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フリーターのエマは2年ぶりに学生時代からの友人、和彦に再会する。すべてが順調のはずの和彦はどこか悲し気だった。夏の終わりに29歳の二人に起こったものは・・・

 私は厄を背負って生まれてきたんじゃないか。

 人生はそもそも不公平なものかもしれないけどあんまりだ。


 生まれた家は田舎の中レベル以下のの家で、授業料が払えず大学は除籍になり、20代のほとんどの時間を捧げてきた小さな出版社は倒産・・・。いい年して家賃や光熱費の支払いもままならない日々。


 もう笑しかない。

 

 そんなことをぼんやり考えながら巨大なターミナル駅の構内を歩いていると背中に声がした。

「よー久しぶり」

 ちょっと気だるそうな声に振り返ると懐かしい顔がそこにあった。

 学生時代からの友人和彦だった。

 とはいっても最後に会ってからもう2年ぐらいになるけど。


 少し長めの髪、質の良い上着、銀色のフレームの眼鏡。

 和彦は2年前の印象そのままだった。


 「うっそー、和彦だよね。今はアメリカのはずじゃなかったっけ?でもこんな人混みの中でよく見つけてくれたよね、信じらんない」

 「小枝みたいに細長いのがボーと歩いているからそりゃ目立つわ」

「失礼ね。これでもモデルのスカウトに声かけられたこともあるんだから」

「後ろからだろ」


 当たりだった。そのスカウトマンは私の顔を見ると名刺だけを渡してさっさと行ってしまった。

 自分では決して不細工な方ではないと思う。

 でも学生時代の友人に言わせると「不幸そうな顔をしている」のだそうだ。


「なになに留学終わって帰ってきた?、飲みに行こうよ。せっかく見つけてくれたし」

「いいけど。こんな暑い日は居酒屋でビールだな」

「賛成」


 私たちは駅前のロータリーの正面にある居酒屋に入った。

 手頃な値段のわりにはインテリアが洒落ているチェーン店の居酒屋は女子店員の大正ロマン風な白黒の制服も手伝ってか急激に店舗数を増やしていた。


 「二人です」

 私は指を2本立てて入口にいた「アイドル目指してます」風の男子店員に言った。

 その男子店員は一瞬不思議そうなお顔をして私の目を覗き込んだが、すぐに1階奥の二人用のテーブルに案内してくれた。


 店は平日だというのに仕事帰りの人々でいっぱいだった。白いYシャツを腕まくりしてネクタイを緩めた若いサラリーマン。女子は上品なスーツを着こなし、ダイエットと化粧に全力を注いでいる感じ。

 私とは別次元にいる人達だ。

 

 私は自分の洗いざらした白Tとベージュの麻のスカートに目をやる。

  

「会えてよかったよ。和彦のアメリカの住所知らなかったからもう会えないかと思っていた。帰ったら電話くれればよかったのに」

 礼儀上私はそう言うが、私が帰国したら連絡すべき友達かどうか微妙なところだ。


 大学は違うけど20歳の頃、ボランティアで知り合い、その交流会の飲み会から連絡を取り合うようになった。

 下宿が近いからたまに電話したり飲みに行ったりした。

 何故か二人で鎌倉に遊びに行ったこともある。

 そんな友達は和彦にはたくさんいただろうし、私だって当時はそうだった。

  

 でも私の”礼儀上の言葉”で和彦の表情が柔らかくなった気がした。


「向こうから絵はがき書いたのに返事なかったから、連絡するのも何かなと思って」

 

 和彦がくれたサンタモニカのビーチの絵葉書は覚えている。

 確か大家と合わないとか、文面も覚えていた。


 そっか、私は返事を書かなかったにか。

 たった2年ぐらい前のことなのに記憶があいまいだった。


「ごめんね。なんか慌しくて」


 今思えば異国で一人で苦労しているのに励ましてもやれず申し訳なかったと思う。

 こっちはつまらない相談事ばかりしていたというのに。

 こんな恩知らずな女だから今友人もお金もないのだと思った。


「そんなこといいけど…。元気だった?」

 和彦は私の目をまっすぐに見てそう言う。


「イマイチかな。いい歳してフリーターだし」

「まだ20代なんだから仕事なんていっぱいあるでしょ」


「安い給料でもよく徹夜までして頑張っていた会社が倒産してさ、依頼何もする気がしなくなった。食べれる分だけ稼げればいいかななんて」

 実際は食費を稼ぐだけのアルバイトに行くのもだるい。


「そういう時期もあるよ。またやりたいことが出てくるよ」

 和彦はそう定番のセリフで励ましてくれた。


 本当はそんな悠長なことを言っていられる経済状態ではないのだが、ひとまず私は


「うん、そうだね」

と答えた。

 まだギリ20代だし。

 しかし学歴もなく特別な資格や特技があるわけでもない私。これからどうやって生きて行けばいいのだろう。毎日のように頭に浮かぶ不安がここでも沸いてくる。


「ところで留学の期間てもう終わりだっけ?国がお金出してくれるっていう留学制度に受かって5年ぐらいアメリカに行くって言ってなかった?」

 

そんなぞ分自身の不安を振り払うかのようにあえて明るく元気に言ってみる。


「いや、もう期間終了で先週帰ってきた。今はホテル住まいで今は部屋を捜している」


「仕事は?」


「前と同じ大学の講師で、うまくいったら上に行けるかも」


「准教授?すごいね」


 私は今の自分の状況と比較してみたが羨ましさは感じなかった。

 頭のできも違うし、たぶん努力の量もぜんぜん違う。


「和彦はさ、昔から目先の恋とか遊びとかしゅらに惑わされないで、将来のずっと先を見つめて努力してきたんだろうね、だから今があるんだ」


「まぁね、10年20年先見て頑張ろうとはしてきたけど、全部思い通りになるわけじゃないから」


「じゃ、和彦にも後悔とかあるわけ?」


「あるよ」


 ふーん、順調そうな人でもいろいろあるんだな。それはそれで当然のような気もした。

 完璧な人なんかいないし、完璧な人生もない。


 私たちはお酒が強い方ではなかったけど、懐かしさとか、もう夏も終わりだというのに毎日続くうだるような暑さとか、私に限って言えばこれからの不安とか、いろいろな思いが手伝って生ビールの杯を重ねた。コロッケとかブロッコリーと海老のサラダとかなすびびたしとか家庭的な味のおつまみが美味しかったせいもある。


 帰りだるいな、でも終電で帰んなくちゃ

 私がそんなことを考えていると、ゆでだこのように顔を赤くした和彦が言った。

「なんで俺ら付き合わなかったのかな」

「そーだねー」

 私は相槌を打つ。

 

 しかし、すぐに、やばい、これじゃまるで愛の告白のようじゃないか、と思ったが、私には理由がわかっていた。


 会って間もなく自分を見せすぎたのだと思う。

 私が和彦に会った頃は、才能があるけどちょっと不良がかった男に振られたばかりだった。

 私はよく自分を好きになってはくれないそんなタイプの男を好きになり、そして振られるとまわりにさんざんその男の悪口を言ったものだ。


 そのときの愚痴のはけ口が和彦で、おまけに飲んで吐いてその介抱までさせた。

 そんな相手に恋愛感情をもつことなどどうしてできようか。


 友達関係が心地よかった。

 

 それは今も同じで、いくら酔っても

「告白したら彼女にしてくれる?」

 なんてことは言えない。


「当時おまえが友達関係がいいってわかっていたし、そういう関係は貴重で、実際何年も続いたわけだし。つき合って別れたら友達関係なんて無理だろ。でもいつか飲んで帰って、二人で夜道を歩いていたときまんまるの月が出ててさ、俺は言ったんだ、月が綺麗だね、って」


 私も何となく覚えていた。

 当時は今みたいに夏が長すぎなかったから9月でも結構涼しかったと思う。

 川べりを歩くと夜風が気持ちよかった。


 まわりには街灯が多かったから、私にはその晩の月がそんなに綺麗だとは思わなかったけど、和彦は確かにそんなことを言った気がする。

 私は何と言っていいかわからなかった。


 ほんとだね、というのは思いに反するし、うぇ、キザーというにも失礼だし、一度でいいから月の裏側を見てみたいね、というのもなんか違う気がした。


 しばらく私が黙っいると和彦は

「おまえ本当に国文科か?」

 って機嫌が悪くなった。


 なんで学部と月が関係あんのよ、と返したいところはやまやまだったけどそのままにしておいた。


 和彦はたまに理屈っぽくなり、おまけにとてつもなく博識ときているから、たまに話が疲れることがあった。気持ちの良い夜に疲れる話を聞きたくはなかった。


「もっと本読まないよね」

 とりあえず私は自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。


「そうしなよ、特に夏目漱石」

「うん」

 私はそう答えたが、国文科の学生でいるときでさえ漱石の本を手に取ることはあまりなかった。

 

「今年の9月も月は綺麗かな」

「綺麗でしょ、9月はね」


 あまり関心はなかったけど和彦の言葉にそう答えてみる。

 

 来月は9月か。

 仕事を失ってからもう半年が経とうとしていた。

 

                                    つづく

 

 

 

 


 


 

 



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