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4.どこの輩ですか

切りが悪かったので、少し長め。




「ああん?誰だてめえ。」


「え」


「おい、言い方。」


先輩と一緒にいた友人らしき人が彼をたしなめる。

すると、チッ、と盛大に舌打ちをし、こちらを鋭い眼光で睨む。


「誰だか知らねえが、端に寄っとけ。危ないだろうが。」


いま、私は演習室にいる。

たまたま午前の移動教室で忘れ物をしたことに気付き、昼休憩を利用して取りに戻ったのだ。演習室は魔法実習によく使われる教室で、真ん中が何もない空間になっており、周囲の壁側に背もたれの無い椅子がぐるりと取り囲んでいる造りとなっている。


私が教室に入ったとき、中には第五学年の制服のローブを身に着けた男子生徒が3人立っていた。


そのうちの一人が、私がずっと憧れてきたダリオ・エンデ先輩だった。


当時とは違って、髪は短く切られ、すっかり大人の男性になっていたが、自分が彼を見間違えるはずがなかった。


そして、感極まって「あの、エンデ先輩!私のこと覚えてますか?二年前、高等部の森であなたの魔法を見せてもらった」と声をかけたところで、先程のお言葉を頂いた。



あれ、この人はエンデ先輩ではない?私としたことが、間違えたか。



私の忘れ物は彼らの奥にあるので取りに行くことができない。端に寄れと言われたので、とりあえず素直に従ってみる。


「そこの一年の子、本当に危ないからそこから動かないでね。すぐ終わるから。」


先程エンデ先輩(仮)をいさめた薄茶色の髪をした先輩がこちらに向かって言う。


「え、はい。」


すぐに終わるなら教室の外で待とうかと思ったが、動かないでと言われたならそうするしかない。

私の返事とともに、もう一人の浅黒い肌をした先輩が術式を展開し始めた。その様子を二人が眺めている。


床に描かれたそれは、何かの召喚陣のように見えた。

呪文の詠唱とともに、淡い光が陣から漏れだす。

暫くしてその円陣の中に影のようなものが現れ始めた。


(何かの動物?)


影は段々と輪郭を現し、毛並みのようなものが見える。

ふわふわつやつやの真っ黒の体毛、アンバーの目をしたそれは、



(え、あれクロじゃん。)



とてつもなく実家で飼っていた犬に似ていた。



「クロ」

思わずその動物に向けてその名を呟いた。


「は、嘘だろ!?」


瞬間、誰かの驚愕する声と同時に光が消え、一匹の子犬が召喚陣の中に残った。


しーんと静まり返った演習室。

三人の先輩方は子犬を見たあと、何故か私を呆然と見つめる。


「きゃん」


子犬が私の方を見て鳴いた。


それから、あの人も私の方を見て吠えた。



「おっまええええ!!!!っふざけんなよ!!!!」


鬼の形相とともに、爆音の怒号が室内に響き渡った。


え、私怒られてる?


「更新の儀式で名前を呼ぶのは主になる者だけだと習わなかったか!?コイツは俺の契約獣だったんだぞ!?」


よくわからないが、彼らは契約獣の更新の儀式をここで行っていたようだ。

そして私がその儀式を台無しにしてしまったらしい。たぶん。


ちなみに私の浅い知識でも、契約獣の更新の儀は鍵のかかった密室でするのが鉄則と知っている。なので、こんな誰でも出入り自由の演習室で、しかも他人がいる中おっぱじめるとは微塵も思わなかったのだ。


「ふぇっ」


突発的に、涙がこぼれた。


私はこれまでの人生で、他人からこれほどまでに強い怒りの感情を向けられたことなんてなかった。

しかもそれがよりによって憧れの先輩(仮)からということもあり、いつのまにか、私は怖さと悲しみで目から涙が止めどなく溢れ出ていた。


「ご、ごめんなさい、更新の儀式、をここでしてるんだとは思わなくっ、て」


しゃくり上げてしまい、うまく喋れない。落ち着こうと思うほど、涙が溢れ出てくる。


「大丈夫大丈夫、謝らないでいいよ、こっちが悪いから。普通そうだよね〜。昼休みに演習室でこんな適当に更新の儀式してるなんて思わないよね。なんかゴメンネ?」

召喚術を行使していた先輩が軽い口調で言う。


さらに茶髪の先輩が彼を責める。

「おい、女の子泣かせるとかおまえ終わってるぞ。」

「…」


二人から責められ、先輩はバツが悪そうにしている。

ローブの袖で涙を拭っていると、先ほど召喚された子犬が足元に寄って来た。

しっぽをフリフリしながら私の足を舐める。慰めてくれるのか。なんていい子なんだ。


「…怒鳴って悪かった。」


先輩が何かを私に向けて差し出す。


棒付きの飴だった。


「…」


よくわからないが、受け取る。どうやら慰めてくれてるみたいだ。慰め方が幼児に対するそれなのは無視しておこう。


「じゃあ、僕は次の時間は星見塔だから、そろそろ行くね〜。」

「ああ、ありがとうな。」

浅黒い肌の先輩は手をひらひらさせて教室を出ていった。


そうして私とエンデ先輩(仮)と茶髪の先輩、それから子犬が残った。


しばらくひっくとしゃっくりが止まらなかったが、段々と普通に呼吸ができるようになってきた。


「あ、あの、本当にすいませんでした。」

「…いや、いいよ、アージュンの言う通り、昼休みにこんなとこで儀式なんてやってた俺らのほうが悪い。」


エンデ先輩(仮)が先ほどとは違って大人しい。さっきの召喚科の人っぽい先輩はアージュンというみたいだ。


「君はここに何しに来たの?ダリオのおっかけ?」

茶髪の先輩は私をエンデ先輩のファンと勘違いしているらしい。私がさっきキラキラした目で「私を覚えてますか?!」なんて彼に言ったせいだろう。


そして、やはり彼はダリオ・エンデ先輩で間違いないみたいだ。マジか。


「忘れ物を取りに来たんです。午前中にここにテキストを置き忘れてしまったようで。」

「ふうん、演習室を使うってことは魔法科の生徒?」

「はい、魔法科第一学年のネモ・フィリアスといいます。」

私が名乗ると、茶髪の先輩はおや?という顔をした。


「じゃあ後輩だね。俺達は魔法科第五学年だよ。俺はシャノン・ラースだ。コイツのことは君は知ってるんだよね。」

ラース先輩が不貞腐れてる彼を指さす。


「ええと、はい、…ダリオ・エンデ先輩。」

私が一度会ったあの彼は、優しげで爽やかな人だった。

こんなジャックナイフのような人では無かったんだが。


ちらっとエンデ先輩を見やる。

エンデ先輩は私に興味はないようで、私の足元にいる子犬をじっと見つめている。


「…あの。故意で無いにしろ、儀式を台無しにしてしまって本当にすみませんでした。」

「いいよ、もう。」

彼はいいよ、と言いつつ子犬を見つめてその視線を逸らさない。


「この子はどうしたらいいでしょうか?私はあまり契約獣について詳しくないのですが、契約を上書きすることってできたりしますか?」

「上書きは不可能だ。俺はアージュンに…さっきまでいた召喚科のあいつに、永年契約を結ぶ予定で呼び出してもらっていた。だから、おまえが死ぬまでコイツとの契約は切ることはできねーよ。」

「そんな…」


どうやら私はエンデ先輩が永年契約をしようとしていた召喚獣を横取りしてしまったらしい。

それは怒るのも無理はない。


「今、そいつはおまえに合わせて子犬みたいになっているが、本来は気性が粗く凶暴だ。それと、もし成体になったらおまえの魔力はごっそり持って行かれるだろうから、そうならないように注意しろ。」


「きゃん」

私の代わりに甲高い声で子犬が返事をする。

つぶらな瞳で尻尾をバッタバタ振ってるこの子が、凶暴だと…?


「あと、契約獣の届出は必ず今日中にしとけ。注意事項はそれだけだ。」

そう言い残して演習室を出て行こうとする。それにラース先輩も続いた。


「じゃあね、ネモ。」

「はい、失礼します。」


そうして演習室に残ったのは私と一匹。

「きゃん」

「…クロ、あなたって寮部屋で飼っていいのかな?」


棒付きの飴を握りしめ、私は誰ともなくつぶやいた。



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