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3.魔王と再会

 翌朝、最近共に過ごしている美しい毛並みのユニコーンに乗り、地図に描かれた目的地に向かった。目的地は遠く、辺りが暗くなってきた頃に着く。


 着くとユニコーンから降り、目の前にある建物を眺める。今、俺の目の前にある大きな城は、はっきりと見覚えのある場所だった。


 魔王リュオンが、かつて住んでいた城だったから。つまり、俺が魔王を倒した場所。


 今は誰か、別の者が住んでいたりするのだろうか?


 警戒しながら扉を叩くが、反応は一切ない。

 誰もいないのか? そっと少しだけ扉を開き、隙間から中を覗いてみた。


 薄暗く誰の姿も見えないが、どんどんと大きな音を立てて走るような音や、騒がしい子らの声が聞こえてきた。


 新しい住人がいるのか――?


 静かに中へ入り、長い廊下を進んでいくと「助けてください……」と背後から掠れた声がした。驚き振り向くと、黒いタキシードを身に纏う、気配が完全に消えている魔族がいた。見覚えあるその姿を目にし、警戒心は一気に高まる。勇者の時代に常に所持していた強力な剣は、国に返した。だから手元には今、護身用の小さなナイフしかない。手強い魔族を相手にするには役立つのか分からないが、何も手にしないよりはマシかと、ナイフを握りしめた。


「お前、魔王の手下だな?」と、威圧的な声で尋ねると「そ、そうです。リュオン様の執事でございます……」と、か細く、怯えるような声でそいつは答えた。攻撃してくる様子はみられないが、その弱々しい言動も俺を油断させてから攻撃を仕掛け、俺を陥れるための罠かもしれない。気を緩めず、ナイフの刃を執事に向けたままにし、構えていると「こんにちは!」と、幼きモフモフ獣人の子供達が駆け寄ってきた。


 一瞬でそれらに囲まれた俺。

 抱っこ抱っこと、次々に襲いかかってくる。


 これは、魔族による幻影魔法か? 

 自然と警戒心が解かれていく。


「これこれ皆様、離れてください!」


 執事がそう言うも、誰も言うことを聞かない。すると「ご飯だ!」と奥の方から強く苛立つ様子の声がした。そして声の主が目の前に現れた。


「何故そこにいるんだ?」


 続けて声の主は、はっとしながら俺を見てそう言った。

 俺はナイフを強く握り、攻撃態勢になる。


 目の前に現れたのは、純白色のモフモフな赤ん坊を抱いている、暗黒色の衣を身に纏う魔王だったからだ――。


――戦闘開始か?


 だけど、魔王は赤ん坊を抱いている。

 今攻撃すれば、赤ん坊にナイフの刃が当たってしまう。赤ん坊を盾がわりにしているのか。なんて卑劣な。


 一体どうすれば?


思考を巡らせていると「ふぎゃー」と、魔王が抱いていた赤ん坊が泣き出した。


「よしよしよしよし……」


 魔王は赤ん坊のお尻をトントンしながら身体を揺らしている。


「魔王、何をしているんだ!」

「叫ぶな、黙れ! 余計に泣く」


 魔王は一切こっちを見ずに、赤ん坊を凝視していた。最終決戦の時のような俺への警戒心が、微塵もない。意識は全て赤ん坊にあるようだ。


 とりあえず様子を観察する。


 観察していると、ひとつの疑問が浮かぶ。もしかして、あやしているのか? もしもそうだとしたら――。


 トントンの仕方が、甘い。

 横から口を出したくなってしまう程に。


「違う、そのトントンは、ただ撫でているだけ。赤ん坊からしたら、ただ緩い風が当たっているように感じるだけだ。しかも今は全力で泣いている。それでは……何も感じない!」


 俺はさっと魔王の近くにより、両手を差し出した。魔王は荒れ狂う形相をしながら、だけど丁寧に、赤ん坊を俺の両手に乗せた。


 トン、トン、トン……。


 優しい気持ちで、でも軽すぎない力で赤ん坊をトントンし、ゆらゆらもした。

 次第に泣き止んできた。そして――。


「……わ、笑っているのか。どうしてだ? あんなにも泣き止まなかったのに」


 魔王は目を見開き、赤ん坊を凝視した。


「魔王、お前は一番大切なことを忘れている

……」

「た、大切なこと、だと?」

「そうだ」

「何を忘れているというのか――」

「笑顔だ! それも、心の中までのな!」

「心までの笑顔、だと?」


 魔王の眉がぴくっと上がる。

 

「そうだ。この赤ん坊は繊細だから周りの者の感情を敏感にキャッチする。魔王の不安や苛立ちも敏感に察知し、それが赤ん坊の涙となっていたのだろう」


 今、盛大に知識を語ってはいるが、学んで得た知識ではない。おそらくこれも、得た子育て能力のお陰だろう。


「やはり、我は勝てぬ運命なのか……今日も惨敗だ」


 魔王は崩れ落ちた。


「落ち込むことはない。お前には泣き止まそうとする気持ちがあった」


 俺は赤ん坊を抱っこしながら、魔王の肩をぽんと叩いた。モフモフの子らが魔王の周りに集まってきた。


 

「魔王、お腹空いた」

「魔王、ご飯!」

「だから、もうご飯できたって言ってるだろう! 手を洗ったら座れ!」


 魔王は子らに飛びかかられながら、明かりのついているダイニングルームの中へと入っていった。


――魔王は、子らに好かれてもいるな。


 モフモフの子と手を繋いでいる魔王の執事が俺の横に来た。抱っこをしたままの赤ん坊を眺めながら話しかけてくる。

 

「勇者様、赤ちゃんの扱い慣れすぎている……さすがです! はぁ、依頼して良かった……もう、リュオン様も寝不足だし。最近は特にイライラされており、自分も色々と精神的なダメージが。本当にもう、救世主です」

 

 執事の言葉を聞いて、はっとする。


 そうだった、今日は子育て仕事の件でここに来たんだった。そして、魔王が寝不足?


 魔王を追ってダイニングルームの中に入った。ちなみにこの部屋には魔王討伐の時にも入った。だからよく覚えている。広すぎて煌びやかな壁の装飾。そして高そうなテーブルと椅子……全てが立派で、贅沢な生活をしていて羨ましくもあった。あの時と一切変わらない。いや、あの時は綺麗だった床の状態が違う。床には毛やゴミが沢山落ちている……。魔王の顔を眺めると、目の下のクマが濃い。このクマは元々あったものなのか、前回はそこまで気にしていなくて分からない。けれど、今の魔王は寝不足状態で良くないことは分かる。


 じっと眺め続けていると『少しでも休ませろ! 幼い子を育てるのは本当に大変なんだ。子育ては、子を育てる者の精神状態の安定が大切。周りが進んで協力を!』と、頭の中で風のような声が聞こえてきた。子育てはしたことがないが、まるで経験者のように何故か大変さが分かる。これも能力の影響なのか?


「魔王、ご飯を食べたらあとは俺に任せて少し休め!」


 そう言うと、魔王の表情が歪んでいった。


――どうする? これも油断させるための罠かもしれない。赤ん坊を傷つけずに魔王を倒す方法は何かないのか。

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