07 馬車の外
ジール王と護衛騎士ライアンはそれぞれが馬に乗ったまま、村の外れ、西の湖の東側でルディウス王子と乳母サッシャを乗せた馬車が通るのを待っていた。
アウフ王国は、盗賊や物盗りなどが出ない、極めて安全穏やかな、神様に護られた国だったので、平時のジールは護衛一人連れていれば気軽に出掛けていた。
今回は行方不明だったサッシャを追って来たが、王がこんなに簡単に城を離れるのも、多分アウフ王国ならではなのではないだろうか。
「そろそろ来るでしょうか」
ライアンは少し待ちくたびれ、軽くジールに話し掛けた。
「しかし、昨日の食事は美味しかったですね.魚料理ばかりでしたが、色々あって楽しめました・・・あ、申し訳ありません。庶民の料理など、ジール様には物足りなかったでしょうに……」
ライアンは、何気なく語った自らの感想を慌てて取り繕った。
「いや、昨夜の魚料理は絶品だった。だが、料理よりも、あの屋敷の居心地の良さに不思議と癒された。サッシャもそうだったろうと思う。ルディウスの世話を任せてから、あんなに明るい顔は初めて見た」
「いやぁ、あれは……」
ライアンは苦笑いしてジールを見た。
「あれは、何だ?」
「サッシャ様のあれは、ユリウス様がいたからでしょう」
「そうなのか?」
「そうですね。あれだけ美しい方が側にいれば、サッシャ様の疲れた気持ちも浮き立つでしょう」
「そうか……わたしは鈍いな」
「別に、他人の色恋に聡くなる必要はありませんよ」
「色恋か……。
わたしは、ユリウス殿もルゼ嬢も一緒にいると気持ちが癒されたが、ライアンは違ったか?」
「わたしも、あの家や人は心地よいと思いました。人の集まる家ですね、あれは」
「また訪れたいものだ…でも、そうか、ルゼ嬢はこれからは王城勤めか。あの心地よさは親子が揃っているからか、あるいは父ユリウスが醸し出すものか……」
ジールが思案していると、遠くから馬車の気配が近づいて来た。
「陛下、ルゼ嬢とサッシャ様の乗った馬車が来ました」
「ああ」
二人は、御者がアリタ村のルークであることを確認し、馬車と並走する近衛団長のダンに並んだ。
「陛下、今、馬車の中では何やら起きているようです。ルゼ嬢が急ぎ馬車を出すよう指示されました。中には同行の予定ではなかったユリウス様が乗っていまして、サッシャ様は村に残されています。バートにはサッシャ様と馬に二人乗りで王城に向かうよう指示してあります」
ダンの説明が終わるより早く、村の方角から馬を走らせた誰かが馬車に向かって一直線に掛けてくる。
「サッシャ様!?」
ダンが叫んだ。サッシャは、走る馬の立髪のように美しい金髪をなびかせながら、跨る馬が先んじる馬車に追いつくよう馬を急かし、真っ直ぐにこちらへ向かってきていた。
「ユリウス様ぁぁ〜!」
美しく響く声はただただユリウスの名を連呼し、先には届かず走らせる馬の後方に消えていった。
ジールはサッシャとは長い付き合いだが、こんな姿は見たことがなく、ただただぽかんとした。
サッシャはようやく馬車に追いつくと、戸惑うジールの視線と出会った。
「あ……陛下、あの、その」
一瞬ひるんだサッシャだったが、そこは侯爵夫人だ。気持ちを立て直しジールに挨拶した。
「おはようございます、陛下。馬車との同行感謝致します。わたくしは予期せぬ出来事があり、馬車に乗れませんでしたが、ようやく追いつきましたわ。これで、ご一緒に王都に戻れますわね」
サッシャの長い髪は乱れていたものの、いつもの淑やかな笑顔と落ち着いた口調だった。
「バートはどうした?そなたが跨っているのはバートの馬だろう」
「あっ!」
サッシャはバートの存在を忘れていたようだ。たちまち赤面し顔を伏せた。
「申し訳ございません。村に置いてきてしまいました」
「まあ、いい。村から王都まで単騎の馬で三時間の距離だ。バートの足なら半日で歩けるだろう」
ジールとライアンはバートを哀れに思いつつ、無事歩いて戻ることを祈った。
「ユリウス殿が馬車に乗っていると聞いた。サッシャは事情を知っているか?」
「いいえ、存じ上げません。ただ、ユリウス様はルディウス殿下の泣き声を聞き馬車に乗り込みました。ルディウス殿下はすぐに泣きやみ、続いてルゼ嬢が馬車に乗り込み、瞬く間に馬車が走り出したのです」
「中の様子は分からないのか?」
ジールの問いにダンが答える。
「扉窓のカーテンは閉められていて、馬車が走っている状態ですと中を覗くこともできません。ルディウス殿下のお命に関わることがあれば、殿下に掛けた守護魔法が発動するはずですから、馬車が休憩で停車してから確認しても大丈夫かと思われます」
「そうだな。ああ、守護魔法か。大ガラスに攫われた時には発動しなかったが……」
「恐らく、大ガラスに殺意がなかったからではないでしょうか」
「思惑はどうあれルディウスを攫おうとする者を弾き飛ばす守護魔法が必要だな。出来る魔法使いはいるか?」
「北の魔女なら可能でしょう」
「大ガラスは北の魔女の使い魔ですわ!みすみす魔女に王子を差し出すのですか⁈」
ユリウスとダンの会話にサッシャが割って入った。サッシャを見遣りながらジールは自分の考えを口にする。
「あの大ガラスはユリウス殿の力で小さな駒鳥に姿を変えた。ユリウス殿は魔法は使えないと否定していたが、本当は北の魔女に匹敵する力があるのではないだろうか…」
「ユリウス殿はホワイエ侯爵家の三男。ホワイエ侯爵家の血筋の者に魔法使いが現れた話しは聞いたことがございません」
ダンが冷静に意見を述べる。
「ホワイエ夫人の実家はどうだ?確かブリナー伯爵の末娘だったと記憶しているが」
「ブリナー伯爵家は教会派の筆頭で、女児が産まれると結婚まで修道女として教会に仕えます。ホワイエ夫人には四人の兄がいてブリナー伯爵家の唯一の娘です。六つの頃から十年間、教会に仕えていました。もしも魔法の素養があれば教会を出て魔導師に師事したでしょう」
「そうか。では、ユリウス殿が魔法使いの線も薄いな」
ジールは、ユリウスの人を惹きつける力は魅了魔法ではないかとふと考えたのだが、ユリウスが魔法を使えないならそれもまた過ぎた考えであった。
ジールに答えの出ないまま、ルークが馬車を止めた。
「ルゼ、この辺りで休憩しよう」
ひらりと御者席から降りたルークは、当然のように馬車の扉を開けた。




