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第4話 ベルサイユの仕分け人

「ジャガイモ・ポテチ作戦」が見事に功を奏し、国王ルイ16世の絶対的な信頼を勝ち得た私。


 これで私のギロチン回避計画も安泰……と思ったのも束の間。本当のベルサイユの地獄は、ここからが本番だったのだ。


「王妃様、本日はローズ・ベルタンから、今シーズンの新作ドレスと髪型のカタログが届いておりますのよ。さあ、ご覧になって!」


 翌日の昼下がり。私の私室に押しかけてきて、これ見よがしに宝石をちりばめた豪華なカタログを広げたのは、宮廷のインフルエンサーにして取り巻きの筆頭、ポリニャック夫人だ。


 彼女は、史実において私の寵愛を良いことに一族郎党で国庫を文字通り食いつぶしたとされる、「ベルサイユの予算泥棒(失礼!)」の親玉である。


 彼女自身も、歩くシャンデリアのように全身を金糸銀糸とダイヤモンドで飾り立て、香水のむせ返るような匂いを振りまいている。


「今期のベルタンのイチオシは、ズバリ『自然回帰』! なんと、ご自身の髪を高く結い上げ、そこに本物の小鳥の剥製と、真珠で作った卵を乗せる『高さ1メートルの小鳥の巣・ヘアスタイル』でございます! 馬車に乗る時は膝をつかねばなりませんが、夜会で目立つこと間違いなしですわ!」


(……1メートル!? 重いわ!!)


 私は心の中で激しくツッコミを入れた。

 ただでさえ重いドレスを着ているのに、頭の上に1メートルの塔を建設して小鳥まで飼うなんて正気の沙汰ではない。そんなものを乗せて一晩中踊り狂っていたら、ギロチンの刃が落ちてくる前に、物理的に自重で私の頸椎が死ぬ!


 私は、ポリニャック夫人が得意げに広げたカタログを「パタン!」と、冷酷なまでの勢いで閉じた。


「……いらないわ、ポリニャック。小鳥の巣なんて頭に乗せません」

「えっ? ですが、王妃様は昨日まで『もっと高く! もっと奇抜に!』と仰っていたではありませんか」


「昨日の私と今日の私は違うの。……いいこと? これからのベルサイユは『使い回し』がトレンドよ」


「つ、使い回し……? もしかして、殿方との浮き名ではなく、同じドレスを二度着るというお話でございますか!?」


 ポリニャック夫人が、信じられないという顔で後ずさる。当時の王族にとって「一度袖を通したドレスを再び着る」ことは、貧困の証明と同義だったのだ。


「当たり前でしょ! それと……このカタログの最後にある『離宮プチ・トリアノン』の改装費の請求書。庭をすべて金箔で覆い尽くすだの、人工の川を掘ってゴンドラを浮かべるだの……これ、今すぐ全部キャンセルしてちょうだい」


 周囲に控えていた貴族たちが、まるで「王妃様がマカロンに毒でも盛られて正気を失った」という顔で一斉に石化する。


 無理もない。数日前までの私は、「ベルサイユ本殿はなんか堅苦しくて落ち着かないから、私専用の可愛い村をまるごと作って!」と、湯水のように国家予算を使う計画にサインしていたのだから。


「王妃様、それでは面目が立ちません! 他国の王族や大使たちから『フランスは金欠だ』と笑われますわ!」


「笑わせておきなさい。……いい、ポリニャック。よく考えて」


 私は立ち上がり、前世のSNSで培った「それっぽい正論」を、威風堂々とぶちかました。


「国民が小麦の高騰で飢え、明日のパンにも困っている時に、頭の上に1メートルの小鳥の巣を乗せて優雅に微笑むのが、真の気品かしら? ……違うわ。真の美しさは、無駄を削ぎ落とすことで生まれるの。これからの時代は……そう、サステナブルな『引き算の美学』よ」


(ドヤァ……!)


 内心では、単に「浮いた金で小麦を買って民のヘイトを下げたい」「有事の際に1メートルの髪型じゃ走って逃げられない」という超絶エゴな理由しかないのだが、言葉の響きだけは完璧だった。


 しかし、あきらめの悪いポリニャック夫人が、ここで私の最大の弱点を突く、禁断の一言を放った。


「……素晴らしいお考えですわ、王妃様。では、ドレスの件は一旦保留にするとして……せめて、本日ウィーンから特別便で届いたばかりの『アレ』だけはお召し上がりくださいませ。王妃様が愛してやまない、母国オーストリアの……『最高級ザッハトルテ』でございます」


(な……っ!?)


 パンッ、と侍女が手を叩くと、ワゴンに乗せられて「それ」が運ばれてきた。


 漆黒の鏡面のように艶やかに輝く、分厚いチョコレートのコーティング。


 その下には、しっとりと焼き上げられた濃厚なチョコレートスポンジと、甘酸っぱい絶妙なアクセントを加えるアプリコットジャムが潜んでいる。


 さらに恐ろしいことに、そのケーキの横には、砂糖を一切加えていない、乳脂肪分たっぷりの純白の生クリームが、まるで雪山のようにこんもりと添えられていたのだ。


 脳内に、濃厚なカカオの香りと、アプリコットの酸味、そして全てをまろやかに包み込む生クリームの完璧なハーモニーが爆走する。


「引き算の美学」なんていう意識高い系の言葉は、一瞬で宇宙の彼方へ飛んでいった。


(食べたいっ! 今すぐその生クリームの雪山に顔からダイブして、チョコレートの雪崩に巻き込まれて遭難したい……!!)


 私の胃袋が、ベルサイユ宮殿のガラス窓を揺るがすような大音量の雄叫びを上げようとしている。


 だが、その時。私の耳の奥で、窓の外の遠くパリの方角から聞こえる気がしたのだ。


 ——「死ね、赤字夫人!」「我らにパンを!」という、数年後に必ずやってくる、あの恐ろしい未来の怒号が。


「……い、いらない。そのトルテは、今すぐパリの孤児院へ丸ごと届けなさい」


「お、王妃様!?」


「……あ、でも待って。その上に乗っている、王冠の形をした小さな飾りのチョコだけ……。欠片だけでいいから、私の手のひらに……」


 私は無意識に手を伸ばしかけたが、ハッとして両手で自分の頬をバチン!と叩いた。


「……なんでもないわ! 全て、私の視界から今すぐ持っていきなさい! 一ミリも残さないで!」


 私は血の涙を堪え、自慢のレースの扇子で必死に歪む顔を隠した。


芳醇なカカオの香りを放つ甘美な誘惑が、無情にもワゴンに乗せられて遠ざかっていく。代わりに私の手元に残されたのは、削らなければならない冷たい予算表の分厚い束だけだ。


「……よし。次は『近衛兵の制服のボタンを、純金から真鍮しんちゅうに変える案』と、『貴族の年金全額カット案』を検討するわよ! ペンを持ってきなさい!」


 マリー・アントワネット、18歳。

 極上のチョコレートケーキを我慢した反動と怒りのストレスで、私の「ベルサイユ仕分け人」としての行政改革は、誰にも止められないほど過激さを増していくのだった。

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