第七章:始原の図書館
《始原の図書館》――それは、世界の“設計図”そのものが眠るとされる幻の場所。
伝説によれば、世界が形づくられる前に、その構造と秩序を記した書が存在し、
それを記した場所が“この世界の原初の核”となった。
ノエルによれば、図書館はただの建物ではなく、
**「記憶と記録を喰う迷宮」**として、訪れる者の“過去そのもの”を材料に扉を開くという。
◉道程:南の果て、砂の帳
一行はミル=カンラを後にし、さらに南――世界の果てに近い《砂の帳》へと向かう。
そこは昼夜の境が崩れ、時間すらも揺らぐ大地。
空に太陽と月が同時に浮かび、砂嵐が風ではなく“記憶”によって動いている。
ノエルが言う。
「図書館へ至る道は、“個々の記憶”の中にある。
ここで私たちはそれぞれの“原初の記憶”に向き合わされるだろう」
「原初の……?」リオンが尋ねる。
「“この世界が最初に与えた名前”。
それが思い出せた者だけが、図書館の扉を開けられる」
☁ 試練:砂の夢路
砂嵐の中、一行は次々に“記憶の迷路”へと引き込まれていく。
それぞれが、自分自身の原初――“存在の始まり”を試される。
◎ ユノの記憶:黒鍵の少女
ユノが目を覚ますと、そこは無数の墓標が立ち並ぶ夜の平原。
誰のものかもわからぬ墓には、すべて「ユノ」の名が彫られていた。
「これは……私?」
そこに、かつての彼女の“原型”――つまり、鍵を持たない少女の姿が現れる。
「鍵を持たなければ、私はただの普通の人間だったのに。
なぜ“選ばれた”のか、私にはわからない」
幻影のユノは問いかける。
「“選ばれた理由”を知らなくても、戦えるの?」
ユノは静かに答える。
「理由がないからこそ……選ばれた意味を“自分で作る”の。
それが“継承者”の覚悟よ」
すると、すべての墓標が崩れ、一冊の黒い書が残される。
それは図書館への鍵のひとつ、《影の索引》。
◎ カレドの記憶:忘却の門
カレドは、かつての“弟”と再会する。
それはすでに失われた記憶で、彼はずっと“弟がいた”ことさえ忘れていた。
「兄さん……どうして俺を置いていったの?」
少年は泣いている。
カレドは剣を置き、ただその子を抱きしめる。
「すまない。忘れたんじゃない。
……忘れるしか、なかったんだ」
少年は微笑むと、砂の中に沈み、代わりに銀色の扉が開かれる。
そこには《記録の剣》――図書館の守護具のひとつがあった。
◎ リオンの記憶:名前の起点
リオンの前には、幼い自分が座っていた。
そして、灰の霧の中に、母が立っていた。
「リオン。お前は……“まだ名前を持っていない”」
「え……?」
「この世界は、“名付け”によって形作られる。
だけど、世界の真ん中にいる者には、誰も名を与えられない。
なぜなら、お前が――この世界に“最初の名前”を与えるから」
母の言葉が、ゆっくりと霧の奥へ消える。
リオンは、自らに問う。
「俺の最初の名……それは……」
思い出す。
あの夜。星の下で、母が言っていた。
「お前は《ラフレイル》――“始まりの記録”だよ」
◉ 開かれる扉:始原の図書館
三人の原初の記憶が重なったとき、空間が裂けるようにして“扉”が現れた。
それは石でも木でもなく、“文字そのもの”でできた構造物だった。
書架が空に向かって伸び、階段が無限に交差し、空気には“言葉”が浮かんでいる。
ノエルが呟く。
「ここが、世界の核。《始原の図書館》……」
だが、図書館の前に立つその瞬間、気配が変わった。
◉現れる者:第三の継承者
突如として風が裂けるような音が響き、ひとりの人物が現れた。
全身を黒い外套で覆い、顔は仮面に隠されている。
その人物は、リオンの姿を見るなり、静かにこう言った。
「ようやく出会えたな、“始まりの鍵”」
ノエルが驚きの声を漏らす。
「……まさか、お前は……!」
「そう。私は“もうひとりの継承者”。
そして、この図書館の“破壊者”だ」
その声には、怒りでも憎しみでもなく――
ただ冷ややかな、静かな決意が込められていた。