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天降るお伽噺〜国一番の魔法使いは超絶美形の侯爵様に溺愛されています〜  作者: 鳥縞つぐみ


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08 見知らぬ女

 ルークが馬車の扉をさっと開けると、中では未だにユリウスがヴェーヌを捕まえていた。馬車が村を出た時と違うのは、椅子に座っていること位か。

 近衛騎士のフランツはやはり体を強張らせたまま身動きできずにいる。こちらはヴェーヌの魔法だ。

 ルゼは、父と父に抱えられたヴェーヌ、身動きの取れないフランツを気にせず、腕にルディウス王子を抱き、王子をあやしている。ヴェーヌの腕からさりげな〜く取り上げたのだ。

 ルディウス王子は自分を抱くのがヴェーヌでもルゼでもいいらしく、機嫌良く腕に収まっている。


 馬車の停車と共に、サッシャがいそいそと馬を降りてルークの背中から馬車の中を覗き込み、そして仰天して叫んだ。


「ユリウス様、何てこと!その見知らぬ婦人をお離しになって!」


 ユリウスに抱えられたヴェーヌは、抵抗虚しくユリウスの膝に収まっていたが、サッシャの言葉にたちまち臨戦態勢に入った。

 何しろ、小さな頃はずっとユリウスと一緒にいたのだ。ユリウスに思いを寄せる女達はヴェーヌが幼いにも関わらず嫉妬し、様々な意地悪をした。もちろん、ヴェーヌは魔法でたっぷりと仕返しをしたものだ。


「サッシャ・ハウンゼン侯爵未亡人。お前はわたしを知らないだろうが、わたしはお前を知っているよ」


 昨日、魔法の鏡で散々覗き見たのだ。見知らぬわけがない。


 ヴェーヌはゆらりと立ち上がった。その声は落ち着いている。

 ヴェーヌが立ち上がると、ユリウスは名残惜しそうな顔をしたが、しかし、ヴェーヌを捕らえていた腕をゆっくりとほどいた。


 ヴェーヌは、そのまま馬車を降り、サッシャと対峙した。そして、余裕ある微笑みでサッシャの瞳を真っ直ぐ捕らえた。


「お前はわたしを『見知らぬ女』と呼んだがね、わたしとユリウスは旧知の仲だ。娘御が独り立ちするまでは会えないとユリウスに言われて、十七年振りの再会の抱擁だよ。お前の許しは必要ないが、お前の無礼な発言と行動は問題だね」


「わたくしが無礼?」


 ヴェーヌの淡々とした、でも人を気圧す静かな言葉に、サッシャは身震いしながら問い返した。


 ユリウスはヴェーヌの後に付いて馬車を降り、ルゼもルディウス王子を抱いて馬車を降りた。フランツはヴェーヌに忘れられて未だに馬車の中で固まっていた。

 ジール王と近衛隊長のダン、御者のルークはヴェーヌを見るなり青ざめた。


「わたしが誰だか教えてやった方がいいかい?」


 サッシャに対峙するヴェーヌは、フードの付いた黒いロープを羽織っている。フードはあげられ、その小さな美しい顔をそこにいる皆の前に堂々と晒している。

 漆黒の長い髪、そして紺碧の両の目を輝かせたその姿は、アウフ王国屈指の魔法使いヴェーヌに違いない。

 アウフ王国に魔法使いは希少だ。望めば国の保護も受けられ、その魔法の才にもよるが、優れた者は王城に住まうことも叶う。この国で魔法使いは人々から敬われる存在なのだ。

 しかし、魔法の才に優れた魔法使い程、人との接触を拒み、人から離れ生活する。気難しく気紛れで人嫌いで尊大。そういった質だと誰もが思っている。


 ヴェーヌの服装、振る舞いからサッシャも目の前の女性が誰なのかを察した。


「北の……魔女様でございますか」


 サッシャは、恐怖に崩れ、地面に跪いた。ジール王もダンもサッシャを助けたいが成り行きを見守るしかない。


 ユリウスが堪えられず吹き出した。


「ぷっ。はははっ」


 ヴェーヌが恨めしそうな顔でユリウスを睨む。


「ユ〜リ〜ウ〜ス」


「いや、だってヴェーヌが凄んでも怖くないだろう」


 ジール王もダンもサッシャもルークも、ユリウスの笑いに目を丸くする。ルゼだけがにこにこと成り行きを眺めている。

 仕方ないなという顔で、ヴェーヌはサッシャに向き直る。


「いいか、サッシャ。ユリウスはこんな奴だ。誰にでも愛想がよく見目は美しく鑑賞に堪えるが、ただそれだけだ。お前はまだ昨日会ったばかりだろ。騙されちゃならないよ。

 ともあれ、お前のお陰でユリウスの腕から逃れられたのには感謝する」


「ヴェーヌ、何てことを言うんだい?十七年振りだよ。一日中抱きしめていても足りないだろう?」


 優しく微笑み甘々な台詞を吐くユリウスを、ヴェーヌはちらりと見遣り、視線をサッシャに戻す。そして、左の人差し指を時計回りに小さく回すと、跪いたサッシャの体を魔法でふわりと持ち上げ、ドレスに付いた砂埃を払い、整った姿で地面に降ろした。


「あ…ありがとうございます」


 サッシャは、ヴェーヌをどう捉えたらよいか分からず、半ば呆然と礼を言った。

 サッシャにとっては、一目惚れした愛しいユリウスがどういうわけか溺愛している女で、自分とルディウス王子を連れ去った大ガラスの主人、拐かしの犯人であり、同時にこの国一の大魔法使いなのだ。


「北の魔女殿」


 ジール王がサッシャに助け船を出した。


「寛大なお心遣い感謝する」


「ああ、ジール・ド・アウフ陛下。お初にお目に掛かる。わたしは北の魔法使いヴェーヌ・パルフェだ」


「初めてだろうか…何か見覚えのあるような気がするのだが」


 不躾にヴェーヌをじっと見つめるジール王の前にユリウスがついと進み出る。


「陛下。そのようにヴェーヌを眺めますと、わたしのヴェーヌが減ってしまいます。少しばかり控えて頂けませんか」


 ユリウスの口調は優しく口元は微笑んでいるが、目は笑っていない。ジョークではないらしい。


「減る?」


 ユリウスの言葉に、ジール王は呆然とした。誰にでも優しく、優雅で美しいユリウスが、一人の女性に執着する様は意外でしかない。いや、相手は魔女だ。魅了の魔法でも使ったのだろうか。

 ジール王とヴェーヌの視線が合った。


「魅了魔法なんて使わないよ。人の心に干渉するのはルール違反だからね。わたし達は幼馴染で、ユリウスは昔からこんな風だ」


 ヴェーヌがジール王を真っ直ぐ見て言った。


「えっ?あっ…」


 考えを読まれジール王は羞恥で真っ赤になった。王たる者、感情を表に出してはならない。そう、分かってはいるものの、兄の突然の病死で王になった若き王ジールは、時々素が出てしまう。

 赤面はともかく、ヴェーヌは自分の考えが何故分かったのか?ジール王は訝る。これも魔法の力なのか。


「別に陛下の考えが分かったわけじゃない。昔から同じ台詞を言われて来ただけだ。為政者は自分の考えを軽々しく口にしない方がいい。陛下はまだ若いがわきまえている。アウフ王国は安泰だ」


 またも心の中を読んだような言葉だったが、ふいに自分を肯定され、ジール王は再び赤面した。

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