03 やって来た王様
「ジール陛下、サッシャ様が見つかりました。西の湖に、ルディウス王子と一緒です!」
慌てた様子で近衛隊長が王の執務室の扉を開け、主君ジールが執務中であることも構わず声を掛けた。
座り心地の良い立派な椅子に腰かけていたまだ年若いアウフ王国の王ジールは、椅子を倒さん勢いで立ち上がった。
「迎えに行く!」
ジールが周囲に聞こえるように大きな声で自分の意思を伝えると、側仕えがジール王の乗る馬を玄関前に回すよう手配する。侍女は外套をすかさず持って来た。
サッシャが生まれたばかりの王子を連れて行方をくらませたのは明け方だった。
二人の不在に気付いたのは、王城に住み込みの料理番だった。ルディウス王子は、昼と夜と構わず泣き、泣き疲れて寝ることの繰り返しであったので、王子に付ききりの乳母サッシャに、料理番は毎朝温かい飲み物と軽食を差し入れていた。今朝早く、そっと王子の部屋のドアを開けた料理番は、そこに王子と乳母の姿がなかったので、慌てて近衛兵に二人がいないことを告げた。城内では、朝から近衛隊が総出で二人を方々探したが、見つけることが出来なかった。
あれから半日をゆうに超え、もうすぐ陽が沈み辺りが暮れてくる。西の湖に辿り着くには、鬱蒼としげる黒い森の木々の中を暗くなるまでに抜けなければならない。ジールは、近衛隊長のダンと王の護衛騎士フランツとライアンと共に、西の湖に向かい馬を走らせた。昇ったばかりの半月を背に黒い森に分け入り、西の湖を目指した。
ジール王の一行が西の湖に着いたとき、そこには近衛の騎士バートが一人、馬と共に立っているだけだった。
「バート、サッシャ様とルディウス王子はどこだ」
近衛隊長のダンが、部下のバートに尋ねた。
「この近くの民家でお休みになられています。ご案内致します」
西の湖と聞き、ジールはサッシャが入水自殺を図ったと考えていた。無事だろうか。医者は呼んだのか。最悪の状況をあれこれと思い巡らせながら、案内に導かれて夜道に馬を走らせた。
小さな家の前で近衛は馬を停めた。暗がりではっきりはしないが、小さいが手入れが行き届いた庭に、窓からは温かい灯りが溢れ、どこかほっとする佇まいの家であった。
バートが静かに玄関ドアを叩くと、中から朗らかな返事が聞こえて来た。
「はーい。今、行きますね」
相手が誰かも確認せず、玄関ドアが開けられた。ドアを開けた年若い女性は、バートに笑顔を向けた。優しい笑顔と、若く溌剌とした美しさに思わず見惚れる。
「お待ちしておりました。お疲れ様です」
肩よりも少し長い銀の髪の若い女性は、庭に立つ四人の男達を見てもひるむことなく、やはり朗らかに声をかけた。
「お連れの皆様も、よろしければ中にお入り下さい」
おかしい。中に王子がいれば、泣いているはずだ。そう思ったジールは急いで家の中に入ろうとしたが、近衛隊長のダンがジールを制し、護衛のライアンに先に入るよう目で合図した。
ライアンが先に入って行った。ほどなくして案内された廊下右手の部屋から引き換えして来たライアンは、安心したような表情でダンに頷いてみせた。
「陛下、参りましょう」
ダンは他に聞こえない声でジールに囁くと、王の前を歩き、フランツが後ろを護り、家の中に入った。
廊下右手の部屋はダイニングルームで、大きなテーブルの上に見事な魚料理の数々が並べられていた。
「ご主人様、ようこそいらっしゃいました」
明るい表情のサッシャが迎えた。非公式の場で王の名を出すわけにはいかないため、主呼びしているが、以前の明るく穏やかなサッシャだ。
「これは、どういうことだ」
ジールは驚きを隠せない。昨夜までのサッシャは、泣き止まぬ王子に、疲れ果て途方に暮れていたのだ。
「食べながらお話しになりませんか?料理が冷めてしまいますから」
この家の年若い女性が、ジールに椅子を勧めた。
「毒見は必要ありませんよ。先程、私が全て一口ずつ頂いていますから」
サッシャがにこにこしてジールに椅子を引きながら、更に付け加えて言った。
「ルディウス坊っちゃまは、2階のお部屋で寝ていますわ。全く本当に奇跡のようです。坊っちゃまがご機嫌で寝つくなんて!」
「ルディウスがご機嫌?」
「ええ、ええ、それはもうご機嫌で、可愛らしい笑い声を上げて、遊び疲れて寝てしまいました」
ジールはにわかに信じられずにいたが、そのまま黙ってサッシャに引かれた椅子に座った。ジールの動きに合わせて、左右に護衛のフランツとライアンが立つ。
「あら、皆さんお座り下さい。狭い家ですが、食卓だけは10人で囲めるサイズですから」
「我々は……」
断ろうとする護衛の二人をジールが遮る。
「お前達にも苦労をかけた。座って頂こう」
「はっ、ありがとうございます」
この家には緊張した雰囲気がない。しかも、この大量の料理。楽しい宴に闖入したことを咎めるでもなく招き入れる家人に、詫びるならともかく警戒する必要はないとジールは考えた。
「ご主人様、ここでは名乗っても差し支えありませんよ」
先程から機嫌の良いサッシャが、ジールの前にカトラリーを並べながら言った。
「こちらにお住まいなのは、ホワイエ卿とそのお嬢様ですわ」
「ホワイエ?ホワイエ侯爵家は数年前に流行り病で皆亡くなったではないか」
「ええ、ですから国は、庶民の女性と結婚して家を出た三男のユリウス様に家を継いで貰おうと、探していたではないですか。結局は見つからぬまま、領地は国で預かっていますが。こちらは、そのユリウス・ホワイエ様のお住まいですのよ」
ルディウス王子の乳母サッシャは、久しぶりに見る笑顔で、嬉しそうにユリウス・ホワイエの話を続ける。
「ユリウス様は、わたくしとルディウス坊っちゃまを助け出してくださいました。あの危機的状況で、全く動じずに私達の手を取り、人さらいを捕まえて」
「危機?人さらい?」
サッシャが行方をくらませたのは、てっきり泣き止まないルディウスに思い詰めた結果、ルディウスを連れて入水自殺を図ったのだとジールは思っていた。
それ程までに乳母のサッシャは疲弊し、母を亡くした王子ルディウスは泣き続けたのだ。
それが、この平和なアウフ王国で人さらい?一体どこのどいつがそんなことを?
腑に落ちないジールは、サッシャの話の続きを聞くしかなかった。




