第17章:目覚めの残響
黒い腕が地を裂き、天を覆う。鏡の奈落が呻き声をあげ、世界が裏返るような眩暈がリオンを襲った。
「離れるな、ユノ!」
「言われなくても!」
背中合わせの二人のまわりを、無数の鏡片が旋回する。破片の一つに触れたとたん、リオンの脳裏に異質な映像が流れ込んできた――
戦火に沈む都市。崩れ落ちる塔。誰かが泣き叫び、誰かが笑いながら剣を振るっていた。
「これは……誰の記憶だ!?」
「違う……」フィアの声が震える。「これは“神”の……夢……!」
神の夢――それは記憶の断片の集合であり、過去と未来の可能性すべてが混ざり合った、理解不能の混沌だった。
リオンは踏みとどまり、目の前にそびえる“目”を見上げる。あれが神の器か、あるいはその眠る内界の入口なのか。
その瞬間、鏡の破片の一つが強く輝き、そこから一人の男が現れた。
「……リオン」
灰色の外套、片腕を失った男。血の気のない顔に、疲労と諦念が浮かんでいた。
「カレド……!」
姿を現したのは、かつてリオンに“黒き鍵”の中核を託した錬金術師――その姿は、かつてよりもずっと弱々しかった。
「間に合ったか……お前がここにいるということは、もう……封印が近いのだろうな」
カレドの声は低く、しかしどこかほっとしたようでもあった。
「どうしてここに? あなたは何を知っている……!」
「今は話す時間がない。この神の眠りが解ければ、世界はもう“記録”では保てなくなる……」
カレドが手を伸ばし、リオンの胸に触れる。その瞬間、金属のような音が響き、リオンの胸元から黒き鍵の一部が反応を始めた。
「その鍵は、夢と現実の結界を裂くもの。だが、完全ではない。最後の断片を探せ。場所は……“神の墓標”――」
言い終わるより早く、鏡の奈落が再び叫びを上げた。
空間がひずみ、リオンたちは再び引き裂かれるように空へ――いや、“現実”へと投げ出された。
目を開けると、そこは静かな山間の夜だった。焚火はすでに消えており、風が葉を揺らす音だけがあった。
「戻ってきたのか……?」
フィアが弱く鳴き、ユノが立ち上がる。
「でも確かに見た。カレドが……そして神の目が開きかけてた」
リオンは胸元の鍵に手を当てる。鼓動のように、それは微かに熱を持っていた。
「最後の断片、“神の墓標”……そこに、終わりがあるのか」
空を見上げると、満月が静かに光っていた。




