第十二章:白紙の扉
空白の世界に踏み込んだ瞬間、リオンたちの足元がふわりと宙に浮かぶ。
そこは重力も時間も存在しない、まさに“無”の空間だった。
だが、ひとつだけ――中心に「扉」があった。
それはまるで紙でできたように薄く、しかし内から強烈な力を放っていた。
ノエルがつぶやく。「……ここが“再記述の間”か」
「ええ。ここでは、選んだ者の意志が現実になる」
セレナが静かに頷く。「だが、それは代償と引き換え」
ユノが眉を寄せる。「代償?」
「はい。“選択”とは、必ず何かを捨てるということ。
そしてこの扉を通った者は、自身の記憶、存在、関係の一部――何かを永遠に失うことになります」
◉最後の問い
リオンは扉の前に立つ。
鍵はすでに、彼の中で応えていた。これまでの旅路、出会い、戦い、そして迷い――
「でも、俺はもう選ばずにはいられない。
……だって、この世界で出会った“誰かの涙”が、ずっと心に残ってるから」
扉が震えた。問いかけるように。
――「何を犠牲にし、何を守るのか?」
リオンの脳裏に浮かぶのは、かつての両親の笑顔、ノエルの静かな背中、ユノの怒った顔、フィアの小さな手。
彼は目を閉じて言った。
「俺の“記憶”を捨てる。
俺が誰かだったことも、どんな旅をしてきたかも全部……でも、それでも構わない」
◉開かれる扉
鍵が輝きを増し、扉が風に舞う紙のように、ひらりと開いた。
強烈な光がリオンを包み込む。
彼の中から、過去の記憶がひとつ、またひとつと消えていく。
それでも彼の手は、前を向いていた。
――「俺が、選んだことだけは、きっと誰かの中に残るから」
◉その時、世界が“書き換わる”
空白だった空間に、少しずつ色が戻り始めた。
空、海、街、風、人々の笑顔。
彼が守ろうとしたものが、世界の“新しいページ”に再び描かれていく。
リオンの姿は、その中で少しずつ薄れていった。
ノエルが叫ぶ。「リオン! お前……!」
だが彼は静かに笑っていた。
何も覚えていない目で、それでも、確かに――“仲間”を見ていた。
◉その名前を呼ぶ声が
ユノが、涙を浮かべながらそっと囁く。
「……バカ……リオンって、名前だけは、あんたに渡さないから……」
光が完全に収まったとき、新しい世界が始まっていた。




