第五章:旅のはじまり、星のない地
廃都《オルガ=リュシエル》を出たのは、灰の王の霧が完全に消えた翌朝だった。
空は鈍色に濁り、雲は低く、陽光は地に届かない。
カレドの言葉によれば、次なる“鍵”の手がかりは**南の廃域《ミル=カンラ》にあるという。
そこはかつて魔術師の都と呼ばれ、いまは「記憶なき者たち」**が彷徨う地。
「次の“鍵”は、灰の王が封印されたときに三つに分かれた“魂のかけら”の一部だ」
「お前の持つ鍵は“現世”を閉じ、ユノの鍵は“記憶”を封じた。
そして、最後の鍵は“未来”を抑える役目を持つ」
カレドはそう説明したが、リオンはまだ実感を持てなかった。
未来の封印――それは、一体なにを意味するのか。
旅の始まりは静かだった。
廃都から南へ、古の石道を進む。獣の気配もなく、風の音だけが耳を撫でる。
ユノはあまり多くを語らなかった。だが、時折リオンを見つめるその目には、はっきりとした“信頼”が宿り始めていた。
「ねえ、リオン」
ようやく口を開いたのは、二日目の夜。小さな焚き火の前だった。
「あなたの中に、“声”が聞こえることはない?」
「……声?」
ユノは火の揺らぎを見る。
「私たち〈継承者〉は、世界の記憶と繋がる存在。
ときに、“まだ語られていない未来”の断片が、夢や声となって現れるの」
「……それなら」リオンは少し言い淀んでから答えた。
「子供の頃、毎晩のように同じ夢を見てた」
「暗い部屋で、誰かが“閉じてはいけない”って言ってくる。
でもその声が、すごく悲しそうで……泣いてた」
ユノは静かにリオンを見た。
「それが、“第三の鍵”の声かもしれない」
☗☗☗
三日目の午後、二人はついに《ミル=カンラ》の領域に足を踏み入れる。
そこはまるで時間が止まったような場所だった。
建物は無数にあるのに、誰の気配もしない。
風も吹かず、音もない。空には一切の星がなく、光は空間の中でねじれていた。
「……ここ、嫌な感じがするな」リオンが言った。
「ここは“記憶を失った者たち”が集まる場所よ。
記憶を失えば、人は名を持たなくなる。そして……“名のない者”は、世界に存在しないのと同じ」
そのとき――遠くで、何かが鳴いた。
風のないはずの空気がざわめき、廃墟の陰から、何かが這い出てくる。
“記憶喰い”――
それは人の形を模してはいるが、顔がなく、声だけが無限にこだましていた。
「なにか、思い出させて……」「忘れないで……」
記憶を奪い、生きながら“なにもなかった”ことにする怪物。
「来るぞ!!」カレドが剣を抜く。
ユノが黒鍵を握る。
そしてリオンの背中にも、再び“羽の紋章”が浮かび上がった。
◉戦闘:記憶なき者たち
数は五。だが問題は数ではなかった。
この怪物たちは、戦えば戦うほど“こちらの記憶”を奪ってくる。
リオンは斬るたびに、自分が何をしているのか、少しずつわからなくなっていった。
――なぜ、剣を持っている?
――誰と戦っている?
「リオン!!思い出して!!」
ユノの叫びが、耳の奥で響く。
彼女の声で、何かが戻る。
村の灯。母の背中。小さな約束――
「いつか、お前は**“真実を開く者”になるんだよ」
母の言葉が、記憶の深奥からこだまする。
リオンは叫んだ。
「俺の記憶は、俺のものだ!!」
鍵が反応し、黒い光が迸る。
瞬間、五体の“記憶喰い”が塵のように崩れ、闇へと還っていった。
☗☗☗
戦いのあと、ミル=カンラの一角で、二人は地下へと続く扉を見つけた。
そこには古代文字でこう刻まれていた:
> 「第三の鍵は、星のない地にて
> “未来を記す者”の記憶に宿る」
カレドが呟く。
「……どうやら“鍵”を守っているのは、“まだ生きている者”らしい」
リオンは地下へと続く階段を見つめた。
「その“未来を記す者”って……誰なんだ?」