シーカー学校入学
シーカー学校入学を翌日に控えた朝。
窓から差し込む光は柔らかく、今日が何かの区切りであることを告げるようだった。
(いよいよ、明日か……)
布団から起き上がり、大きく伸びをする。
二十二日間の訓練と、ダンジョンでの実戦。
そして――雷魔法を手に入れた、あの日の衝撃。
体は軽い。
動けば筋肉が応える。
これまでの自分とは明らかに違う。
『よくここまで頑張れたな、ソラ』
枕元で丸まっていた黒猫――クロがのそのそと起き上がり、尻尾を揺らしながら言った。
「まあ、なんとか、な。
……でも、まだスタートしただけだ」
『その意気だ。
明日からは“学校”という環境が待っている。お前にとっては追い風にもなり、向かい風にもなる』
「ああ。それは分かってる」
雷魔法――
二つ目のスキル。
悪魔との契約でしか得られない特別な力。
この事実は、絶対に知られてはいけない。
「明日からは……雷魔法は、人前じゃ使わない。スキルが増えるなんて知れたら、それを探ろうとする人が出てくる。最悪、人体解剖なんてオチがあるかもしれないし。強くなるまではずっと隠す」
『賢明だ。まだお前は未成熟。
“雷纏”なんて今は感覚が少し鋭くなる程度だしな』
「言い方が辛辣じゃない?」
『事実だろう』
会話をしながら、俺はふと窓を開けた。
外の空気を吸い込みながら、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(絶対に……強くなってみせる)
過去の自分とは違う。
今度は誰よりも強くなってやると決意を固めた。
昼頃、学校に提出する書類を買いに街へ出た。
屋台の匂い、鍛冶屋の金属音、雑踏の声。
どこにでもある日常だけど――不意に気づいた。
「……なんか視線が多いような」
すれ違った少女たちがひそひそ笑いながら俺を見る。
(え、なに? 汗臭い? 変な髪してる?)
不安になってクロを見ると、
肩の上でふてぶてしく座っている黒猫が言った。
『ソラ。街の人間は皆、お前を“危ない少年”だと思っているぞ』
「……は?」
『この二十二日間。
お前は私とずっと会話しながら街を歩いただろう?』
「……うん」
『だが他の人間から見れば、お前は“猫に話しかけ続けている変人”にしか見えない』
「………………」
言われてみればそうだ。
クロの声は、俺にしか聞こえない。
他の人は“ニャー”としか認識できない。
(ちょ、ちょっと待て……
俺、二週間以上……ずっと……)
背中に冷や汗が流れる。
「……うわああああ……! 恥ずかしいぃぃぃ!!」
思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
近くにいた子供が心配そうに歩み寄ってくる。
「ねぇ、お兄ちゃん……猫とけんかしてるの?」
「やめてぇぇぇぇ! 言わないでぇぇ!!」
思わず叫んでしまい、すれ違う人がちらりとこちらを見る。
『ソラ、落ち着け。
その反応が余計に“挙動不審”だ』
「誰のせいだよ!!」
『私のせいではない。お前が勝手に独り言を……』
「違うだろ! クロが喋るんだろうがぁぁ!!」
『他人には聞こえんと言っているだろうが』
くっそぉ……!
この三十五歳児メンタルの俺が、十五歳の姿で何をしてるんだ。
とにかく――
“猫と会話しながら歩く”のは、明日から絶対にやめよう。
人目のない時だけにしよう。
夕食後、部屋の机に明日の持ち物を並べていく。
学校指定の訓練服、筆記用具、入学証明書、そして――剣。
(緊張してきたな……)
明日から新しい生活が始まる。
新しい人間関係、新しい環境、そして新しい鍛錬。
『ソラ』
クロがベッドに飛び乗り、こちらをじっと見つめた。
『明日、お前は学校に入る。
そこで“普通”を演じろ。
分かっていると思うが雷魔法は隠せ。
本当の強さは、心の奥で磨くものだ』
「分かってるよ」
『そして――
お前の目標は何だ?』
俺は拳を握った。
「……シーカーで、誰よりも強くなることだ」
迷いはなかった。
そのために過去に戻った。
そのためにクロと契約した。
未来を変えるための、最初の大きな扉が明日。
『よく言った、ソラ』
クロが小さく笑ったような気がした。
『お前が強くなるまで、私はそばにいるさ……いや、これは私の目的だが。
お前が望むなら、その果てまでつきあおう』
「望むよ。
一緒に行こう、クロ」
自分でも驚くほど自然にそう言えた。
寝る前、窓を開けて夜風を感じる。
(強くなる。
絶対に、絶対に強くなる)
二つ目のスキル――雷魔法。
そしてクロという、誰も知らない相棒。
明日、俺は新しい世界へ踏み出す。
その準備は、もうできていた。




