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15歳になりました

――落ちていく。

 意識は深い深い闇へ沈み、身体の輪郭すら曖昧になった。


 その中で、唯一鮮明な声が響いた。


『ソラ、お前が選んだのだ。“生き直したい”と』


 黒猫の――いや、悪魔の声だ。


『過去に戻る代償は決して軽くはない。だが、お前にはその価値がある。

 だから私がお前を選んだ』


 言葉の意味が、ぼんやりと染み込んでいく。


『もうだけ一度やり直せ。

 次は……最高の人生を歩め』


 暗闇が裂け、強烈な光が視界を満たした。


 ――眩しい。


 まぶたを開く。

 見えたのは、かつて毎日見上げていた、若い頃の自分の部屋の天井だった。


 壁に貼られた懐かしいポスター。

 新品の訓練用木剣。

 学校指定のカバン。


 そして――


「……ここは……俺の、部屋……?」


 手のひらを見た瞬間、呼吸が止まった。


 小さい。

 細い。

 懐かしすぎるほど、未熟な手。


 ――15歳の頃の俺の身体だ。


「嘘だろ……? こんなに戻るなんて……」


自分が戸惑っていると背後からにゃあと声がした。

  黒猫――いや悪魔は、机の上から俺を見下ろしていた。

 その瞳は、弱った野良猫のものではない。


「ソラ、お前はもう以前のお前とは違う」


「どういう意味だ?」


『契約によって、お前の体は書き換えられた。

 この世界の人間は与えられたスキルを変えることはできない。それは“絶対に”不可能だ』


「……それは知ってる。だから俺は――」


『だが、契約者であるお前だけは例外だ。

 お前のスキルは――増やすことも成長させることもできる』


 心臓が跳ねた。


「成長…?」


『試してみろ。目を閉じて、自分の内側を見ろ』


 言われた通りに意識を集中すると、視界の裏側に淡い光の文字が浮かび上がった。


――――――――

【スキル一覧】

・アイテムボックス Lv1

――――――――


 全身に鳥肌が立った。


『お前は私の契約者――ただ一人、スキルを強くすることができる存在だ』


 黒猫は尻尾をゆらりと揺らす。


『成長すればアイテムボックスは拡張するし別の“能力”に変質することもある。

 今のお前は、可能性そのものだ』


 胸が熱くなるのを止められない。


「……本当に、やり直せるんだな」


『ああ。

 スキルを成長させられるお前だけの道だ。

 だが、努力は必要だ。

 そこを間違えるなよ』


 黒猫の瞳は、まっすぐ俺を見ていた。


「……ありがとう。

 本気で、この先を変えてみせる」


『なら始めよう。

 未来を変える、第二の人生を』




朝日が差し込む部屋で目を覚ました瞬間、自分の身体が十五歳の頃のものだという現実が再確認される。夢ではない、二十年前に戻ったのだ。


 鏡の前に立つと、不安げなあどけなさの残る顔。三十五歳のときの疲れ果てた表情はもうない。


何度見ても、不思議で、情けなくて、けれどどこか懐かしい。


「……ここからやり直すんだ」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 今日は進路の分岐点――スキル診断日。


 十五歳になった者は全員、街のスキル鑑定所へ行き、生涯の能力を判定される。それがこの世界での“運命決定の日”だ。


 本来の俺は、その日ここで絶望した。


 アイテムボックス――戦えない、守れない、強くなれない、ただ荷物を入れるだけのスキル。


 その烙印を押されたのが今日だった。


(……だけど今は違う)


 右手を見る。手のひらは小さいが、確かにあの時とは違う力がある。


 黒猫のクロ、いや――悪魔との契約。

 スキルを“成長”させられる特別な存在。


「お前がいれば……いや、俺次第で変えられる」


『気が早いな』


「うおっ……!」


 振り返ると、ベッドの上でクロが丸くなっていた。黄金の瞳だけがこちらを見ている。


「お前、ずっとそこにいたのか?」


『契約者の監視は義務だからな。安心しろ、寝顔は特に見ていない』


「見てるじゃねえか……」


 ため息をつくと、黒猫は喉を鳴らした。


『今日はスキル診断だな。前の人生では絶望しただろうが……今回は違う』


「……知ってるのか」


『契約者の過去くらい把握している。

 だがソラ、勘違いするな。スキルがアイテムボックスであることは変わらない』


「やっぱり……」


 心臓がずしりと重くなる。

 それでも――ここが終わりじゃない。


『ただし、“ここから伸びる”。それだけは絶対だ』


 クロの言葉は、妙に胸に響いた。


「……行ってくる」


『ああ、見届けてこい。人間世界の残酷さを』


「励ましてるのか貶してるのか分からん……」


家を出て30分ほどで目的地であるスキル鑑定所についた。

スキル鑑定所の前は、同じ年頃の少年少女で賑わっていた。

 緊張する者、友達同士でふざけている者、親に励まされている者。それぞれの期待や不安が入り混じる。


「おい見ろよ、ソラが来てる」


「え……ああ、アイツか」


 小さく指さされる。

 二十年前と同じ反応に、胸の奥がざらつく。


「身体弱いし、あいつスキル大したことねえんじゃね」


「たぶん生活系だろ、雑魚確定じゃね?」


 笑い声。

 前の人生なら、ここで心が折れていた。


 しかし今の俺は違う。

 何を言われても、心は不思議と静かだった。


(この声を二十年前にも聞いたな……)


 過去がそのまま目の前で再現されている。


「次の人」


 鑑定士の老職員に呼ばれる。

 部屋に入ると、水晶玉のような大きな魔導具が置かれていた。


「手を置いてください。深呼吸して、力を抜いて……」


 言われた通りにする。


(……分かってる。結果は変わらない)


 アイテムボックス。

 この世界で最も地味で、軽視されるスキル。


 だが前の人生の俺とは違う。

 たとえ同じスキルでも――ここから成長できる。


 魔導具が淡く光った。


「結果が出ました……」


 鑑定士が静かに読み上げる。


「スキルは――アイテムボックス」


 部屋の外がざわついた。

 笑い声が聞こえる。

 どこかで落胆するような溜息も。


「……やっぱりそうか」


 分かっていたとはいえ、胸が少し痛んだ。


「だが、悪くはありませんよ。生活には困りませんし、補助として……」


「いえ。十分です。ありがとうございます」


 鑑定士は驚いたように目を細めた。


「ずいぶん冷静だね」


「……まあ、覚悟してましたから」


 本当は違う。

“覚悟”ではない。

すでにこの未来を経験しているだけだ。


 鑑定所を出ると、外で待っていた数人の同級生がさっそく噂を始めた。


「アイテムボックスだってよ」


「やっぱ雑魚じゃん」


「だよなー」


 笑われても、何も感じない。

 むしろ――


(よし、これでいい)


 計画通りだ。


アパートに戻る途中、クロがひょいと壁から飛び降りてきた。


『どうだった?』


「知ってたくせに……」


『まあいい。結果を聞かせろ』


「アイテムボックスだったよ……」


『前の人生と同じ、か』


「……ああ」


クロは尻尾を揺らし、少しだけ笑ったように見えた。


『だが勘違いするな。

 “ここからがスタート”だ』


 その言葉を聞いた瞬間、


――――――

【スキル:アイテムボックス Lv1 → Lv2 に成長可能】

――――――


 脳裏に光が走った。


「……っ!」


 立ち止まる俺に、クロは満足げに言う。


『見えただろう?』


「これ……本当に……?」


『ああ。鍛えれば、使えば、工夫すれば――

 スキルは必ず成長する。お前だけの力だ』


「……ありがとう」


 本気でそう思った。


『レベルを上げるヒントを教えてやろう。

 今夜、私が特別に“やり方”を示す』


「やり方?」


『ああ。スキルを育てるための、最初の一歩だ』


 クロの瞳が、闇夜の中で妖しく輝く。


『第二の人生、本当の開幕は――今夜だ』

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