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第3話 禁断のポテチナイト

「……アントワネット。これが、本当にあの例の『豚の餌』なのかい?」


 今夜の晩餐。豪奢なシャンデリアの光の下、何十人もの給仕が控える広々としたダイニングルームで、私たち夫婦のテーブルの中央に恭しく置かれた銀の蓋が開けられた。


 そこから姿を現したのは、黄金色に輝く、極薄にスライスされた無数の円形——。

 

 湯気と共に立ち昇る、良質な油の香ばしい匂い。表面には大粒のゲランドの塩がキラキラと宝石のように輝いている。


 そう、これはいわゆる「ポテトチップス」である。


「はい、陛下。宮廷に呼び寄せた植物学者パルマンティエ氏の助言を得て、私が厨房に指示を出しました。この未知の植物が持つ魅力を最大限に引き出すため、最も『中毒性』の高い禁断の調理法を再現いたしましたの」


 私は、内心で完全なる勝利を確信していた。

 

 史実では、パルマンティエがジャガイモを「茹でて」普及させようとしたが、当時の民衆には「味が薄い」「パサパサする」と不評だったのだ。


 ならば、現代日本の女子大生だった私が知る、人類が絶対に抗えない最強の魔力——「油」と「塩」の暴力で攻めるしかない。


「さあ、騙されたと思って召し上がれ。この『ポム・フリット(揚げた芋)』は、間違いなくフランスの未来を救う味がいたしますわ」


 ルイ16世は、いまだに警戒心を解かない様子で、恐る恐る黄金色の一片を指でつまみ、口に運んだ。


 ——パリッ。


 静まり返った巨大な部屋に、かつてベルサイユ宮殿が聞いたことのないような、軽快で心地よい音が響き渡った。


「…………っ!?」


 ルイの動きが、雷に打たれたようにピタリと止まった。

 そして次の瞬間、彼の瞳が、かつてないほどの眩い光を放った。複雑な錠前の構造を完全に理解し、最後の鍵がカチリとはまった時よりも輝いている。


「な、なんだ、これは……! 噛むほどに口いっぱいにあふれ出すデンプンの素朴で優しい甘みと、それを引き締める塩気の完璧な調和! そして、油で揚げることで生まれるこの軽やかな食感……! まるで魔法じゃないか!」


 ルイはもう止まらなかった。夢中で二枚目、三枚目へと手を伸ばし、上品な王族の作法など忘れたかのように、次々とポテトチップスを口に放り込んでいく。


(よしっ、見事に胃袋と脳の報酬系を掴んだわ!)


「これなら、どんなに保守的な民でも喜んで食べるはずだ。アントワネット、君は天才か!」


「恐悦至極に存じます。……ただ、陛下。この素晴らしい料理には一点だけ、国家を揺るがしかねない重大な欠点がございます」


「欠点? 毒でも含まれているというのかい?」


 私は、コルセットで締め上げられた自分の腹部をそっと押さえた。


「……非常に、太りやすいのです。つまり、超高カロリー。あまりの美味しさに手が止まらなくなり、毎日食べ過ぎれば、たちまち体が重くなります。そうなれば、革命……いえ、有事の際に走って逃げ遅れるという、王族として致命的なリスクを伴います」


「そ、それは一大事だ。……だが、手が止まらん。もう一枚だけ……」


(私もよ、陛下!!)


 本当は、私も今すぐその銀の皿にダイブして、両手いっぱいにポテチを掴んで口に詰め込み、最後に指についた塩と油をペロペロと舐め回したいのだ。


 だが、今の私には「贅沢三昧の赤字夫人」から「質素倹約の賢母」へとキャラ変するという、絶対に失敗できないノルマがある。ここで理性を失えば、ギロチン一直線だ。


「そこで陛下、私から普及のための提案がございます。このジャガイモを、あえて王領地や貴族の庭園でのみ栽培しましょう。そして、『王家の神聖なる食卓用につき、庶民は決して盗むべからず』と立て札を立て、厳重に警備をつけるのです」


「警備を? それでは庶民の口に入らないじゃないか」


「ふふっ。あえて夜間だけ、警備を『わざとユルく』しておくのです。人間というものは、権力者が独占し、隠し、守っているものほど強烈に欲しくなる生き物。『王室が隠してまで食べるほど美味いのか』と、民衆はこぞって夜な夜な畑に忍び込み、種芋を盗み出すでしょう。そして彼ら自身の畑で、勝手に、爆発的に普及していくはずですわ」


「……なんと! あえて盗ませるのか。人間の業の深さを逆手に取るとは……面白い。君の知略は、まるでマキャベリの『君主論』を読んでいるようだ」


 ルイが感心しきったように私を見つめる。

(ふふ、これは前世でネット掲示板の『歴史の面白い逸話スレ』で見たパルマンティエ作戦の受け売りなんだけどね! ドヤァ!)


 作戦が完璧に決まり、悦に浸っていたその時。背後からランバル夫人が、少し困惑したような声で囁きかけてきた。


「あの、王妃様……。ジャガイモの普及作戦は大変素晴らしいと存じますが、その……あちらに用意しておりました、食後の『ホットチョコレート(ショコラ・ショー)』はいかがいたしましょうか?」


 ワゴンに乗せられた銀のポットから、カカオの濃厚な苦味と、たっぷりの砂糖、そしてバニラやシナモンの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


(……っ!? 甘じょっぱい無限ループの刺客!!)


 前世の私なら、ポテチの強烈な塩気の後に、このドロドロに甘いホットチョコレートを胃袋に流し込むという「悪魔の往復運動」に間違いなく突入していたところだ。


「……そ、それも、下げなさい。ただし、決して捨てるのは厳禁よ。今夜控えている侍女たちや、厨房の者たちの夜食として振る舞いなさい。糖分は、夜勤の集中力を高め、疲労を回復させるわ」


 私は、愛するチョコの香りを背に、キッと前を向いた。


「まあ、王妃様……! 私たちのような者にまで、あのような超高級品を……!」

ランバル夫人をはじめ、侍女たちの好感度がまたしても爆上がりしている気配を感じる。


 空腹と誘惑で、視界がぐにゃりと歪む。でも、首が胴体としっかり繋がっている未来は、きっとどんな極上のお菓子よりも甘いはずだ。


「さあルイ、次は宮廷の『宝石代』と『夜会の装飾費』を削る会議をしましょう。……ただ、その前に」


 私は、スッと手を伸ばした。


「そのポテトを、あと一枚だけ。……念のための毒見として、一枚だけいただいてもよろしいかしら?」


 結局、私は夫の皿から意図的に「一番大きくて分厚く、塩がたっぷりかかっている一片」を強奪し、涙が出るほどジャンクで背徳的な味に、誰にも気づかれないよう密かに酔いしれるのだった。

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