第八章:破壊者の記名
その者の名は、風にすら記されていない。
彼の歩みが触れるたびに、地面から文字が消えていく。
それは世界にとって“最も忌むべき力”――記録の抹消者。
《始原の図書館》の門前。リオンたちの前に現れた黒衣の仮面の人物。
彼は、世界の記憶を破壊する者として、名を刻まれぬままに立っていた。
◉対峙:黒き記名者
「ようやく出会えたな、“始まりの鍵”。」
仮面の者は、リオンをまっすぐに見据える。
ノエルが口を震わせながら告げる。
「……君は《ゼル=ヴァリエ》……記録消失の騎士。
“第三の継承者”にして、名前を持たない者……!」
リオンは剣を抜いた。「名前を持たない? どういうことだ」
「私には名がない。
世界が私を恐れ、記憶から排除したからだ。
私が存在するということ、それ自体が“この世界にとって矛盾”なのだ」
ゼル=ヴァリエ。
彼は、自らの存在が「記録されることを拒む力」を持つ、世界の“逆位相”に位置する者だった。
◉開かれた真実:継承とはなにか
ゼルは言う。
「お前たちが持つ“鍵”は、世界の再構成権だ。
その鍵によって、世界は改竄される。正義と称して。
だがそれは、本当に必要な未来か?」
ノエルが反論する。「未来を修正しなければ、この世界は崩壊する!」
「崩壊? 馬鹿げている。この世界は既に崩れているのだ。
お前たちはただ、それを“見えないように”繕っているだけだ」
リオンの胸に疑念が生まれる。
“自分たちは本当に世界を救おうとしているのか?
それとも……選ばれた者の都合で、過去を書き換えようとしているだけなのか?”
◉激突:記録を拒む剣
ゼルの武器は、世界に存在しないはずの剣。
《黙書ノ刃》――記録されない刃。
この剣が振るわれた瞬間、空間にあった“文字”が全て消えた。
書架が一部崩れ、ノエルの持っていた記憶札が破壊される。
「この図書館は、“偽りの記憶”でできている。
私はその根幹を、正しく無に還す者だ」
ユノが詠唱を開始し、リオンが前線に立つ。
カレドも剣を構えるが、ゼルの一撃を受けて吹き飛ばされた。
「……なに……この重さ……記憶が、剥がれる……!」
ゼルの刃は、肉体を傷つけるのではない。
存在そのものを“世界から消し去る”剣だった。
◉奇跡の干渉:記録される未来
追い詰められたその時、ノエルの周囲に虹色の光が舞う。
彼が開いた魔術は、未来記録による“瞬間の上書き”。
「これは……一度だけ可能な奇跡。
“未来に起きるはずだった行動”を、今この場に強制的に起こす」
空中に無数の文字が浮かび、ゼルの動きを一瞬止めた。
リオンがその隙をついて、黒鍵を突き立てる。
「これが、お前の記憶だ……! 見せてもらうぞ!」
◉ゼル=ヴァリエの記録
鍵によってゼルの“核の記録”が開かれる。
そこに見えたのは、一面の白紙の中に、たった一行だけ記された名。
「ゼル=ヴァリエ:第三の記録にして、削除された継承者」
彼はかつて、リオンやユノと同じく“世界に選ばれた者”だった。
だが、彼の選択は“再構築ではなく、破壊による浄化”を選んだために、記録者によって存在を抹消されたのだ。
「お前たちの世界は、選択すら許さない。
だから私は記録に逆らった。名を捨て、記憶を破り、存在を拒んだ」
リオンは言う。
「……お前の在り方も、ひとつの“答え”かもしれない。
でも、それでも俺は――俺の記憶を、未来を、選びたいんだ」
ゼルは一歩退き、黒鍵を見つめる。
「お前はまだ弱い。だが……名前を持ち、なお選ぼうとするその意思――
それだけは、今は認めよう」
そして、彼は闇の中へと姿を消した。




