8.契約獣について注意を受ける
腕を引かれて連れて来られたのは、まさかの二年前に彼と会った思い出の森だった。
「急に悪いな。」
「いえ、それで何の用なんでしょうか。」
人目がつかない場所で二人きり。
以前の私なら勘違いしてドキドキしてたかもしれないが、昨日のことがあったため、今は違う意味で震えている。
「おまえ、アイツの契約届は出したか?」
「え」
やばい、すっかり忘れてた。キアラにも言われてたのに。
「ま、まだです。この後、すぐにやります!」
「だからか…」
そう言って、私の足元のクロを見やる。
「早く届出を出せと言ったのは、従属獣の扱いについて、担当が詳しく説明してくれるからだ。」
契約届けなんて、ただ契約しましたよー、と言うだけの形骸化されたものだと思っていたら、どうやら違うようだった。
「従属獣は契約主が命じない限り、主の元に姿を現した状態で侍り続ける。おまえ、昨日からずっと出現させたまんまだったろ。」
「はい、一緒にいても特に問題ないと思ってたので。」
クロは餌もいらないし、暴れるわけでもなくただ私の足元でハッハッとじゃれてるだけなので、特に何をするわけでもなく一緒にいた。
「コイツは成体じゃなくても魔力の消費が激しい。このままだとおまえ、魔力枯渇で倒れるぞ。」
「うそ」
そういえば、朝からダルくて栄誉ドリンクで気合いを入れていた。ダルさの原因は無意識の魔力消費だったのか。
「うそじゃない。いいか、心の中で還れと念じろ。逆に出すときは来いと念じるだけでいい。」
「やってみます。」
クロ、ごめん、また呼び出すから還ってー
するとすぐにクロの姿が消えた。
「還りました!」
「みたいだな。」
エンデ先輩の口元がわずかに緩んだ。
「心配してくれたんですか?」
「ちげぇよ、どっちかというとアイツの心配だよ。」
「クロの?」
「クロって名前にしたんだったか…」
「はい!実家で飼っている犬と一緒の名前です。」
「は?昔飼ってた犬じゃなくて?」
「いまも飼ってますよ。」
最近会えてないが、家の庭を元気に走り回っていることだろう。
「…」
よくわからないが、呆れらている気がする。
「クロとは契約更新をしようとしてたんですよね?以前はどのくらい契約していたんですか。」
この際だから、少し気になっていたことを聞いてみる。
「一月だけの仮契約だった。」
「意外と短いですね。」
「その前の持ち主が死んだから急遽引き継いだんだ。魔法科五年のアンドリュー・ブラックの。」
アンドリュー・ブラックといえば、この前の長期遠征で唯一亡くなった生徒の名前だった。
「私、なんてたいへんなことを…」
エンデ先輩が彼から引き継いでいたということは、その生徒の形見を引き継いだも同じだ。
それを私は横からかっさらってしまっていたなんて。
「別に俺じゃなくても良かった。同じ魔法科の生徒に引き継がれるなら、あいつも喜んでるだろうよ。」
エンデ先輩の声のトーンが少し弱くなる。もしかしたら亡くなった彼のことを思い出したのかもしれない。
「契約してしまったからには、私もクロを大切に扱います。お約束します。」
「ああ、でも一つ頼みがある。」
なんだろうか、一発殴らせろとでも言うのか。ほっぺたは跡になるからできれば止めて頂きたい。お腹なら耐えれるか…そう身構えていると
「たまにでいいから、クロを触らせてくれ。」
めちゃかわいい頼みだった。腹筋に力を入れて損した。
「それはもちろん。今また呼び出しましょうか?」
「いや、今日はいい。おまえの魔力は課題をやるためにとっとけ。」
確かに、今呼び出したら今日の課題をこなすのは厳しくなるかもしれない。
なんだろう、この人なんだかんだで優しいぞ。