第35章:決別の鍵
塔が崩れ、世界は再構築された。
空は清く、大地は芽吹き、忘れられた時間が静かに流れ始めていた。
しかし、ただ一つ――“灰”は、まだ完全に消えてはいなかった。
リオンは胸元を押さえ、膝をついた。
体の奥から、確かな気配が蠢いている。
「……やはり、お前も鍵だったか。
この世界に残った“最古の誤謬”、それが俺だ」
声が響く。自分の中から。
かつて倒されたはずの存在、灰の王アセルム。その“思念”が鍵を通してリオンに宿っていた。
「お前は……!」
フィアとユノが駆け寄るが、リオンは手を上げて制する。
その目はどこか遠くを見ていた。
「わかってる。これは、俺自身の戦いだ」
塔の残響が揺らぎ、そこに新たな空間が現れた。
かつて存在した、しかし今はもう“無いはずの”世界。
リオンが閉ざした過去――
灰に沈んだ可能性たちが、そこに息をしていた。
アセルムの声が告げる。
「この世界が生まれ変わっても、私の記憶が残る限り、
すべては再び灰に還る。お前が“鍵”を持ち続ける限りはな」
リオンは静かに立ち上がった。
黒き鍵を右手に、左手には、彼自身の選択を。
「だったら俺は――この鍵と、あんたの記憶ごと終わらせる」
世界を変えるための鍵。
その力を、自らの命と引き換えに封じるという決断。
だがその瞬間、フィアが叫ぶ。
「待って! それでも、あなたまでいなくなったら意味がない!」
リオンは微笑んだ。
「違うよ、フィア。もう、ひとりじゃないんだ」
彼は鍵を高く掲げ、心の底から叫んだ。
「終われ――“灰の輪廻”よ!」
黒き鍵が砕け散り、光と灰が激しく交錯する。
リオンの姿が光に包まれ、やがて――
静寂が訪れた。
ユノは拳を握り、歯を食いしばった。
フィアは何も言えず、ただ空を見つめた。
そして、空から一つの羽が落ちてきた。
黒でも白でもない、透明な羽根だった。
それは、すべての“決別”の象徴。