第三章:双子の魂
ユノ=レシアの声は、静かでありながら、どこか“世界を貫く”響きを持っていた。
リオンは目の前の少女を見つめ返しながら、言葉を失っていた。
彼女の瞳の色は、自分と同じ“灰”――
けれど、その奥にあるものは、自分にはない何か。もっと古く、もっと重たい“記憶”だった。
「……僕と、同じ“器”って、どういう意味なんだ?」
問いかけると、カレドは一歩、後ろへ退いた。
「この世界にはかつて、“大いなる記憶”を持つ者たちがいた」
「記憶……?」
「そう。“世界そのものを記録する”能力だ。すべての出来事、感情、命の繋がりを、魂に刻む術。
その能力を宿す者たちを、人々は**〈継承者〉**と呼んだ」
カレドは指でリオンとユノを交互に示す。
「お前たちは、同じ記録の二つの分体。
一つは、村に残され“鍵”を持ち。
一つは、この地で“門”を守っていた」
リオンはユノの胸にかけられたもう一本の黒鍵を見る。形は微妙に異なるが、同じ素材、同じ文様。
「この鍵は、封印を解くものじゃない。
封印されし“灰の王”を、再び“閉じる”ためのものよ」
ユノは低く呟いた。
外の地鳴りが強くなる。
神殿の天井から細かい石片が落ち、カレドが剣のような形の杖を抜いた。
「急げ。奴はお前たちの“気配”を探っている」
ユノはふらりと立ち上がる。ずっと眠っていたはずなのに、身体に一切の衰えを感じさせない。
「リオン、あなたに問うわ」
「……え?」
「外の世界を選んだのね。なら、私と共に来て。
あなたがいなければ、私は“鍵”を使えない。
そして――あなたもまた、私がいなければ“何も知らないまま死ぬ”だけ」
はっきりとした口調だった。
リオンはしばらく黙ってから、小さくうなずいた。
「分かった。行くよ。でも……」
彼はユノの瞳を見つめた。
「その前に、ちゃんと教えてくれ。“灰の王”って、何なんだ」
☗☗☗
神殿の外へ出ると、世界は変わっていた。
廃都《オルガ=リュシエル》の中心、かつての“王城”跡に、巨大な黒い存在が立っていた。
それは人の形をしているようで、していなかった。
目も口もなく、黒い鎧のような外殻に覆われ、灰の霧をまき散らしていた。
「……あれが、“灰の王”よ」
ユノが囁くように言った。
「元は人間だった。大昔、〈大記録戦争〉の時代、魔法文明のすべてを掌握しようとした男」
「そして、“記憶そのもの”に手を伸ばした」
カレドが続ける。「記憶を食い、記憶を殺し、世界の歴史を自分のものにしようとした」
リオンは、黒い存在の正体に背筋が凍るのを感じていた。
それは人間の過去そのもの――“忘却と支配”の化身だった。
「さあ、戦うぞ」
カレドが前に出る。
「戦うって……あんなの相手に、どうやって――」
「記憶に干渉する魔術には、記憶で対抗するしかない。
ユノとお前がそれぞれの“鍵”を合わせれば、一時的に“記憶の門”が開く」
リオンとユノは顔を見合わせ、同時に頷く。
ふたりが黒の鍵を、互いの胸の中心に重ねた瞬間――
世界が反転した。
◉記憶領域
そこは空でも地でもない、時間でも空間でもない場所。
色のない風が吹き、数え切れない記憶の欠片が、空中を漂っていた。
「ここは……?」
「記憶の根源よ。
私たち継承者の力が、世界に最初に触れた場所」
そしてそこには、ひとつの“記憶の影”が待っていた。
――それは、かつて人であった“灰の王”の原初の姿。
まだ若く、悲しみをたたえた顔。
だがその目には、誰よりも深い「怒り」が宿っていた。
「なぜ……お前たちは、私を閉じようとする」
その声は、悲鳴に近かった。