第四章:原初の声
リオンの足元に、過去の影が流れていく。
子供を抱きしめる母親。戦場を走る兵士。手を取り合う恋人たち。
それらすべてが、「灰の王」が奪った記憶の断片だった。
「……どうして、こんなものを」
リオンが呟くと、影の中の“彼”――若き日の灰の王が、静かに口を開いた。
「世界は痛みに満ちている。
記憶がある限り、人は裏切り、奪い合い、絶望する。
ならばいっそ――すべての記憶を、この手に封じ込め、静かな世界を創るべきではないか?」
ユノが、まっすぐ彼の前に立つ。
「あなたが手にしたのは、選ばれた記憶だけ。
あなたに都合の良い真実だけを抱え、それ以外を焼き尽くした」
「では、聞こう」灰の王の声が、少し低くなった。
「お前たちの記憶は、果たして“守るに値する”ものなのか?」
その言葉に、リオンは一瞬口をつぐんだ。
彼の記憶――
☁ 回想:霧の村
母はいつも疲れた顔をしていた。
笑わず、夢を語らず、ただ静かに布を織っていた。
「……あんたは、外に出ちゃダメだよ」
そう言いながら、母は夜毎、誰かの名前を呟いていた。
それが“ユノ”という名前だったと、リオンが気づいたのは、母が倒れた日だった。
「――違う」
リオンは一歩、前へ出る。
「たとえ痛みでも、苦しくても……忘れちゃいけない記憶があるんだ。
誰かが守ってくれたこと。誰かを守りたかった気持ち。
それがあるから、僕たちは生きてるんだ!」
その言葉に呼応するように、周囲の記憶が震えた。
記憶領域の空間に、ひびが走る。
ユノが続ける。
「あなたが抱えているのは“静寂”じゃない。“恐れ”よ。
世界に傷つけられることを、拒絶しているだけ」
若き灰の王が、その場で膝をついた。
「……ならば、証明してみろ」
「記憶が、人を救うと。
記憶が、再び世界を立ち上がらせると……!」
◉《記憶の戦域》
――戦闘開始。
世界が崩れ、灰の王の姿が、再び黒い霧をまとった巨人のような“王”へと変わる。
記憶を具現化し、攻撃を放ってくる――その一撃は、過去を破壊する刃。
「来るぞ!!」カレドが叫び、前衛に出る。
リオンは震える手で黒鍵を掲げた。
「……お願いだ、鍵よ。僕に“本当の記憶”を見せてくれ!」
鍵が光る。
リオンの背に、羽のような“記憶の紋”が浮かび上がる。
――そしてその瞬間、彼の脳裏にある光景が走った。
☁ 回想:ずっと昔の戦場
灰の王が、まだ人だった頃。
彼は、妻を失っていた。
小さな子供を、魔術の暴走で失っていた。
それでも、彼は生きねばならなかった。
「……痛みが、世界からなくなればいい」
その声は、まるでリオン自身の声と重なっていた。
「……わかった」
リオンは呟く。
「あなたは、何も間違ってなかった。ただ――ひとりぼっちだったんだ」
灰の王の巨影が動きを止める。
その刃が、リオンの前でゆっくりと消えていく。
「……名もなき継承者よ。
“忘れられる痛み”と、“覚えて生きる痛み”。
お前は、後者を選んだのだな」
灰の王の姿が、再び人のかたちに戻り、微笑みを浮かべる。
そして、灰となって風に消えていった――。
◉
戦いは終わった。
記憶領域がゆっくりと閉じていく。
リオンとユノは、廃墟の中心に戻っていた。
「……やったのか?」
リオンが呟くと、カレドがゆっくりとうなずいた。
「第一の門は、閉じられた。だが――」
彼は南の空を見上げる。
「灰の王が遺した“鍵”は、まだあと二つある。
そして、その先に待つのは、“記憶の創造者”……」




