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天降るお伽噺〜国一番の魔法使いは超絶美形の侯爵様に溺愛されています〜  作者: 鳥縞つぐみ


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01 北の端っこの魔女の家

 明け方、ピッタリと閉じているルディウス王子の部屋のバルコニーに出る大窓が、音もなくサッと開き、漆黒の大ガラスが三羽、迷いなく真っ直ぐに滑空して部屋にふわりと入り込んだ。

 泣き疲れてやっと寝たルディウス王子に、ほっとして休憩をとろうとソファに座った乳母のサッシャは、その両の翼で自分をすっぽりと包み込めそうな大きな三羽のカラスを見て、言葉を失った。

 

「あ、ルディウス王子がいたよ」


 三羽のカラスのうち、一番小ぶりなカラスが嬉しそうに言った。


「おい、トリア。無駄口たたくな」


 一番大きく落ち着き払ったカラスが低い声で嗜めた。


「でもさ、ウーヌス。王子様、可愛いよ」


 三羽のうちの真ん中のカラスが、赤ちゃん用の柵付きの小さなベッドに寝ている、生まれて半年も経たないルディウス王子を見て、嬉しそうに囁いた。

 ルディウス王子は、金色のくるくるした巻き毛に、生まれたてのつやつやの白い肌、閉じた瞼には長い睫毛がびっしりと生え、目を開けばきっと天使のように可愛らしい相貌に違いない。


「ドゥオ、トリア、打ち合わせ通りいくぞ」


 ウーヌスの一言を受けて、トリアは、その両脚で王子をしっかり掴み、窓の外へ羽ばたいた。


 慌てた乳母のサッシャは、目の前にいたウーヌスの首にしがみついた。


「おい!……」


 ウーヌスは声を上げそうになったが、これ以上声を出して他の人間がかけつけるとまずいと判断したのか、しがみつく乳母のサッシャと共に無言で飛び立った。

 バルコニーに面した大窓から、寝ている王子を掴んだトリアと、乳母サッシャにしがみつかれたウーヌスに続いて、ドゥオが飛び立った。

 三羽の大ガラスが飛び立つと、またしても、バルコニーに面した大窓が音もなく静かに閉じた。


 王城にあるルディウス王子の部屋は、主人不在にも関わらず、何事もなかったかのように沈黙した。


* * * * * * * * *


「遅い!遅い!遅すぎるー!!」


「ヴェーヌ様、そんなに気になるなら魔法の鏡で様子をご覧になったらいかがですか?」


 焦れる北の魔女ヴェーヌに、落ち着き払った使い魔マルスが提案する。

 ヴェーヌは、小さなアウフ王国の一番北の端っこに住む魔女だ。

 ヴェーヌは、腰まで届くかという真っ直ぐで艶やかな黒い髪と気の強そうなきりりとした黒い眉に碧い瞳で、低い背丈のせいか、痩せた身体のせいか、年齢より若く幼く見える。

 一方、使い魔のマルスは、本来は猫の姿なのだが、それでは役に立たないので、人型に化けている。しかし、人の顔の善し悪しは分からないと言って、頭だけは猫のままだ。華奢な手脚に濃紺のメイド服を着て、フリルのついた真っ白なエプロンをきゅっと締めている。そして、その頭だけが体より幾分大きな、雉虎柄の猫頭である。マルスは、この北の魔女の屋敷の家事一切を引き受けている働き者だ。

 まぁ屋敷といっても、無駄に広い玄関ホール以外は調理場を兼ねた小さな食堂兼応接間、従者用の小部屋が二室、そしてヴェーヌの私室しかない。

 そのヴェーヌの私室は、広いが物に溢れている。だから、マルスの一言で魔法の鏡を探し始めたヴェーヌは、あっという間に鏡探しを諦めた。


「鏡なんて本当にあるのか?」


 探し疲れて肩で息をするヴェーヌに、マルスはさらりと答える。


「もちろん、ありますよ」


「見つからん!」


 何を言ってるのかと言うように、呆れ顔のマルスはこともなげに言った。


「ヴェーヌお嬢様、呼べば応えますよ。何しろ魔法の鏡ですからね」


「お嬢様はやめろ!」


 荒っぽい物言いでマルスを叱責したヴェーヌだったが、次の瞬間、魔法の鏡に呼びかけた。


「おーい!魔法の鏡!どこにいるんだ?今、助けるから、返事をしてくれ」


 魔法の鏡が行方不明なのは、ヴェーヌが散らかすからに他ならないのに、まるで、事故か他人が悪いかのようにヴェーヌは呼びかける。しかも、魔法の鏡は機嫌を取らねば望むものを映し出してはくれないため、ヴェーヌの声は猫撫で声だ。


「ここだよ!早く助けてくれ」


 さっきまでの苦労が嘘のようだ。足元の本をかき分け、空の植木鉢や脱ぎ散らかした靴下、書き損じてくしゃくしゃに丸めた便箋を、片付けるでなく、ただ、ぐいぐいと脇に押しやり、ヴェーヌは魔法の鏡を様々ながらくたの中から掘り出した。

 床に鏡面を向けて鈍色の楕円の板しか見えないそれを、ヴェーヌはそっと持ち上げて、鏡面をくるりと前に向けると積み上げた本に立て掛けた。


「やあ、魔法の鏡、久しぶりだ。無事に会えて良かった」


 頼み事をする者特有の媚びた笑顔を張り付かせて、ヴェーヌは魔法の鏡と向き合った。


* * * * * * * * *


 その頃、ウーヌスとドゥオ、トリアの三羽の大ガラスは途方に暮れていた。アウフ王国の東に位置する王城を飛び立ち、北に向かって飛んだはずが、引き寄せられるように西へ西へと進路がずれて修正不能になっていた。


「ねぇ、ウーヌス!こっちは北じゃないんじゃないの?」


 一番後ろのドゥオが、前を飛ぶ二羽に向かって叫ぶ。


「……」


 ウーヌスは、返事ができない。


「ウーヌス!ドゥオの言う通りだよ!湖なんて来たときは通らなかった!方角が違うよ!」


 両の脚で小さな小さな王子様を大事に掴んだまま、トリアもウーヌスに向かって叫んだ。


「確かに北に向かって飛んでいたんだ。何故だ」


 いつも落ち着いているウーヌスが、悲痛な声で「カァ」と鳴いた。


 そうして、三羽の大ガラスは西の湖の上を、北も南も分からずぐるぐると旋回していた。


「助けてぇ!ヴェーヌ様ぁ!」


 アウフ王国の王子を拐かした三羽の大ガラスは、大きな声で自分たちのご主人様の名を繰り返し繰り返し呼んだ。ただそれは、普通の人には虚しくも「カァカァ」というカラスの声にしか聞こえなかった。

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