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月光・・・いつだって私たちはその優しさに気づかない④

「お互い、あんまりですよね」

 小雪ちゃんはチンした冷凍ピザをフーフーしながらそう言った。


 あんまりな私たちの人生・・・小雪ちゃんがそう言いたかったのはぞの言葉だけで十分伝わる。


 「そーだねー」

 としみじみと同意する。


 私の実家の親のこととか半年前に会社が倒産したとか、今までのことをかいつまんで話した後だった。


 ほとんど初対面で10歳近くも年下の女のコに身の上話しをすることになるとは・・・

 ほんの1時間前まで考えられなかったことだ。

 ちょっと笑える。 

 私もやはりチンした春巻きを箸で2等分しながら口元はほころんでいた。

 

 小雪ちゃんの家の冷凍庫は保存食でいっぱいだった。

 冷凍のピザに肉まん、スパゲッティ、やきとり、おにぎり、ほうえんそう炒めなどコンビニの冷凍庫のように様々な食品で溢れている。

 どうやら小雪ちゃんの常食らしかった。


 「ちょっと処分手伝ってくださいよ」

 小雪ちゃんはそう言って次から次に冷凍食品を解凍してはテーブルに並べていった。

 そして2リットルのコーラとファンタオレンジのペットボトル。


 私はできるだけ食事は手作りすることにしているので、逆にそうしたものが珍しくて美味しく感じられた。冷凍食品の味がレベルアップし、そしてまた小雪ちゃんと一緒に食べているせいかもしれない。

 お腹が心地よく満たされてくるのを感じた。


「それにしてもエマさんのお母さんてマジ鬼婆ですよね」

 不思議と小雪ちゃんが言うとどんな言葉も腹が立たない。


 私の母親は自転車で土手から落ちても助けもしないでさっさと行ってしまうような親だった。

 という、私の身の上話的な話しの内容を受けてのものだった。


「そうでしょ、いくら1メートルもない土手で何も怪我しなかったって言っても助けるでしょ。親なら」

 小雪ちゃんが母親を責めてくれたことが嬉しくて私は口調を強めた。


 長年生々しい傷となっているその光景を思い出す。


 小学3年のときだ。私は買ってもらったばかりの自転車が嬉しくて、母親が反対するのを聞かずにお祭りに行くために、自転車を乗ったり引いたりしていた。

 前を母親と妹が歩いていたからだ。

 小石にタイヤが乗り上げたか何かの拍子に私が乗った自転車は転倒し、そのまま横の土手の下まで落ちた。


 母親と妹はチラッと後ろを振り返ったような気がしたけど、声もかけずにそのまま行ってしまった。

 いくら母親がお祭りでしなければならない仕事があったとしても、土手は低くて、その下の畑はふかふかに耕されたばかりで、怪我なんかしないのはわかっていても、あれはなかったんじゃないか。

 

 不思議と小学3年生の私はその時はそれほどショックでもなかったように思う。

 しかし、その記憶は消えることがなく、年々心の傷口は大きくなっていった。


「どうせ3流大学しか入れないんだから、公務員試験受けて市役所に入りなさいよ。おばあちゃんだってだんだん家事できなくなるんだから。少しは家のことを考えない」

 私が授業料が続けられなくなって電話したときは

「だから言わんこっちゃない。言った通り市役所に入っていたら今どのくらい貯金があったか。せっかく塾代出していい高校に入れても何にもならなかった。お金なんか出しませんから」


 母親のこんな言葉は、時間に余裕のできた最近、脈絡もなく頭に蘇る。

 

 実家にいたとき、私は母親の小言にその都度思い切り言い返した。

 「お父さん、何とか言ってくださいよ」

 と母親は父親に応援を求めるが、父親はその場から逃げ出すだけだ。

 味方になってくれもせず、陰でお金を工面してもくれなかった父親。


 人が良くて大人しい祖父母も母親の言いなりだった。


 やっかいだったのは経理を任されている職場での母親の評判がよくて、近所でも同様だった

ことだ。


 母親はきっと完璧な人間なんだ。こんなに私を嫌うのは私が悪い人間だからなんだ、そんな思いがずっとあったと思う。


 でも、今、小雪ちゃんが”鬼婆”というのを聞いて、ちょっと違うかも・・・と思えた。


 いくら私が反抗的な言葉を言ったにせよ、子供をあんなふうに扱うのなんて間違っている。


 母親は、そういう人間だったんだ。

 

 初めて母親を俯瞰的に見れた気がした。

 私はそんなに悪くなかった。


 何倍目かのコーラーの味が今美味しく感じられた。


「どうしたんですかエマさん、ボーと考え込んだりして」

「ありがとう小雪ちゃん、何かすごく嬉しい」

 私は我に返ってそう言う。


「そんな、思っていることを言ったまでで、お礼を言われるほどでも」

 思えば母親のことを打ち明けたは小雪ちゃんが初めてだった。

 和彦にさえ言ったことがなかった。母とのことは私の恥ずかしい部分に感じられたからだ。


「うちはうちで、人は悪くないし優しいとこもあるんだけど、気持ちが弱くてすぐ人に頼るし、お金も貯められない母親でしょ。それはそれでやっかいというか」


「まぁ、しょうがないよね」

「しょうがないすよね」


 私たちは笑顔になる。


「で、エマさん、恋愛の方はどうですか?見かけたことはないけど彼氏とかいます?」

「まるっきりいない。いたことない」

「なんで?可愛いのに?」

 やっぱり小雪ちゃん、人たらしかもしれない。


「私、小さいころから文学少女でさ、ドラマ見てあこがれたっていうのもあるけど編集者になるのが夢だったんだ。でも超エリートしかなれないと思っていた。でも編集者になれて・・・」

「へーすごい」

「小さな出版社で給料も安かったんだけど、会社と給料考えなかったら夢が叶うんだ、と思ったりして。でも夢が叶ったんだから、その上素敵な彼氏望むのって贅沢な気がしてさ」

「そんなことないですよ。仕事に打ち込む女性って男性から見ても素敵じゃないですか」

「でもあるでしょ。神様、こっちはあきらめますからこっちは叶えてください、みたいな気持ち。そういうの気持ちの底にあるからかな。なーんもなかった20代よ。もうすぐ30歳だけどね」

「まだまだこれからですよ」


 と小雪ちゃんは言ってくれるが、私がこれからきらめくような恋愛をするなんて1ミリも考えられなかった。


「あっ、でも昨夜ね、学生時代からの男友達に偶然あったんだ」

 和彦との再会を思い出す。

「それですよ、それ。イケメンですか?仕事は?」

「顔は普通かな。でも大学と仕事のレベルは高いかも」

「今度いつ会うんですか?」

 小雪ちゃんは身を乗り出してきた。

 やはり自分の母親の愚痴よりも女子(私の場合はもう言えないかも)の間では恋バナが盛り上がる。


「連絡先聞くの忘れた。しこたま飲んでたしね」

「平気ですよ、今はSNSというものがあるの知ってますよね?」


 思い至らなかった


 私はアカウントこそ作っていたけど熱心に発信する方ではなかったし、かつての会社も社長が70歳近いこともあって力を入れてはいなかった。


「名前だけでヒットすることもあるし、出身校とか仕事とか入れたら見つかる可能性高いですって」

「そうなの?」

「エマさん、若いのに遅れてます?」

 やっぱり小雪の言葉は腹が立たない。

 

 今検索したらどうですか?と促す小雪の言葉を受けて私は携帯を取り出す。


 湯谷和彦 T大、経済と和彦に関するデータを入れてみた。

 すると、

 1ページ目に和彦に関するたくさんの記事が出てきた。

 Facebookやインスタもある。

 和彦はたくさんの論文を書いていて、大手の出版社から出された書籍もあった。テレビや雑誌に取り上げられたこともある。何やら有名な教授との対談やら論争みたいなものもあった。

 悪いけど、昨夜の和彦との会話からは想像もつかなかった。


「どうですか?」

「あったあった。多すぎるくらい」

「そんなに有名人なんですか?もう、いくしかないですよ」


「でも恋愛感情ないかも」

「深く付き合えば出てきますって」

 順番が逆なような気もする。

「顔が悪くなくて、仕事のレベルが高くて、長い付き合いなら性格も悪くなく、相性もいいってことなんじゃないですか?どこがマズいんですか?」

 小雪ちゃんの瞳はいくぶんキラキラしているように見えた。


「例えばさ、小雪ちゃんとこうやって話して、そうだねーで通じるとこあるじゃない?あまり細かく突っ込まなくても分かり合えるっていうか。でも和彦はさ、その友達和彦っていうんだけど、次の日になって昨日言った僕の言葉おまえは誤解してたかもしれない。ちゃんと言うけど実はこうこうで、なんて訂正の電話してくるタイプなのよ。小さなことで・・・私なんかその時はもう忘れてるって」


「それはキツイですよね」

「ね、恋愛にいかなさそうでしょ」

「ま、そのへんは我慢してあげるということで」

「我慢して恋愛とかしたくないなー疲れそう」


 本当に・・・大した仕事はしてないのに全てに疲れている。


「じゃ自然に現れるのを待ちますか」


 21歳って年齢もあるけど小雪ちゃんはどこまでもポジティブだ。


 母親を見ていて「自分は看護師か美容師になる」って決めていたのに、高校で進路を決める時期に、お金やら母親とのことでゴタゴタしてうまくいかなかったらしい。

 でもいつかそうした専門学校に行けるときのためにお金を貯めていることも今日知った。


 私以外の人がみんな偉く見えた。

 私なんか雨上がりの水たまりでうごめく虫けらのようなものだ。

 というのは言い過ぎかもしれないけど、

 自分はできるかも、頑張れるかも、と思えた編集者時代が懐かしかった。

 

 カラフルなサボテンのようなチュッパチャップスの木から小雪ちゃんは3本抜き出して私にくれた。

「いいよいいよ、甘いもの控えてるし」

 という私の言葉を無視して強引に押し付けた。

「疲れたら舐めてくださいよ。部屋に飾ってもいいし」


 そうだな、鉛筆立てに立てたらなんか楽しそうだ、と思い直して「ありがとう」と言って私は受け取る。赤や青の鮮やかな包み紙のチュッパチャップスは部屋の空気を変えてくれるかもしれない。

 もしかしたら私の運も。


 和彦の連絡先とチュッパチャップス。

 思いがけずの収穫に久しぶりに気持ちが上がる。


 部屋に帰ったら和彦のFacebookで友達申請でもしてみようかな。

 私は鉄の階段を勢いをつけてトントンと上っていった。


 しかし、残念ながらそんな上がった気分も部屋の前に来るまでだった。




 




 

 





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