最強の男
晴れた朝だった。
空の青さがどこまでも続いていて、新しい日を祝福しているようだ。
俺――ソラは、肩にかけた鞄を軽く叩いた。
中から、小さく押し殺した声が返ってくる。
『……少し狭いぞ、ソラ』
「仕方ないだろ。猫連れて入学とか絶対おかしいし……静かにしててくれよ」
俺は小声で返事をした。
周りから見られたら、完全に“独りで猫に話しかける変な奴”だ。
『わかっている。だが、カバンの中は座りずらいぞ』
「うごくなって!! 揺れるから余計に怪しい……!」
周りの生徒がちらりとこちらを見る。
しまった。気配に気付かれた。
(絶対……変な奴だと思われてる……)
顔から火が出そうになる。
そんな自分を誤魔化すように深呼吸して、校門の中へ足を踏み入れた。
ここが、シーカー学校。
この世界で強くなるための最初の関門だ。
(ここで……一番強くなる)
胸の中で拳を握る。
『気張りすぎたぞ、ソラ。肩の力を抜け』
鞄の中からの小さな助言に、少しだけ心が和らぐ。
広い講堂はざわめきに満ちていた。
生徒は全部で1000人ほど。
みんなが緊張と期待に目を輝かせている。
俺も椅子に座り、鞄を足元に置いて周囲を観察した。
(一年生だけでこんなにいるのか……)
ふと前方の壇上に気配が走った。
静かに、しかし圧倒的な存在感が満ちていく。
(……なんだ、この感じ)
俺だけじゃない。
周囲の生徒たちも、ざわつきが止まっている。
壇上に一人の老人が立っていた。
白髪がきれいに後ろへ流れ、背筋はまっすぐ。
顔には皺が刻まれているのに、その眼光は鋭く澄んでいた。
年齢は七十歳のはずなのに――
(……すごい筋肉だ)
服越しに見てもわかるほど、がっしりしている。
失った左腕以外は、まるで鍛え抜かれた武器そのもの。
老人は穏やかな表情で微笑み、
静かに声を発した。
「――わたしが、このシーカー学校の校長、ショーイチローだ。
今日から、諸君らの人生は大きく動き始めるだろう。
焦らず、しかし止まらず。そうして立派なシーカーへ育ってほしい」
その声は、低く、深く、温かい。
(すごい……言葉だけで体が震える……)
ソラは喉が鳴るのを押し殺した。
クロが鞄の中で小さく呟く。
『……あれほどの“気”を放つは人間がいるとは。
ソラ、やつは……人間の強さの一つの頂にいる男だ』
(……クロがこんな驚くなんて……)
小声で返すと、クロはさらに低い声で続けた。
『あの男の強さは規格外だ。
純粋な人の枠の中では、ほぼ極点と言っていい。
お前では──まだ足元にも及ばぬ』
その言葉に胸がざわつく。
ショーイチローは壇上で、ゆっくりと語り続けていた。
「諸君。強くなりたいのであれば、
努力を惜しまぬこと。
道を諦めぬこと。
そして己の弱さを知ることだ」
その声は決して大声ではない。
だが、まるで胸の奥に直接響くようだった。
静かな言葉が、重い剣のように魂に刺さる。
(……15歳に戻った今始めて思う。強さの差がまるでわからない)
心臓が鳴る。
比べるなどおこがましい。
今の自分ではあの“頂”には遠く届かない。
だけど──
(いつか……いつか絶対に、あの人と同じ場所に立つ)
胸の奥で、静かに炎が灯る。
燃え上がるような激情ではない。
だが、消えない火だった。
クロが鞄の中で、ほんの少しだけ笑ったように聞こえた。
『いい顔だ、ソラ。
あの男と同じ高さの頂に至ると決めるなら、遠い道だが……
お前なら歩ける。なんせ悪魔の契約者なのだからな』
「……絶対に行くよ。あの場所に」
ソラは小声で、しかし確固たる意志を込めて呟いた。
校長の挨拶が終わり、教師たちが壇上に並び始めた。
「それではこれより、新入生クラス分けを発表するッ!」
大勢の生徒たちがざわつき、期待と不安の視線が集まる。
(さて……俺はどこへ入るんだろうな)
胸が高鳴る中、俺は自然と背筋を伸ばした。
シーカー学校の入学式が終わり、続いて行われたのは――クラス分けの発表。
広い中庭に一年生の新入生千人が集まり、巨大な掲示板の前がざわめきで満ちる。
「すげぇ、人多い……」
ソラは圧倒されながら、掲示板を見つめた。
クロはカバンの中からひょっこり顔だけ出して、小声で囁く。
『ソラ、周りに聞こえるぞ。小声で話せ』
「……わかってる」
クロと普通に会話していた日々の癖が抜けず、思わず返事が大きくなる。
最近ずっと他の人から「猫に話しかけてる変なやつ」に見られていたため、
ソラは顔を赤くしながら咳払いした。
(気をつけないと……絶対に怪しまれる)
『ソラ。ほら、そろそろ自分の名前を探したらどうだ?』
「……おう」
ソラは掲示板の前まで歩き、自分の名前を探した。
――すぐに見つかった。
【1年A組 ソラ】
「お、A組か……よかったのかな?」
『学校の上位クラスだな。
事前テストの結果を元に判断されるらしい。まぁ、学年が上がると変わるので現状の目安程度に留めておいた方がいいな』
「うわ、聞かないほうがよかったな……」
ソラが少し肩をすくめていると、視界の端に見慣れた名前が入り込んできた。
――そして、一気に心臓の鼓動が跳ね上がる。
【1年A組 カイト】
名前を見た瞬間、呼吸が止まった。
(……え? 嘘だろ……?)
カイト。
前の人生でソラが所属していたAランクパーティのリーダー。
華やかな才能を持ち、強く、頼られ、そして――ソラを切り捨てた人物。
『ソラ、どうした?』
「……カイトが、いる」
小声で呟いたその瞬間、
ほんの数メートル先で、
凛々しい顔立ちの少年が友人たちに囲まれていた。
黒髪で優れた体格、何より自信に満ちた姿勢。
十五歳の彼はまだ“完成していない”。
だが、ソラには分かる。
――間違いなく、前の人生で自分を切り捨てた“あのカイト”だ。
『……間違いないのか?』
「……ああ、間違いない。
まさか同じクラスになるとは……」
胸の奥がざわざわと揺れる。
昔の記憶が浮かび上がる。
パーティに所属するために一生懸命つくしたが、
非戦闘系のスキルだからと言う理由でいいように扱われ、そして解雇された日の悔しさと惨めな思い。
「あいつ……あの頃から才能の塊だったな」
『ふむ……強いと言っても、今はお前と同じ十五歳。
前の人生の彼ではない。』
「……わかってる。でも……」
ソラは拳を握った。
(今度は……足を引っ張るだけの自分じゃない)
雷魔法。
レベルアップ。
クロとの契約。
過去に戻ってからのこの一ヶ月間の努力。
全てが、あの時とは違う。
『いい顔をしているな、ソラ』
「……あいつを見て思ったんだ。
“今度は負けない”って」
視線の先で、カイトが仲間と談笑している。
彼はまだソラに気づいていない。
(今はまだ遠くても……必ず追いつく。いや、それ以上に――)
「絶対に越えてみせる」
『……ふふ、言ったな。
ならば、私はお前の背中を押そう』
クロがカバンの中で小さく笑う。
ソラは深く息を吸い、掲示板から離れていった。




