19.真実
外に出るため魔王と廊下を歩いていると、まだ明かりがついていて、ヒソヒソ声が聞こえる部屋があった。扉の隙間から覗くと、おまつりの屋台にいた者たちが酒を飲んでいた。
今日はこの者たちも泊まるのか、俺らだけではないのだな。この宿は貸切も良いけれど、他の客もいて賑わっている雰囲気も良いのだろうなと、ふと思う。
そして再び魔王と外に出ると、同時に空を見上げた。まだ星は輝いている。庭のベンチに並んで腰掛けた。たこやきの箱を開けると、たこやきに爪楊枝を刺し魔王の口の中に入れた。
「味は、どうだ?」
「……美味しい」
いきなり口に入れられ若干戸惑う魔王だが、きちんと感想を述べてくれた。
「美味しいか、残しておいて良かった。全部食べてくれ!」
「味見しないのか? いや、勇者はおまつりで食べていたな」
「魔王は子らに射的を教えるのに忙しかったのに、俺がたこやきを食べていたの、見てたんだな」
「……偶然だ」
魔王は爪楊枝を俺から奪うと、たこやきをもうひとつ口にした。
美味しそうに食べてくれている魔王を見つめた。タイミングは今ではない気がするが、魔王に対してモヤモヤしているものを、早く全て吐き出してしまいたい衝動に駆られた。この星空も背中を押してくれているのかなんて、珍しく頭の中はロマンティックモードだ。
「……魔王、色々とごめん」
「昨日は突然お礼を言い、今日は突然謝る日なのか。何故、今、我に謝った?」
「魔王の背中の傷を……」
魔王の心と体も傷付けてしまった。魔王を切ってしまった事実は、俺の人生の中で最大の罪だった。まるで罪を白状するような気持ちになり、これ以上の言葉を本人に伝えるのが怖くなった。
「もう、いい。あの争いの原因は先に手を出してしまった我にある。我が全て悪かったのだ」
「違う……俺は、魔王が自分を責める度に辛くなる。魔王、お前は人間に大切な物を盗まれたから人間に手を出したんだろ?」
「……何故知っている」
魔王は爪楊枝を箱の上に置き、驚いたような強い眼差しで俺を見つめる。
きちんと正直に伝えよう。子らも嘘をついてしまった時などはきちんと緊張しながらも伝えてくれていた。魔王に怒られたり嫌われたりするのは怖いけれど、俺も――
「それは、見てしまったからだ。魔王の日記を!」
「勇者だったのか、見たのは。置いてある場所がズレていたから子供の仕業かと思っていたのだが」
「怒らないのか?」
「見られる場所に置いた、我が悪い」
「いや、見た俺が悪い。勝手に見てごめん」
ふたりで俯く。一瞬だけ強い風が吹いてきて、俺と魔王の間を通っていった。
「母が亡くなる前、災いから守り健康でいられるようにと特殊な魔力を込め、我のためにアミュレットを作ってくれたのだ」
「そんな大切な物を盗まれたのか?」
「そうだ。犯人を突き止めたが、犯人の手元にはもうアミュレットはなかった。追及すると、好奇心だとか金になるとか……くだらない理由で盗んだんだと白状した。しかもその人間は嘲笑ったのだ『魔界の物は金にならなかったな』と。我は頭に血が上り、そして――」
人間の間では、完全に魔王は悪の存在だ。俺もかつては魔王は悪だと認識していた。だが、魔王を知り、話を聞いた後となっては、この件は魔王は悪くはない。悪は盗みを働いた人間の方だ。
「俺は、過去をやり直したい。魔王と対決する時に。あの時きちんと魔王と話し合えば、魔王を知れば。決して戦うことはなかった。傷つけることをしなかった。魔王、本当にごめん」
「あの時、我を倒してくれて良かったのかもしれない。あの時は全てが行き止まりだった。孤独で目的もなく、何も感じずにただ立っている。屍のようだった。勇者たちに倒されて子供たちと出会い、そして勇者とも今こうして過ごせている。だからもう、謝らないでくれ。我は今、幸せだ」
『幸せ』
魔王がはっきりと幸せだと言った。
魔王の過去を知った後だと、ずしんと重みのある言葉になる。
俺はたこやきを端に寄せると魔王を抱きしめた。
「どれだけ良い奴なんだよ、魔王は。俺、世間に魔王の良さを伝えたい――」
「いや、それはいい」
「……魔王、家族にならないか?」
伝えたい言葉が次々溢れてくる。
「我と勇者が家族だと? もし家族になったら、そなたの立場はどうなる? 世間からは冷たい目で見られるだろう」
「……世間とかそんなもの、魔王の今までの痛みと比べたら、たいしたことないし、どうでもいい!」
魔王の背中にある手に力を込める。魔王も俺の背中に手をまわし、力を込めてきた。
「分かった。今から家族になろう」
今はまだ言葉だけの契約に過ぎないが、魔王と家族になった。魔王と特別な関係になったのだ。ふたりの間にあった見えない壁が崩壊していく。まだ解決しなければならないことはあるが、魔王との絆は深いものとなった。
魔王と抱き合い、ぬくもりを感じていると背後からカサっと音がした。
急いで魔王から離れると音の方を向く。警戒をしながら、俺の背中の中心辺りに魔王を寄せる。魔王が襲われた時以来ずっと肌身離さず、風呂の時や就寝時も近くに置いてあるナイフを握った。
木の影から出てきたのは、戦士ゼロス、僧侶ウェスタ、魔法使いエウリュだった。
「何故そこにいる? もしかして、話を聞いていたのか?」
「ええ、盗み聞きしてごめんなさい。あの
、もし良かったら、お酒飲まない? 魔王さんも一緒に」
三人はそれぞれ酒の瓶を抱えている。ウェスタは手に持っていた酒の瓶をアピールした。
「酒か、久しぶりだな。俺は飲めるけど、魔王はどうなんだ?」
「……飲んだことは、ない」
「飲んだことないのか? ひと口飲んでみるか? 美味いぞ」
俺はウェスタから酒を受け取ると、魔王にひと口飲ませた。
「美味いな」と言いながら魔王は再び酒を飲む。
自分も酒を受けとったが、魔王の反応が気になりすぎたから動きを止めて眺めていた。
すると魔王はウトウトし始めて、そして、寝た。
*
「寝たのか?」と言いながら戦士ゼロスは魔王をゆさゆさ揺らした。だが魔王は反応せず寝息をたてて心地よさそうに眠っている。
「部屋まで運ぼうか?」
「ちょっと待ってください。試したいことがあります」
ゼロスが魔王を担ごうとした時、魔法使いエウリュはゼロスの動きを止めた。そして魔王の背中に手を置いた。
「エウリュ、どうした?」
「やはり魔法の封印は完全に解かれている……」
俺が問うと、エウリュは眉を寄せ呟いた。
「やっぱりそうなのか! 魔王が風の魔法を使えていたんだ。原因、エウリュは何か分かるか?」
「全てではないけれど、分かる部分を簡単に説明いたします。わたくしの魔力、正しくは元々は魔王さんのところにあった魔力が、魔王さんのところへ戻っていったのです。」
「魔王はたしか、露天風呂にいた時に魔力が戻ってきたようだと言っていた」
「わたくしも、露天風呂で魔力が抜けていったような気がいたしました」
「温泉の効能なのか、封印が解かれた理由など謎だらけだが、ふたりの異変は露天風呂で起こった……露天風呂は男女に分かれているが、ひとつの大きな浴槽の中に、木の仕切りが置いてあるだけだ。つまり、同じタイミングで同じお湯に浸かっていた」
「露天風呂のお湯を通して魔力の移動が行われたのでしょうか」
「かもしれない。ちなみに全ての魔力が移動したのか?」
「いいえ、一部だけです。全てではありません。だけど封印が解かれたのなら――」
エウリュが触れていた魔王の背中から光が溢れ出した。エウリュは無意味に誰かに危害を加えないと信じているが、不安になった。
「何をしているんだ?」
「魔王さんに魔力をお返しいたします」
「何故返そうと思ったんだ?」
「魔法は使い方によっては悪にも善にもなり、魔王さんクラスのレベルなら世界を破滅まで追い込むことも可能です。私は魔法を利用して悪さをする者は大嫌いで見るだけで虫唾が走るのです。しかし、魔王さんは悪のために魔法を利用することは決してない。子供たちや善のために魔法を利用すると確信したからです」
魔王、また魔王を信じる者が現れたぞ。それに、魔力が戻ってきたぞ――。壁が壊れた時に魔法を使おうとし、でも使えなかった時の魔王の寂しげな表情がずっと頭の中に残っていた。魔法が完全にまた使えるようになるのだと、魔王に早く伝えたい。
「奪ってしまった魔力を全てお返しいたしました」
エウリュはそっと手を離した。魔王の肌が少し前よりもふっくら艶やかになったような気がした。
「魔王、起きないな。担いでいくか?」
「あぁ、お願いする」
ゼロスが魔王を乱暴に担ごうとした。
「ゼロス、待て!」
「どうしたラレス」
「魔王は俺にとって一番大切な存在なんだ。もっと大切に、丁寧に扱ってくれ」
「おぉ、分かった!」
ゼロスは軽々魔王を姫抱っこをした。
「ありがとな。俺が魔王を姫抱っこできれば良いのだが……」
「それぞれ得意不得意なことがある。力仕事なら、何でも任せろ!」
全員で宿に戻ろうと歩き出す。
「三人に頼みがある。魔王の封印が解かれたことはまだ誰にも言わないでくれないか?」
「そうよね、もしも国にバレたら魔王さんの存在が消されたり、もっと酷い罰を与えられたり、どうなるか分からないものね……」
僧侶ウェスタが呟くと他のふたりも頷き、俺の頼みを聞き入れてくれた。
「魔王を部屋に置いたら、四人で久しぶりに飲もうぜ!」
「もう、ゼロスは変わらずお酒が大好きね」
「ウェスタもだろ!」
俺は姫抱っこされている魔王の寝顔を眺めた。
自分はどんなに犠牲になっても良いから、魔王がこれからも幸せになれる道を模索したい――。




