10 王様と魔女
北の魔女ヴェーヌとジール王は、小さなアウフ王国の一番北の端っこの、ヴェーヌの屋敷の無駄に広い玄関ホールにいた。
この玄関ホールが無駄に広いのは、いざというときに出来るだけ多くの人を受け入れようという避難所の役割と、今回のような転移魔法の着地点の役割があった。
ジールは着地でバランスを崩し、ヴェーヌを押し倒す形で床に倒れた。
「ここは?」
ヴェーヌを組み伏せたまま、ジールは周りを見回した。
「まずはどけ!」
尻餅をついたヴェーヌの、王に対するとは思えない不機嫌な声がホールに響いた。
「すまない」
ジールは慌てて体を起こし、ヴェーヌを起こそうと手を差し出したが、ヴェーヌはそれを無視して自分でさっさと立ち上がった。
「まあまあ、ヴェーヌ様。お帰りなさいませ」
ヴェーヌの声を聞いたマルスが、奥から顔を出した。
「わっ!」
マルスの大きな猫頭に、ジールが驚いて声を上げた。
「失礼なやつだな」
ジールの叫び声に、またもヴェーヌが不機嫌になる。
「こちらはアウフ国王陛下でございますね。ヴェーヌ・パルフェの北の館にようこそいらっしゃいました」
マルスは大きな猫頭で美しいお辞儀をした。
「ああ、突然の来訪、申し訳ない」
「マルス、ジール王は招かれざる客だ。もてなさなくていい」
つっけんどんに言い放つヴェーヌに、マルスは静かだが強い眼差しでヴェーヌを諌めた。
「ヴェーヌ様」
一緒身じろぎしたヴェーヌは、そのまま無言で自分の部屋へ足を向けた。
「ヴェーヌ様」
再びマルスがヴェーヌの名前を鋭く静かに呼んだ。
「分かったよ」
ヴェーヌは渋々ジールに体を向けた。
「ジール王、一旦応接間へ案内する。お茶を飲みながらこの後の話をしよう」
「この後?」
「ああ。このままだとわたしは、国王誘拐犯だからな」
言いながらヴェーヌは、ジールに背を向け玄関ホールの左奥に向かって歩き出した。ジールは黙ってヴェーヌの後に付いて進んだ。
玄関ホールは広いが細い廊下を進むとすぐに扉があり、ヴェーヌがまたも扉を雑な手付きで開けるとジールを招き入れることもせず部屋へと入っていった。ジールはそれでもヴェーヌに付いて部屋の中に入った。
そこは、応接間だとヴェーヌは言ったが、一つの部屋の中の左端が厨房になっていて応接間とは壁で仕切られ、壁にくり抜かれた窓から料理が出せるようになっていた。狭い応接間のこぢんまりしたソファに、さすがにヴェーヌも、そこは、先にジール王に座るよう椅子を勧めた。しかし、ジールがそっと席に着く間にさっさと自分のお気に入りのソファに体を沈めていた。
マルスは厨房でお茶の支度をし、二人の間にある低く小さな楕円形のテーブルに二人分のお茶を並べた。
ヴェーヌは一口お茶を飲むと話し始めた。
「まずは、貴殿を無事王城に送り届けなければなるまい」
ヴェーヌはチラとジールを見て、ジールの考えを読んだように付け加えた。
「残念ながら、さっきの転移魔法は使えないよ。着地点がイメージできないと危険だからね」
「ああ、そうか」
やはり残念だったのか、少し萎れた声でジールが頷く。
「手取り早いのはウーヌスを呼び出して運んでもらうことだが、駒鳥じゃあな…」
「箒でも絨毯でも家でも、何でもいいじゃありませんか」
紅茶のおかわりに大きなティーポットを手にしてテーブルに近づいたマルスが提案する。
「いやあ、家みたいに大きいと扱いにくいしな」
「扉を繋げたらいかがですか?」
「どこの扉と?」
ジールは「扉を繋げる」魔法がどんなものかは分からなかったが、とりあえず繋げるならばと自分の身近な扉を提案してみた。
「わたしの執務室の扉はどうだ?」
「人の出入りが多い扉は避けたいな」
「ヴェーヌ様、王都にあるホワイエ侯爵のタウンハウスはいかがですか?空き家同然ですが、国が管理していて今は誰も住んでいません」
「そうだな。ホワイエ邸のユリウスの部屋の扉と繋ごうか。あそこなら見知っているしな」
「ルディウス殿下とルゼ様を乗せた馬車がホワイエ侯爵邸に寄るよう、ウーヌスからユリウス様に伝えて貰いましょう」
「ジール王、『アリタ村で発見したホワイエ侯爵家の跡取りに該当するユリウスを緊急に侯爵として承認するために、王都のホワイエ侯爵邸へホワイエ一家の肖像画を確認しに行った』というのはどうだ」
「嘘をつくのか?」
「もちろんだ。
時として真実が最も信用されないものなんだよ。アクシデントには理由がない。でも、人々は理由を知りたがるんだ。何事もそれらしい理由がいるのさ。
ユリウスが侯爵家に戻る話ならみんなきっと歓迎してくれる。そちらに夢中になって我々の詳細はどうでもよくなるはずだ」
「……パルフェ殿、あなたは」
「ヴェーヌと呼んでくれ。パルフェは普段名乗らないので、ピンとこない」
ヴェーヌは、言いかけたジールを遮った。
「わたしの力は大きい。大き過ぎる力は嫌われる。だから、わたしは嫌われ者だ。
軽々しく魔法を使い、王様を巻き込んだとなると叱責される。しかし、わたしは叱られるのは嫌いだからね」
「……分かった。話を合わせよう」
「感謝する」
ヴェーヌはにこりと笑った。ヴェーヌにとっては何の気もない笑顔だが、その笑顔がジール王の胸をくすぐった。
「こっちは応接間の扉にしようか」
「お止め下さい。厨房に出入りできなくなります」
マルスが慌てて止めた。
「屋敷の一番奥の勝手口の扉にして下さいませ」
「勝手口ね。はいはい」
「お嬢様、魔法は油断すると失敗しますよ。心を落ち着けて、慎重にお願いしますね」
「お嬢様はやめろ」
ヴェーヌはすかさず反応する。
魔法とは、どんなふうに使うのか。先程は、馬車の中で急に立ち上がったヴェーヌに反応し、つい腕を掴んだが、その時は魔法が発動するとは思わなかった。だから、ジールはヴェーヌが魔法を使う様子に興味津々だ。
そんなジールの好奇心を見透かしてヴェーヌが牽制する。
「じろじろ見るな、気が散るだろう」
「すまない」
ジールは心からすまなそうに謝った。
「陛下、ヴェーヌ様の文句に謝罪は不要でございますわ。ウォーミングアップのようなものですから」
マルスは、しれっとした顔で言い放った。




