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第18話 美肌革命とサウナの罠

 私がベルサイユ宮殿に命懸けで導入した「お風呂」の習慣は、意外なところから爆発的に広まった。


 私が毎日ピカピカに磨き上げられた真珠のような肌で、しかも「いい匂い」をさせて宮殿を闊歩かっぽしているのを見て、当初は「水は病魔を招く」と震え上がっていた貴族女性たちが、ザワつき始めたのだ。


「ご覧になって、王妃様のあのみずみずしく、透き通るようなお肌……。もしや、お湯に浸かることには、我々が知らない若返りの強力な魔術があるのではなくて?」


「これぞ次世代の究極のアンチエイジングよ! 毒気が入るなんてデマだわ! 私も今すぐお湯を用意させなきゃ!」


 噂は尾ひれをつけ、ベルサイユに空前の「入浴ブーム」が到来。

 宮殿全体の体臭指数は劇的に改善され、廊下に漂う香水の匂いも爽やかなものへと変わっていった。


 だが、現代日本人の魂を持った私は、ただお湯に浸かるだけでは、精神的な満足感を得られなかった。


(……足りない。これじゃないのよ。表面は綺麗になったけれど、体の芯に残った、あの前世からのおりのようなストレスと脂肪が、まだ落ち切っていない気がするわ!)


 私が心の底から、渇望かつぼうしていたもの。それは……。

 「……欲しい。どうしても、あれが欲しい。……『サウナ』が!!」


 私は、その熱い想いを具現化するため、スウェーデンでの任務から帰還したばかりの、あの絶世の美青年、ハンス・アクセル・フォン・フェルセンを再び呼び出した。


 史実では私の恋人だった彼だが、今の私にとっては「北欧のサウナ事情に詳しい、生きた設計図」に過ぎない。


「王妃様。お久しぶりにお目にかかれて、光栄の至りです。……以前、グラタンの件で避けてほしいと仰られた時は、私の孤独な愛が、あなたを困らせてしまったのではないかと、心配で夜も眠れませんでした」


 現れたフェルセンは、歩く彫刻のような美貌に、甘い憂いを帯びた瞳でひざまずき、私の手を取った。


(相変わらず、無駄にキラキラしているわね。少女漫画の背景が見えるわ。でも……)


「フェルセン、あなたのその熱い想い、今ここで別の形に変えて、フランスのためにぶつけてみない?」


「……別の形? もしや、二人きりの秘密の……」


「ええ、秘密の構造設計会議よ! フェルセン、あなたの故郷……北欧スウェーデンにあるという、『熱い石に水をかけて、灼熱の蒸気を出す部屋』……サウナについて、ネジの形状から石の材質まで、隠さずすべて教えなさい!」


「サウナ、のこと……でしょうか? 王妃様、あれは……北欧の荒くれ者たちが、己を極限まで追い込む過酷な修行のようなものですが。なぜそれを?」


「いいのよ! 今のベルサイユには、精神と肉体の徹底的なデトックスが必要なの! さあ、ペンと紙を持ってきなさい! 今夜は朝まで、サウナの断熱材と排気システムについて語り合いましょう!」


 フェルセンは、かつてないほどの困惑の表情で、ガックリと肩を落とした。

 (ごめんねイケメン。でも、今の私にとっての『運命の相手』は、サウナストーンが発する灼熱の蒸気なのよ!)


 数日後、フランスの最先端の工学技術と、理系夫ルイ16世の全面的な協力(※彼も設計図を見て沼った)によって、ベルサイユ宮殿の一角に、最高級のアロマウッドを使った「王立サウナドーム・ドゥ・スエード」が完成した。


「ふぅ……っ、熱い……! 熱いわ!! でも、これが、これがいいのよ!!」


 私はタオル一枚(ローズ・ベルタン特製の吸水性抜群リネン)を巻き、蒸気に包まれた。


 さらに、ただ熱いだけでは芸がない。

 私は、お抱え調香師に命じ、ラベンダーとグレープフルーツを完璧な比率で配合した「ロウリュ専用アロマ水」を開発させたのだ。


「さあ、いくわよ! 陛下、熱波を受け止めて!! ロウリュ!!」

 

 ジュワァァァァァァッッ!!!!という暴力的な爆音と共に、高貴で爽やかな香りの灼熱蒸気が室内を支配する。


 これぞ、伝説の「王妃の熱波」だ。

 隣に座っていたルイ16世が、限界そうに顔を真っ赤にしてうめいていた。


「……ア、アントワネット……!! これは、僕がいつも鉄を鍛えている炉の中に、そのまま放り込まれたようだ。全身の毛穴という毛穴から、何か悪いものがドロドロと溶け出していく感覚がある……。……でも、確かに不思議と、頭の中の歯車が軽くなる……」


「頑張って、ルイ! ここで毒素を出し切れば、今夜のジャガイモ料理がもっと美味しく感じるわ! これが真の、食前の儀式よ!!」


 私は、フェルセンが「スウェーデンではこうするらしい」と持ち込んだ白樺しらかばの枝のヴィヒタを、ルイに握らせた。


「陛下、さあ、これで互いの背中を叩き合うのよ! 血行を極限まで促進し、その頑固な執務肩こりを粉砕するのです!! 叩け! 叩け!!」


 バシバシ! バシバシバシッ!!


 真っ赤になった王室夫妻が、サウナ室内で奇声を上げながら枝の束で互いを叩き合う。


 その様子を、隙間から覗き見していた侍女たちは、「つ、ついに王妃様が暴力を! 国王一家が乱心あそばされた!!」と悲鳴を上げ、近衛兵たちを呼びに走った。


 数分後、バラ色の肌で、全身から湯気を立ててスッキリとした顔で出てきた二人の、聖人のような穏やかな表情を見て、侍女たちもこぞって枝を手に取り始めた。


 サウナから上がった後、私たちは地下の氷室ひむろから運ばせた氷でキンキンに冷やした冷水を、頭から浴びた。


──ヒョォォォォォォッッ!!!


「ととと、……整ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 ベルサイユの空に、王妃の絶叫が響き渡る。

 それを見ていたランバル夫人たちは、「王妃様が、ついに昇天あそばされた!」と腰を抜かしていたが、この「整う」という法悦境ほうえつきょうを知った貴族たちは、不潔な廊下をうろつくのをやめ、こぞってサウナ室へと行列を作った。


 ベルサイユ宮殿内から、廊下の隅で用を足す貴族が激減。

 「王妃様、整うためのお作法として、まずは排泄を済ませてから、清潔な状態でサウナに入るのが最先端のトレンドなのですわ」という空気が醸成じょうせいされ、宮廷の衛生指数は爆上がり。


 さらなる効果は、政治の場でも現れた。

 「実は、増税の件ですが……」と切り出した財務大臣も、サウナ室の最上段で王妃の熱波に煽られ、大量の汗と共に増税案を溶かされ、「もう、どうでもいいです……。早く水風呂を……」と白旗を揚げた。これが歴史に名高い(※私調べ)、「サウナ外交」の勝利である。


 結果、ベルサイユの体感衛生指数は爆上がりし、宮廷全体の血色が、驚くほど良くなった。


(……これでよし。みんなの代謝が上がって、脳内物質がドバドバ出れば、不満だらけの国も、前向きで清潔な国になるはず。……あ、でもサウナ上がりのポテチだけは、絶対に一枚で、一枚で我慢しなきゃ……!)


 マリー・アントワネット、18歳。

 サウナで「整う」という精神的安定を手にし、ベルサイユを世界一クリーンで健康的な、そして「蒸気で真っ白な」宮殿へと、見貌へんぼうさせてしまったのである。

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