたくさん買ってちょうだい!!」


「……お、王妃様。最近のあなたは、本当に恐ろしいほど……合理的、でございますね……」


ランバル夫人が呆然と立ち尽くしているが、私はそれを最高の褒め言葉として受け取っておく。


 私は、土のついた手で、ふと自分の細い首筋に触れた。

 もう、あの冷たいギロチンの刃の感触は、ほとんど思い出せない。


 今の私をここまで熱く突き動かしているのは、贅沢なお菓子への未練でもなく、処刑への恐怖ですらない。


(……この私が手塩にかけて育てたジャガイモが立派に育ったら……。掘り立ての熱々を真っ二つに割って、そこに最高級の発酵バターを山のように乗せて、とろけるところをハフハフと食い尽くしてやる……!!)


 そう。恐怖を超越した、強烈で超個人的な「食欲(炭水化物×脂質)」への執念だった。


「さあ、ルイ! 晩餐会がなくなった分、今夜は徹夜で『フランスの土壌に最も適した堆肥たいひの黄金比』について、朝まで語り合いましょう!」


「ああ! 窒素とリン酸のバランスについて、僕にも考えがあるんだ!」


 マリー・アントワネット、18歳。

 豪華絢爛な宮廷生活を完全にかなぐり捨て、現在、ベルサイユで最も「土と泥」の似合う女として、狂ったような速度で歴史を爆走中である。

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