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天降るお伽噺〜国一番の魔法使いは超絶美形の侯爵様に溺愛されています〜  作者: 鳥縞つぐみ


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04 王子様の乳母

 サッシャは明るい調子で続きを話した。


「明け方に、ルディウス坊っちゃまの部屋へ、大きな黒いカラスが入って来たのです。明らかに誰かに使役されている使い魔でしたわ。ですが、その大ガラス達は、わたくし達を自分の主の元へ連れて行くことは出来なかったようなのです。西の湖の上まで来ると、方向を見失ったようにぐるぐると湖上を飛び回り、情けない声でカァカァと鳴き始めました。そこへ丁度、湖に釣りに来たユリウス様が通りかかって、わたくし達を助けるべく釣竿を振り上げ、大ガラス達は釣り糸にがんじがらめにされて、わたくし達は無事に救出されたのです」


「大ガラス、それは一体……」


 訝しむジールの言葉に、部屋の奥から応えて声がした。


「大ガラスは北に棲む魔法使いの使い魔ですよ」


 そう言った声はなんとものん気で、使い魔の大ガラスも北の魔女も何の害意もない平凡な隣人という風情を醸し出していた。


 サッシャの話ぶりでは、ユリウスがサッシャと王子様を助けるべく活躍した印象だが、本当はかなり違う。


 西の湖で、カァカァと鳴く三羽の大ガラスのところまでルークに案内されたユリウスは、まず、大きな声でカラス達の名を呼んだ。


「ウーヌス!ドゥオ!トリア!」


 三羽の大ガラス達は口々に応える。


「あっ、ユリウス様!」


「ユリウス様ぁ〜!」


「ユリウス様だぁ!」


 大ガラス三羽とユリウスは面識があるらしい。


「助けて下さい」


「どうにかして下さい」


「僕等、北に行きたいんです!」


 不安気に叫ぶ三羽の大ガラスを見上げながら、ユリウスは落ち着き払っている。


「下りておいで」


「無理です」


「無理、無理、無理!」


「無茶言わないで下さい!」


 王子を掴んでいるトリアは、王子を離さなければ着地出来ない。サッシャにしがみつかれているウーヌスは、安全に着地するためにはサッシャが邪魔なようだ。

 

 ユリウスは、にこりと笑顔を作る。


「仕方ないね」


 その言葉は、三羽の大ガラスの耳に優しく響いた。そして、ユリウスが釣竿をヒュンと軽く一振りすると、その釣り糸は瞬く間に三羽をとらえた。細く長い釣り糸は、三羽の大ガラスと小さな王子様と乳母のサッシャをひとまとめにして、そのまま湖畔に積んであった大きな大きな干し草のベッドの上にポスンと落とした。こんなところに干し草のベッド?ルークは不思議に思うが、細かい疑問を解決している暇はない。


「ルーク、赤ん坊と女性を頼むよ」


 ルークは、干し草のベッドに駆け寄り、手持ちの短刀で釣り糸を切り、まずは赤ん坊を抱き上げた。赤ん坊は、大ガラスとの空の旅でもすやすやと寝ていたらしい。抱き上げられても、目覚める様子はない。サッシャは空の旅が恐ろしかったようで、しっかりと閉じていた目をここで初めて開いた。


「大丈夫ですか?」


 ルークがサッシャを助け起こそうと、左腕で赤ん坊を抱えながら右手を差し出した。サッシャも、ルークの右手に自分の左手を預けたが、その時、サッシャが見ていたのは、自分の息子程の年のルークの顔ではなく、その隣で大ガラスと聞き取れない言葉で会話をする美しいユリウスの顔だった。

 ルークは、そんな状況には慣れっこだったので、ユリウスに見惚れるサッシャをさっと立ち上がらせ、痛いところはないか、怪我はないかと質問したが、サッシャは案の定、上の空で答えた。

 しかし、本当に怪我をしていれば、ユリウスに惚ける暇もないだろうから、ひとまずは大丈夫だと判断したルークは、左腕で赤ん坊を抱えて、ユリウスの用が済むのをサッシャとともに待った。


 三羽の大ガラスは、みるみる小さくなった。小さなくちばし、頼りないさえずり、その姿はもうカラスではなかった。三羽の大ガラスは、どうしたことか駒鳥に姿を変えてしまった。

 そうして、ユリウスの肩や頭に止まり、あるいは頭上を飛び回り、愛嬌をふりまいた。


「いやぁ、こりゃあヴェーヌ様に怒られるね」


「大丈夫だよ。ユリウス様に会えたんだから」


「そうだよ。大丈夫だよ」


 三羽の駒鳥は、そんな会話をしていたが、人の耳にはチチチと鳥のさえずりにしか聞こえなかった。そのさえずりの意味を理解していたのは多分、ユリウスだけだっただろう。


 それが、ルディウス王子と乳母サッシャの拐かしの顛末であった。


 


「ユリウス様!」

 

 部屋の奥からユリウスがひょいと出て来ると、サッシャは嬉しそうに名を呼んだ。


 ルディウスの乳母サッシャは、侯爵家に十六歳で嫁いだ金髪碧眼の美しく淑やかな伯爵家令嬢で、三人の子供を育て上げた。

 長男は既に二十歳、次男十八、長女十六と子育てを終えた感があったが、どうしたわけか昨年身籠った。しかし、サッシャを溺愛していた十五歳上の侯爵は、四人目の我が子の顔を見ることなく(よわい)五十一の生涯を閉じた。侯爵家は長男が継ぎ、サッシャは早すぎる夫の死を嘆きつつものんびりと四人目の赤子の世話をして過ごしていた。

 そして、同じ年の子をもつ母であったために、流行り病で他界したジール王の兄と妃が残した赤子、王子ルディウスの乳母を命じられたのだ。


 そんなサッシャが、キラキラした瞳でユリウスを見つめている。

 誰が見ても一目瞭然、恋する乙女の顔をしている。分かりやすすぎる。サッシャは三十を半ばも過ぎた。ユリウスも同じ年頃だろう。釣り合いは取れている。


 それにしても、このユリウス・ホワイエ侯爵とやら、顔がいい。

 腰まである銀の髪は、絹糸のように真っ直ぐで、軽やかな光を束ねたようだ。紫水晶のように煌めく瞳は、涼しげな目に嵌め込まれ、知的な光を帯びている。整った眉に長い睫毛、薄く引き締まった唇、加えてすらりとした体躯。優しい微笑みを絶やさず、品があり、華があり、そこはかとなく色気を漂わせている。王城でこんな美しい男がうろうろしていたら、年頃の娘は皆、夢中になるだろう。


「お初にお目に掛かります。わたくしは、西の湖の畔に住むアリタ村のユリウスと申します」


 ユリウスは明らかにジールを現国王と分かっている様子だ。ジールはユリウスを警戒しなければならないと分かっていながらも、その声か姿か何かは分からないが、ユリウスから醸し出される雰囲気に自然と心が緩むのだった。


「父さん、お客様と食事を始めてくれる?わたしは飲み物を運んで来るから」


「ああ、ありがとう、ルゼ」


 父と同じ銀髪に、深く青い瞳。ルゼと呼ばれた若い娘は、手際良く皿を並べ、グラスを並べ、甲斐甲斐しく働いている。


「今日は、何か祝いの席だったのではないか?邪魔をしてすまない」


 ジールは父娘のどちらともなく詫びた。


「いいえ、今日という日に、こんなに沢山のお客様が来て下さって嬉しいわ」


「今日の大漁は、お客様をもてなすようにとの、神様の思召しかもしれませんね」


 ルゼとユリウスが息ぴったりに、ジールの謝罪は不要と笑顔で応えた。


「でも、この大漁は父さんの手柄じゃないわ。父さんの代わりにルークが釣ったのだから、父さんは今度、ルークに何かお返ししてね」


 そうは言っても、ルークの大漁もユリウスの幸運にあやかったに違いない。ユリウスの周囲にはユリウスにとって良いものが自然集まる。この身分の高そうな男も、付き従う三人の男も、それにサッシャと赤ん坊も。多分、その全てが父ユリウスにとって都合の良い何かを運んで来たのだ。ルゼは、そう思っていた。


「そうだね。ルークは本当に、釣りの腕も馬の扱いも素晴らしい。明日は安心してルゼを任せられるね」


 にこやかに話すユリウスにジールが尋ねた。


「今夜は、明日の前祝いか何かですか?」


「ええ、娘が王城で女中として働くことになったのです。明日、ここを立つので、親子で過ごす最後の夜なのですよ」


 ジールはルゼを見た。目が合ったルゼはにこりと笑顔で返す。


「どうですか。部屋はありますから今夜はここへ泊まり、明日、皆さんで王都に向かえば。娘も道中心強いと思うのですが」


 ユリウスの提案にサッシャが口を添える。


「ルークさんの出してくれる馬車に、わたくしとルディウス坊っちゃまを乗せて頂ければ助かるのではありませんか?」


 馬車ならば帰りは安心だ。それに、サッシャ一人でなく、ルゼという娘も一緒であればサッシャも気が紛れるだろう。ジールはそう判断した。


「そうだな。その申し出は有り難い。こちらからもお願いする。我々も馬車を護りながら城に向かうとしよう」

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