初めてのレベルアップ
スキル診断所での出来事が終わり、家に帰った俺――ソラは、薄暗い部屋の中で静かに椅子へ腰を下ろした。
ランプの炎が揺れ、影が壁に伸びる。その前に、黒猫の姿をした悪魔〈クロ〉が座っていた。
診断の結果は二十年前と同じ“アイテムボックス”。
生まれた時から一度も変わらない、小さくて地味なスキル。
しかし、今回は違う。
悪魔との契約が――俺に“成長”という前代未聞の可能性を与えていた。
「クロ。……そろそろ教えてくれ。
俺のスキルを“育てる方法”ってやつを」
クロは前足をそろえ、黄金の瞳でまじまじと俺を見た。
『教えてやるさ。だがまず、これだけは理解しておけ』
「ん?」
『私は今、力をほとんど失っている。
助言を与えることしかできん』
その言葉には、いつもの皮肉っぽさではなく、どこか申し訳なさが滲んでいた。
「……過去に戻してくれた代償、ってことか」
『ああ。お前を時の狭間へ送り返したのは、私の持つ力の中でも最大級の行使だ。
今の私は、魔力の欠片すらまともに扱えん』
「じゃあ、魔法とか、その……悪魔っぽいことはできないってこと?」
『全部無理だ。火花の一つすらおこせん』
「即答かよ……じゃあ、俺はどうやって強くなっていけばいいんだ?」
『焦るな、ソラ。お前に必要なのは“戦い”ではなく“基礎”だ』
クロの声は真剣で、重みがあった。
『成長の力を持つというのは、それだけで異質だ。
だがそれは悪魔と契約した者だけに与えられる特別なものでもある』
「悪魔と契約した……人間だけ……」
『そうだ。お前以外にこの力を持つ者はほとんどいない。
だからこそ、まずは身体と魔力の扱いを整えろ。
それがすべての“最初の一歩”だ』
「身体って言っても、どうすればいいんだ?」
『心配はいらん。といっても鍛える必要はない。
やるべきことはただ一つ――“魔力を動かすこと”だ』
「魔力……?」
『そうだ。まず目を閉じ、腹の奥……丹田に意識を置け』
言われた通りに目を閉じると、部屋の音が遠のき、息が静かに整っていく。
(腹の奥……丹田……)
意識を沈めていくと、不意に小さな温かさを感じた。
「……おいクロ。なんか、あったかいもんがあるぞ」
『それが“魔力”だ。気づけたなら上出来だぞ、ソラ』
「おっ、珍しく素直に褒めたな」
『調子に乗るな。たまたま見つけられただけだ』
「やっぱ褒めてねぇじゃねえか!」
だが、魔力を感じられたという事実は大きい。
『次に、その魔力を“アイテムボックスに流す”と意識しろ』
「流す……って、どうやるんだ?」
『難しく考えるな。
“強くしたい”と思えばいい。それだけだ』
シンプルすぎて逆に戸惑う。
しかし、俺はゆっくり息を吸い込み、胸の内で願う。
(アイテムボックスを……強くしたい。
もっと広く、もっと扱いやすく……)
すると――
ぽうっと、胸の奥で光が灯ったような感覚が広がった。
「クロ……魔力が、動いたぞ」
『ようやくだ。鈍いにもほどがある』
「そこは素直に褒めろよ!?」
『褒めているぞ? 鈍いお前でもできたのだからな』
「絶対バカにしてるよな……」
しかし、次の瞬間だった。
―――――――――
【スキル:アイテムボックス Lv1 → Lv2 に成長できます】
―――――――――
脳内へ淡い文字が浮かび上がる。
「これが……レベルアップ……」
『ああ。契約者の特権だ。成長しろ、ソラ』
「……ああ!」
願うと同時に、胸の奥にある光が一度だけ脈を打ち――
――スッ。
何かが変化した。
身体が軽い。
スキルの扱いが明らかに洗練されている。
「すげぇ……こんなに違うのか……!」
『当たり前だ。だが、まだ“始まり”にすぎん』
「始まり……?」
『レベルアップはスキルだけではない。
魔力循環を続ければ、お前自身の身体も徐々に強化されていく』
「身体も……強くなるのか?」
『ああ。とはいえ、今すぐ戦えるわけではない。
だが、魔物がいるのはダンジョン内だけだ。
外では安全に基礎を積める』
「だから焦るな、ってことか」
『そういうことだ。
戦う前に、心と身体と魔力を整えろ――それがこの力を扱う最低条件だ』
俺は深く息を吐いた。
確かに、今すぐ強くなれるわけではない。
でも、確実に“成長する道”は手に入れた。
「クロ。……ありがとう」
『礼などいらん。お前が強くなれば、結果的に私にも好都合だ。
それに――』
クロは静かにしっぽを揺らし、言った。
『私は助言しかできないが……ソラ、お前の側にいる』
その声は、不思議と安心を与えてくれた。
ランプの炎が揺れる。
静かな夜の中、俺は一つ、強く決意を固めた。
(絶対に変えてやる……今度こそ俺は――強くなる)




