因縁の相手 ヒロイン登場
担任が教室を出ていき、初日のホームルームはあっさり終わった。
ざわっと教室中が動き始める。
せわしなく席を立つ者、友達と合流する者、すぐに自主練に向かう者。
俺は椅子に座ったまま、深く息を吐く。
(……同じクラスになるとはな)
後ろの席で笑っている少年。
名前は カイト。
前の人生では、Aランクパーティのリーダーになった男。
そして俺をこき使い、最後はあっさり「お前はいらない」と切り捨てた張本人。
この時間に戻ってきて、同じ空間で息をしているのが不思議なくらいだ。
もちろんカイト本人は、俺のことなど知らない。
今は“初対面”の状態だ。
前の人生では圧倒的な才能と努力でAランクまで上り詰めた天才であったが、今の彼はここにいる1000人の新入生の一人に過ぎない。
彼のスキルは
『双剣使い』と『身体能力強化』
シーカーの中でも“当たり”に分類される戦闘系スキルだ。
そのスキルを持っているのだから、
俺に目をつけるのは時間の問題だろう。
『ソラ、来たぞ』
カバンの中から小さくクロの声がする。
俺はわざと気づかないふりをした。
椅子の横に、影がすっと差し込む。
「──なぁ、君。ソラって言ったよな?」
明るい声。
前の人生と同じ、表面だけ爽やかな笑顔。
俺はゆっくり顔を上げた。
「そうだけど……君は?」
「俺はカイト! よろしくな!」
差し出された手は自信に満ちていて、
迷いなく俺に向けられている。
(ああ……この感じ。懐かしいな)
人当たりが良く、誰にでも親しく接しているが、内面では自分の利益につながる者だけを選別する。
その天性の“人たらし”な笑顔は、あの頃と同じだ。
俺は慎重にその手を握った。
「よろしく」
「いやぁ、ソラってさ、アイテムボックス持ちなんだって?」
(やっぱりそこか)
十秒も経たず核心を突いてきた。
俺は表情を変えないように気をつけながらうなずく。
「ああ。一応な」
「いや、それすげぇよ!
アイテムボックスがあるだけで探索効率が全然違ってくるしさ!」
大げさなリアクション。
それでも、他の生徒がちらりとこっちを見るほど注目を引く。
カイトは続けた。
「実はさ──俺、入学早々だけど“パーティ”組みたいんだよ」
「パーティ?」
「そう! せっかくシーカー学校に入ったんだから、
早いうちから仲間と組んで経験を積みたいと思ってな!」
(……前の人生でも同じこと言ってたな)
そして俺を便利な“荷物持ち”にし、
強くなればなるほど扱いは雑になった。
「それでよ──ソラ、お前、俺のパーティに入らないか?」
近い距離で、キラッと笑う。
その笑顔の奥に潜む“利用価値の計算”を、
俺はもう知っている。
(結局、俺が欲しい理由は前と同じか)
アイテムボックス持ちの非戦闘系。
戦闘系のカイトとは相性がいい。
探索では荷物運びとして役立つ。
もちろん戦力として期待しているわけではない。
だけど表面上は──
「ソラの力が必要なんだ」
誤魔化しのない、真剣な表情を向けてきた。
(本気で言ってるみたいに見えるのが……こいつの怖いところだ)
人の心を簡単に信用させる天才。
前の俺はそれにあっさりと騙された。
だが今は違う。
今の俺は「過去を知っている」。
『ソラ、どうする?』
バッグの中からクロが小さく囁く。
他の人間にはただの猫の鳴き声にしか聞こえない。
俺は悩むふりをしながら、内心は冷静に状況を見ていた。
(今はまだ、お前と同じ立場にいる。
利用されるのはごめんだが──)
ここはシーカー学校。
そしてこれから長い三年間が始まる。
人間関係は慎重に進めなければならない。
(……まずは、距離感を見ていく必要がある)
俺はゆっくりと口を開いた。
「誘ってくれてありがとう、カイト。
でも──悪い。今すぐ決めるのは無理だ。
今日のところは保留で頼む」
カイトの眉がピクリと動く。
一瞬、苛立ちが見えたが――すぐに笑顔を作った。
「……そっか。いや、急に誘ったのは悪かったな。
でも考えておいてくれよ。
お前みたいな“落ち着いてるやつ”、俺は嫌いじゃない」
(表面上は柔らかい。だが目が笑ってない)
ソラは見逃さなかった。
「また話そう」
「……ああ。話そう」
カイトは背を向けて歩き出す。
教室を出る瞬間、ソラへ向けた横目は、
“獲物を値踏みする目”だった。
ソラは小さくため息をつく。
『(よく断ったな、ソラ)』
「(あいつとパーティを組むのは……まだ早い)」
『(前の人生のことがあるからか?)』
「(……それもあるけど)」
ソラはカイトが去った扉をじっと見つめる。
「(あれだけ人を切り捨てる男が、
“信用できそう”なんて言うわけがないだろ)」
『(ふふ……その通りだ)』
クロがかすかに笑う。
ソラは静かに拳を握った。
(絶対に、あいつより強くなる。
今度は俺が、あいつの先を行く)
入学初日はまだ始まったばかりだ。
午前授業が終わり、校舎に昼の鐘が響き渡った。
ソラは教室の自分の席に座ったまま、教科書を鞄へしまう手を止めていた。
(……さて、どうするか)
入学初日。
一日の授業は午前で終わり、午後は自由行動。
寮に戻っても良いし、街へ出てもいい。
訓練場を使うこともできると説明された。
けれどソラは鞄の中で丸くなっている“黒猫”の存在に意識を向けながら溜息をつく。
(クロ……どこ行きたい?)
かすかに尻尾が揺れて、鞄の布がこすれる。
『どこでも構わんが、ソラ。
お前は今日“誰とも関わらずに帰る”つもりなのか?』
(関わるって……そんな簡単にいくかよ。変に喋ったら、お前と会話してるのバレるだろ)
『すでに何度かニヤけながら鞄を覗き込んでいたぞ。
周囲からどう見えたか分かるか?』
(言わなくていい……)
ソラは耳まで赤くした。
クロと会話するときは小声にしているが、傍から見れば“猫に話しかける寂しい男”に見えるだけだ。
『人前で話さなければよい。
私はお前の負担にはならない』
(……そう言ってくれるのはありがたいけどさ)
十五歳の身体でも、心の中には三十五歳の記憶がある。
その違和感や羞恥心は、やはり簡単には慣れなかった。
「……よし、帰るか」
ソラは席を立ち、肩に鞄をかけて教室を出た。
昼の校庭は、まだ入学初日ということもあり、校舎案内をする上級生や、仲良くなった同級生同士で歩く姿が多かった。
ソラはその群れを避けるように校門へ向かう。
(今日は家に帰って……訓練場で軽く走って、筋トレして、早めに飯食って寝るか)
『うむ。それが良いな。訓練を怠るなよ、ソラ』
(分かってるよ)
校門を抜け、大通りへ続く道へ踏み出した時だった。
「……聞こえたか?」
微かに、路地裏から声がした。
怒鳴り声と、誰かの小さな息遣い。
『ソラ。右手の細い道だ。何かある』
「……分かってる」
ソラは足を止め、路地へ向けて耳を澄ませた。
――数人の男子の声。
――一人の、落ち着いた少女の声。
「おい、待てって言ってんだろ」
「いいから、ちょっと話すだけだって」
軽薄でねっとりした声。
「……お断りします。通してください」
少女の声は澄んでいたが、わずかに震えている。
(最悪だ……)
完全に“絡まれている”声だ。
ソラは路地を見る。
その先には制服姿の不良三人と、壁際に追い詰められた銀髪の少女が見えた。
陽光が差し込まない狭い路地で、銀色の髪だけが淡く光って浮かぶ。
少女は華奢で、背はソラより少し低い。
長い銀髪は腰まで届き、瞳は透き通るような灰色。
言い方や雰囲気は落ち着いているのに、声は少しずつ強張っていた。
(なんでこんなところで……)
ソラは深く息を吸った。
『どうする?』
(決まってる……見捨てられるわけないだろ)
過去の人生で、何度も助けられずに後悔したことがある。
今回も逃げれば、きっとずっと胸に残る。
ソラは影に身を潜めながら、一歩踏み出した。
「……おい、何してんだよ」
ソラは声をかけながら、路地へ歩み出た。
三人の不良は同じシーカー学校の制服を着ていたが、着崩している。
入学初日からこの態度なら、まともな連中じゃない。
リーダー格の男が睨みつけてくる。
「……あぁ? なんだお前」
「彼女、嫌がってるだろ。離れろよ」
「は? お前一年か?
入学初日にヒーロー気取りかよ。だっせぇ」
他の二人がヘラヘラ笑う。
「別にヒーローなんて言ってない。
ただ、普通に見てらんないだけだ」
ソラは少女に目を向けた。
「大丈夫か?」
「……はい。助けを求めるつもりはありませんでしたが……ここから通れなくて」
彼女は淡々と答えるが、顔は強張っていた。
不良たちは少女を後ろに押し込み、ソラへ一歩近づく。
「お前、スキルなんだよ?」
急に核心をつく言葉。
ソラは一瞬だけ言葉に詰まったが――
「……関係ないだろ。どけよ」
「お? 言えないのか?
もしかして非戦闘系~~?」
わざとらしい声音が耳障りだった。
ソラは拳を握りしめる。
(やっぱり、こうやってバカにされるのか……)
だが、殴り合いになれば不良たちの望み通り。
そもそも乱闘すれば停学もありうる。
それだけは避けたかった。
そんな時、鞄の中のクロが小さく囁いた。
『ソラ。戦うな。
“勝つ”ことより、“守る”ことを優先しろ』
(分かってる……)
ソラは少女の手を取った。
「……こっちだ。走るぞ」
不良のリーダーが「は?」と言った瞬間、ソラは少女を引いて後ろへ跳んだ。
ソラは少女の手を握ったまま、来た道とは逆方向の細い道へと駆け出す。
「おい待て!!
逃がすかよ!!」
三人の怒声が響き、足音が迫る。
ソラは曲がり角まで一気に走り抜けた。
少女は軽い足取りでついてきている。
息は荒くない。驚くほど冷静だ。
(体力……あるんだな)
路地は複雑に入り組んでいる。
ソラの記憶では、ここは街の裏道としてよく使われていた場所だ。
「こっちに!」
少女を引いて狭い道へ飛び込み、さらに曲がる。
足音はまだ後ろにあるが、直線ではない分追いつかれにくい。
「ごめん、急に掴んで」
「いえ。助かっています。
逃げる判断は正しいと思います」
少女の声は落ち着いていたが、手は少し震えていた。
「……怖かったんだろ?」
「少し……でも、あなたが来てくれたので」
ソラの胸が少し熱くなる。
だが、後ろから怒鳴り声が響いた。
「こっちだ! 二人で逃げてる!」
「やばい……早いな」
『ソラ、右だ。広い道に出るぞ』
(了解!)
ソラはクロの指示で右へ。
――そして、次の瞬間。
目の前に広い通りが開けた。
昼時で人通りもある。
これなら不良たちも大きくは動けない。
「ここまで来れば、大丈夫……かな」
ソラは少女の手を離し、息を整えた。
少女は胸元を押さえ、小さく息を吐いた。
「……ありがとうございました」
「いや、俺はただ……見てられなかっただけで」
少女は銀色の髪を耳にかけ、改めてソラを見つめる。
「私は ユナ といいます。
本当に助かりました」
柔らかい声。
落ち着いているが、かすかに笑っている。
その瞬間――
(……なんだ、この感じ)
胸の奥に、言葉にならない何かが広がった。
『ソラ。気をつけろよ。
彼女、ただ者じゃないぞ』
(え?)
クロの声に驚きつつも、ソラはユナに向き直る。
「俺は……ソラ。
困ってたら、また声かけるよ」
ユナは静かに微笑んだ。
「……はい。
また、お会いすることがありましたら」
その笑顔は、逃走の緊張など感じさせないほど優しいものだった。
こうして――
ソラと銀髪の少女ユナの出会いは、静かに幕を開けた。




