第十三章:灰の王と黒き鍵
新しく書き換わった世界は、美しく、静かだった。
だが、その中心には――誰も覚えていないはずの“誰か”が、ぽつりと立っていた。
リオン。名前だけが残された青年。
記憶を失ったはずの彼は、それでも胸の奥に“何か大切なもの”を感じていた。
◉世界の深層にて
一方その頃、記憶図書館のさらに深層――
誰も知らない“書かれなかった歴史の間”に、黒い影が一人、立っていた。
男の名は、ゼル=ヴァリエ。
かつて“継承に失敗した者”として記録から消され、すべてを終えたはずの存在。
だが、リオンの再記述によって生まれた“空白”に、彼は流れ込むように戻ってきた。
彼は呟く。「再び、選択の鍵が動いたか……」
そしてその手には、焦げたような黒の鍵。歪み、割れたそれはかつての力とは異なる――**“逆位の鍵”**と呼ばれる禁忌だった。
◉灰の王、目覚める
その時、地の底から立ち上がるように、空気が歪み、光が色を失っていく。
世界の一部が“灰”となって崩れ始めていた。
ノエルが気づいた。「これは……何かが、逆流してる」
セレナが小さく首を振る。「いいえ、これは“逆転”です。
リオンの記憶が代償として捨てられたことにより、空白に“旧き意志”が入り込んだ」
ゼル=ヴァリエは、世界の深部に手を伸ばし、言い放つ。
「継承など茶番。世界の意志など虚構。
ならば俺は――この鍵で、**“終わりの書”**を開く」
空がひび割れる。
世界にもう一度、災厄の影が差す。
◉そして再び始まる物語へ
記憶を失ったリオンは、何も知らずに微笑む。
だがその背に、青く光る鍵の残響がかすかに揺れていた。
ユノは彼のそばに立ち、強くつぶやく。
「もう一度守るよ、あんたを。何度でも」
その背後、ノエルが静かに剣を抜いた。
「物語はまだ終わっていない。灰の王が動いたのなら――俺たちも、再び動く時だ」