第16章:記憶の奈落
意識が戻ったとき、リオンは地に伏していた。大地は黒く、空はない。音が消え、色も褪せている。まるで“記憶の裏側”のような場所だった。
「……ここは……?」
「生きてるみたいね。よかった」ユノの声がすぐ隣から聞こえる。
彼女も目を覚まし、フィアを胸に抱えていた。だがフィアは、眠っているのか、まるで意識がなかった。
「鏡に引きずり込まれて……ここは、どこ?」
その問いに、誰かが答えた。
「ここは記憶の奈落。“鏡の下層”。忘れ去られたすべての記憶が堆積する、世界の盲点」
声の主は、前方の影――フードの男だった。
「お前たちはまだ“神の断片”に触れていない。だが近い。だから呼ばれた」
リオンは睨むように問いかけた。
「神って……誰のことだ。何の目的で俺たちをここに?」
ユゥ=リは静かに右手を差し出す。その手の中に浮かぶのは、かつてリオンが受け取った黒き鍵の断片によく似たもの――だがそれは、砕けた鏡片だった。
「“神”は鏡の底に封じられた。記憶を喰らい、意志を映さず、ただ眠り続ける。
そして、お前は――その封印を開くための“選ばれざる継承者”だ」
雷のような衝撃がリオンを貫く。
「選ばれ……ざる?」
「そう。お前は選ばれなかった。だが、それでもここまで来た。だからこそ、神は目を覚まそうとしている」
そのとき、フィアがゆっくりと目を開いた。
瞳が光り、低く、震えるような声がリオンの胸に響く。
「……“眠れる神”が……呼んでる……」
次の瞬間、空間が裂け、真下から無数の鏡片と黒い腕が飛び出した。
「来るぞ!」ユゥ=リが叫ぶ。
リオンはとっさにフィアを抱き、ユノと背中を合わせた。
奈落の闇が彼らを飲み込む――その中心に、巨大な“目”が浮かび上がっていた。