第二章:廃都《オルガ=リュシエル》
霧を抜けた瞬間、空気が変わった。
リオンの足元には、草ではなく瓦礫があった。
――ここは……どこだ?
彼の背後にはもう霧も村もなかった。まるで、二度と戻れない夢の中に置き去りにされたようだった。
そして、前を歩く黒衣の旅人の姿だけが、確かな現実としてそこにあった。
「名前を、教えてくれないか」
リオンはようやく声をかけた。旅人は足を止め、少しだけ顔を傾ける。
「名か。……ならば、カレドとでも名乗ろう。今のところはな」
振り返ったその目には、人のものとは思えぬ銀の輝きが宿っていた。
いや、何かが“宿って”いるのではない。
――この人は、人間ではないのかもしれない。
二人は長い石段を降りた。
その先に広がっていたのは、崩れかけた巨大な都市。
黒い大理石でできた神殿、倒れた塔、曲がった石畳の道。
どこもかしこも灰色に沈んでいる。だが、その中央だけは光が射していた。
「ここは……?」
「オルガ=リュシエル。灰の王が眠る、かつての“中央”だ」
中央。リオンの中に、どこかで聞いたことのある言葉が響いた。
「中央って、伝説の……」
「ああ。“五柱の国”が存在した時代、全ての魔術と記憶が集う中心だった場所。お前の持つ鍵は――その遺産に属するものだ」
カレドは立ち止まり、廃墟の奥を指差した。
「行こう。お前の血が、何者かを目覚めさせる」
☗☗☗
二人は街の中央にある階段神殿へとたどり着いた。
扉は閉ざされていたが、リオンの鍵が近づくと、まるで触れられるのを待っていたかのように開いた。
中は異様に冷たい空気に包まれていた。闇の中に、浮かぶような灯り。
その中心に――**棺**があった。
白銀の金属で封印されたそれは、明らかに生物のものとは異なる存在感を放っていた。
そして、その棺の表面に、鍵と同じ模様が浮かび上がる。
「開けろ」
カレドが静かに言った。
リオンは一歩近づき、黒の鍵を差し込んだ。
カチリ、と小さな音がして、空気が震えた。
次の瞬間――棺が、自らの意志で開いた。
その中には、少女が眠っていた。
十七、八歳くらい。透き通るような肌、白銀の髪、そして目を閉じたまま、胸にもう一本の黒鍵を抱いている。
「……誰だ、この子は」
「お前の双子だ」
「――は?」
「正確には、お前と“同じ器から分かれたもう一つの魂”。千年前にこの地で封印された、灰の王の“守人”」
リオンの頭が混乱する。双子? 魂? 灰の王の守人?
カレドが近づき、棺の側に膝をつく。
「この子の名はユノ=レシア。そして……目覚めたということは、始まったということだ」
「なにが……?」
そのとき、地鳴りが響いた。
神殿の外で、何か巨大な“存在”が立ち上がったかのような音。
カレドが振り返る。
「灰の王が目覚めた。お前の母が命と引き換えに止めていた封印が、ついに崩れたんだ」
棺の中の少女が、ゆっくりと目を開いた。
その瞳には、リオンとまったく同じ“灰色の光”が揺れていた。
そして彼女は言った。
「……あなたが、“鍵持ち”ね」