15.温泉計画
「魔王、ずっと手を繋いでて大丈夫?」
途中でブラックが魔王に問う。ブラックはずっと魔王の手を握りながら魔王城に戻る道を進んでいた。
「あぁ、大丈夫だ」
「魔王城に戻ったらブラックが魔王に甘えられる時間は減るからな。今のうちに甘えておけばいい。ほら、俺の右手もあいてるぞ」
右手をブラックに差し出すと、ブラックは俺の手も握った。ブラックは今、俺と魔王ふたりの手を握りながら真ん中を歩いている。感情は分かりづらいタイプだが嬉しそうな雰囲気だった。いつもはお兄さんらしく過ごしているから大きく見えるけれども、まだ甘えんぼうな部分もあるんだな。ブラックを見つめていると、視線に気がついたブラックがこっちを見てふっと笑った。
あっという間に魔王城に着いた。扉を開けると全員が「魔王が帰ってきた~!」と喜びながら走ってきた。ホワイトを抱っこし、更にギルバードもおんぶしている執事は、心配だった表情を隠せない状態だ。小さい子らは魔王の太もも辺りに、大きい子らは腹など上の方に巻きつくように抱きついた。子らが魔王に巻きついたその光景は、雪の季節に着るモフモフなコートを魔王が纏っているようだった。しばらくするとひとり、またひとりと魔王から剥がれていく。全員が剥がれると、それぞれが自由に動きだす。
「さっき我を恨む男が現れる前、何を言いかけた?」と、魔王から問われる。
さっき?
一瞬なんのことだと考えたが、すぐに思い出した。池の前で「魔王の母親になりたい」と言おうとした時だろう。
「あ、いや……うん」
さっきの状態なら勢いよく言えた気がするが、あらためて聞かれると言いづらく、ためらってしまう。
「勇者よ、今すぐに答えろ!」
「……魔王の母親になるって言おうとしただけだよ」
「な、なんだと?」
眉間に皺を寄せた魔王は俺の目をずっと見つめた。俺はムズ痒い気持ちになり、視線を斜め下に向ける。
「いや、そんなことよりも。魔王、お前、どうにかした方が良いぞ?」
「何をだ?」
「と、とにかくだ。これをやる!」
よだれふきや小さなクッキーなどを入れて魔王城の中でも常に身につけているポーチから温泉チケットを取り出し、魔王に渡した。
「なんだこれは!」
「温泉チケットだ。たまにはひとりでゆっくりするといい。こっちのことは、俺と執事に任せろ」
「温泉……ひとりでか……」
少し不満そうにも見えるような、不思議な表情でチケットをじっと見つめている魔王。
「いや、いらない。ひとりで行くのはどうも気が進まない」と、魔王はチケットを返してきた。
「いや、受け取れよ」
「いらない」
「なぜ受け取らない!」
初等部のブルー、オレンジ、レッドの三人が不安そうな表情をしながら執事を連れてこっちにきた。そして「喧嘩はダメ。仲直りして?と三人が仰っております」と様子を伺いながら執事が話しかけてきた。
「いや、喧嘩ではない」と俺は思い切り否定する。
「勇者、何持ってるんだ? 温泉チケットって書いてある……」と、レッドがチケットを覗き込んだ。
「温泉、行ってみたい……」とオレンジが言うと
「温泉って、ぽかぽか気持ちいいお湯に入る場所?」とブルーも反応した。
魔王は三人をひとりずつ丁寧に見つめた。
「子供たちも温泉へ連れて行きたい。連れて行けるのなら、我も行く」
「分かった。そうだよな……連れて行きたいよな! そしたら、きちんと全員連れて行けるように、そして魔王も休めるように。計画を真面目に考える」
話を聞いていた他の子らもわらわらと近くに寄ってきて、バンザイをしたり飛び跳ねたりして全員で喜んでいた。
*
夜は相変わらず幼児チームとホワイトを二階にある部屋で寝かしつけている。みんなを寝かしつけたあと、そっと誰もいない隣の部屋へと移動した。
左腕につけていた銀のブレスレットを右手人差し指でタッチすると、目の前に大きな画面が現れた。
温泉を検索する。詳しく調べ、魔王が休める空間はきちんとあるか、子らにとって危険な場所はないか、楽しめる場所はあるかを中心に色々と調べた。どうやら行く予定の温泉は、和の国の雰囲気をイメージした温泉宿らしい。畳や座椅子、障子など……とにかく見たことのない雰囲気のものばかりが画面の中にあった。キッズにも優しい場所らしく、遊ぶ場所やキッズ用のアメニティも充実していた。
「人数多いからなぁ、空いている日はあるのか?」
というか、何人だ? 子供はギルバード含め十一人。大人が三人。今十四人で暮らしてるのか――多いな。
いくつか候補の日を決めて調べてみたが、なかなか空いている日はなかった。
こんな時、お金でなんとかならないかな。と考えながらとある人物が頭の中に浮かび上がる。温泉宿の画面を切ると別の画面へ切り替える。ブォンと音が鳴り、宝石だらけの白い壁が映る。その人物も画面に映った。
「どうしたの? 久しぶりね」
「今時間大丈夫か?」
「余裕で大丈夫よ。もう子供も寝かしつけたし」
話している相手は、共に旅をした僧侶ウェスタだ。
「こんな時間にごめん。実は――」
事情を説明すると、僧侶ウェスタは微笑む。
「予約は余裕よ。一応、世間に影響力のある人が多く訪れるから、他の客への配慮は必要ね。ということは……うん、とにかく任せて? あと、私も一緒に行こうかしら? 魔王を休ませたいなら人手は欲しいわよね」
「本当にありがとう。ウェスタも来てくれると助かる」
「もらったチケット、実はまだ使えてないのよね。大きいお風呂がある別荘を建てたから、それで満足しちゃって」
「風呂の大きい別荘か……さすが金持ちだな。金の力はすごいな」
「お金があれば大体のことができるわ」
「言うようになったな。ウェスタは変わったな。あっ、いい意味でな!」
「こんなに環境の変化があったんだもの。さすがに変わるわよ」
ウェスタはふふっと、息をこぼすように笑った。
「変わるものなのか……」
「人間の心は、目の前にある環境が変わっても上手く生きられるように、合うように変化できるようになっているのよ、きっと」
「そんなもんなのか」
「まぁ、人によりけりだとは思うけれどね。わたくしは手に入れたチートを上手く使って、環境に合わせて生きていくわ」
今思い返せば、ウェスタは旅の時も頭の回転は速く、どうすれば上手く立ち回れるかをいつも考えていた。仲間のために真剣に考えてくれていた。ウェスタはたしかに変わった部分もある。けれど、あの頃からの軸がぶれていなくて、安心した。
俺はどうなのか。
流れに乗り生きていくだけ。軸というものは存在していないのではないか?
子供に関しての部分で変化したなと感じる時もある。だが、変わったと感じる部分は自身の心の変化ではなく、全てチートの力によるものなのか?
子らに囲まれながら忙しそうに世話をしている自分を思い出す。成長の喜びや、一緒に遊ぶ時の楽しさ。賑やかな毎日の中で、近くに子らがいない時の静寂に対して感じる寂しさ。もしかしてこれが愛なのか?と感じる気持ち。
子育てチートの能力がもしも消えてしまったら、全ての気持ちも消えてしまうのだろうか。上手く子らと接することができなくなり、嫌われてしまったりするのだろうか――。というか能力がなくなれば、俺が魔王城にいる意味はないのか。
――魔王にとって、俺の存在はいらなくなる。
たどり着いた答えに、血の気が引いていくような気がした。
「ラレス、ぼーっとして、どうしたの?」
「いや、魔王城の中での俺は、どんな存在なのかなって……」
話していると、隣の部屋からガタンと音がした。
「あっ、子供起きたかも。様子見に行かないと」
「分かったわ! そしたら、この件に関しては全て任せて」
「頼みます。本当に、ありがとう」
「いえいえ、あと……ラレスの存在について、温泉で観察してあげるわ。とりあえず、計画がまとまったらこちらから連絡します」
「お願いします」
画面を消すと、静かにドアを開けた。するとピンクがさまよっていた。
「ピンク、どうした?」
「勇者探してたの。トイレ一緒に行きたいの」
「そっか、トイレに行こうか」
「うん」
ぽやっとしている表情も可愛い。寝ぼけているピンクと手を繋ぐとトイレに向かった。寝ぼけながらも、俺のことを探してくれていたんだな――。それも、今だけなのか。




