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4.ネンネ

「不快だ……何故、敵であるお前から指図されなければいけないのだ?」


 低い声で問う魔王。


「それは……」


 言葉が詰まり、何も言い返せない。子育ての件で依頼されてここに来たが、俺と魔王は敵だった。今も互いに警戒し合っている。しかも魔王は俺らが倒し、そのせいで魔王の権威が失墜した。そんな関係なのに、命令されていい気分でいられるはずはないだろう。


「そ、それは、リュオン様には少しでも疲労を取り除いていただきたいと願い……わたくしが勇者様に、一緒に子育てをする仕事の依頼をしたからでございます」


 震え声で説明する執事。


「勇者が、我と子育てをするだと?」


 驚いている様子の魔王。


――俺もまさか、魔王と一緒に子育てする仕事を依頼されるとは思わなかったけどな。


 スプーンですくったスープを、幼子に飲まそうとしていた魔王。幼子の口の中にスプーンを入れる直前に驚き、動きが止まる。


 魔王は俺がここに来た事情をまだ知らなかったのか――。


「まんま、まんま」と幼子は魔王に催促する。

「あぁ、すまん」と、魔王はスープを幼子の口に入れた。


 魔王は真剣な表情で幼子らにご飯を食べさせている。

 俺は魔王から視線をそらし、子らをひとりひとり眺めた。


 子供は、何人いるんだろう――。


「これで子供は全員か?」

「はい、さようでございます。全員席に着いております」


 部屋は広く、今、子らが囲んでいる茶の色をした長テーブルも大きい。ぽつりぽつりと子らはそれぞれ好きな場所に座ってご飯を食べている。赤ん坊から十を超える歳と思われる子まで。数えると十人もいた。来る前は二、三人ぐらいだと思っていたが、想像していた数よりも多いな――。


 全員白くてモフモフな容姿だ。赤ん坊は猫っぽい獣人。成長すると猫からアルパカっぽい姿に変化してくるようで、一番大きな子は完全にアルパカの獣人だった。


 赤ん坊は俺が抱いている子だけ。そして幼児、初等部、中等部がそれぞれ3人ってとこか……。


「俺以外に雇われてる者はいないのか?」

「おりません。条件に合う人がいなくて……」


 そういえば、依頼してきた仕事担当の者も執事と同じことを言っていたような。


「条件とは?」


「はい、条件はみっつございまして……ひとつめは子をあやすのに慣れていらっしゃる方。ふたつめは時間に余裕がある方。そしてみっつめは――」


 言葉を止め、執事は魔王をちらりと見た。


「みっつめは?」


 ふたつの条件は割と多くの人に当てはまりそうな条件だ。だとしたら最後の条件が問題なのだろう。


「リュオン様を恐れない方という条件でございます」


――魔王を恐れない。たしかに俺は魔王に対してずっと恐怖の心はなかったかもしれない。


「わたくしたちの独自の調査によりますと、今も人間界では『魔王は人間界を再び滅ぼそうとしている』『魔王の近くに寄るだけで殺られる』など、悪い噂が後を絶たないのだそうです」


「なるほどな、魔王は俺らと戦う前までは世界最強だと言われていた……そして今でも世間では恐れられている存在だ」

「はい、今のわたくしたちは監視をされながら、このように忙しくひっそりと生活しておりますから、警戒されなくてもよいのに」

「監視? 誰かがいる気配はしないが、もしかして今も監視されているのか?」


 周りを見渡すが、気配すら感じない。


「わたくしたちを監視しているのは、人間界のトップといわれている洗練された暗殺集団です。気配を完全に消して息を潜めておりますので、この場では魔力があるわたくししか気配を感じないのかと」

「執事だけ……魔王は?」

「リュオン様の魔力は今、ほぼゼロの状態です。なので感じることはできないのです」


 魔法使いエウリュが戦いの後に魔力を吸い込んだからか……いや、あれから結構時間が経ったのに、いまだに回復していないということは、国が魔力を封印したのか?


 俺は、スープを子に飲ませている魔王を見る。


「……大変そうだな」と、自然と口から言葉が漏れた。


「勇者様、どうかお願いできないでしょうか?」


 魔王を眺めていると、幼子はガシャンとスープのお皿を床に落とした。中に入っていたスープがすべて床に。


「あぁ、もう」と言いながら魔王が立ち上がった。そして魔王は、よろめき倒れた。


「リュオン様!」

「魔王!」


 倒れた魔王は……小さないびきをかいていた。


――魔王は、寝た?


「どうしましょう、どうしましょう! リュオン様が……リュオン様、大丈夫ですか?」


 執事が魔王の名前を何度も呼んだが、目覚めない。


「勇者様、これからわたくしたちはどうしたらよいのでしょうか?」

「魔王は、眠っている。おそらく疲労が限界突破したのだろう。とりあえず様子をみよう。ベッドに運ぶから、寝室を案内してくれ」

「分かりました」


 魔王は俺よりもでかくて、体型もがっしりとしている。抱えることはできなさそうだ。


「どのようにして運ぼうか?」


 魔王を心配した子らが集まってきた。


「魔王、ネンネ?」

「魔王、生きてる?」

「あぁ、眠っているだけだ。生きてる」


 幼児組の問いに答えていると、中等部のひとりが、子供を何人か乗せられそうな、赤い手押し車を持ってきた。


「このトロッコ、城内を散歩する時に小さい子たち乗せてるんだけど、魔王乗せられないかな?」

「乗せてみよう」


 足が結構はみでたけど、なんとか魔王を乗せることができた。寝室まで運ぼうとすると幼子たちがついてきた。


「勇者も寝るの?」

「いや、俺は別の宿に泊まる予定だ」

「いやだ、一緒に寝たい!」

「いや、でも……」


 だだをこねられ、俺は困惑する。


「あの、ここに泊まっていただけませんか? 宿の方にはわたくしがキャンセルとお詫びのご連絡をいたしますので」


 不安そうな表情をしたままの執事は、穴があきそうな程、俺を見つめてきた。


――本当に不安そうだな。それに、食事の片付けや子らの世話も執事ひとりじゃ、大変そうだし。


「分かった!」

「勇者泊まるの? やったー!」


 子らは跳んだり回ったりして、はしゃいでいた。

 魔王の寝室前まで来ると、突然執事が「どうしましょう」とつぶやいた。


「執事、どうした?」

「あの、リュオン様が前日の夜に仕込み、毎朝それを並べてご飯を子供達に食べさせていたのですが……」

「朝食問題か……」


 そういえば、泊まる予定の宿は朝食プラン付きだったな――。


「ここの城には大人は他にいないのか?」

「はい、もう誰もいません。生き残った部下たちは全員捕らえられました」


「そっか……おい、暗殺集団、聞こえるか?」

「勇者様、突然叫んでどうなされたのですか? リュオン様がお目覚めになってしまいます……」


 俺が叫ぶと執事は慌てる。

 だけど俺は叫び続けた。


「俺らの代わりに直接宿に行き、お詫びとキャンセルをお願いしたい! そして事情を宿に説明して、俺が食べる予定だった朝食を運んできてくれないか?」


 叫んだ後は静まりが強調される。

 返事は、ない。


 国に雇われている暗殺集団は依頼主の命令しか聞かないと思うが。俺が今も勇者だったのなら、俺の命令も聞いてくれる可能性があったのかもしれない。でももう、国にとって俺は用無しだから、聞いてくれないよな……。


「とりあえず、朝食の材料はあるんだよな?」

「はい、あります」

「じゃあ、早起きして簡単なものを朝作ろうか……」


 俺たちは魔王の寝室に入っていった。

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