39.わたしが好きなあなたの魔法
元々それは、自分が第三学年のときに出されたいつもの課題の内の一つだった。
炎属性に対して他の元素を混ぜたときに、どういった効果が生じそれによる影響をレポートに纏めよというもの。
元素の種類に制限はないとのことで、割と自由度が高い課題だと思ったのを覚えている。
自由度は高いが、選択した元素によっては危険を伴うとのことで、講師の管理の下、授業の中でのみ実験が許可された。
まだ課題内容が発表されただけで、授業は翌週と告知された。どの元素にするか、色々と頭の中で考えた結果、どうしても自分で先に試したくなった。
放課後、校舎の外れの森の中で密かに魔法を展開する。まだ呪文も術式も教えて貰ってなかったので、想像だけで構築してみる。
これらの行為は教師陣にバレたら確実に罰則を受けるので、せめてもの抵抗としてフードを目深に被っておく。
この森周辺および学園から少し離れた場所に至るまで、空気中に漂うありとあらゆる元素を集め、それらを事前に練り上げた炎にぶつけてみる。すると、魔法粒子同士が反発し合い、花火のような光景が広がった。
目の前に映る空の色に溶け込むような揺らめく炎の幻想的な風景を見て、魔法というのはなんて美しいのだろうと思う。
こんなものが、ただの授業の課題の一部だなんてもったいない。どうにかして、他のことへ転用できないのだろうか。魔法を展開したままそんなことを思案していると、視界の端に、バカみたいにぼーっと突っ立ってこちらを眺めてる顔が見えた。
制服からして、中等部の生徒のようだ。キレイな緑色の目に真っ直ぐな赤毛。まるでこの森と、先程粒子をぶつける前の炎のような色合いだ。
そう思っていたのもつかの間、そういえば結界を展開していなかったと気付き、慌ててその子の元に駆け寄る。
「…ごめん!気付かなかった!大丈夫?」
◇
「お休み中なのに、お時間いただきありがとうございます。」
昨日は大変な目にあったが、今日、こうして約束の時間通りに先輩と対面している。場所はいつもの放課後の森。今日は絶対にここで会うって心に決めていたので、こちらから場所を指定させて貰った。
「せっかくの休みなのに、学園の森で良かったのか?」
「はい、今日は絶対この森に来たかったんです。」
そんな私の言葉に、先輩は怪訝そうな顔をする。まあ、そうだよね。
「で、何の魔法の練習がしたいんだ?試験休みに課題は出ないはずだろ?」
「あ、魔法の練習じゃなくて、先輩にやって欲しいことがあって・・・と、その前にお話しが。」
「話?」
「はい。」
ああ、せっかく落ち着いたと思ってたのに、また緊張してきた。
昨日の夜に何回も今日のことをシミュレーションしてきたのにな。
「昨日、召喚獣の力で、並行世界を覗いたんです。」
「並行世界?しかも昨日って…貴重な体験だな。」
「はい、もしも…もし私が、先輩の魔法に出会わなかった場合の世界。そこでは、私は魔法学科じゃなくて、魔法薬科に進学してました。」
「へえ?」
先輩は興味深そうな様子で返事をする。こういうときに真剣に話を聞いてくれるところも先輩の素敵なところだと思う。
「先輩はもちろん向こうの世界でも魔法学科で、クロも先輩と契約してました。」
「なるほど。おまえが魔法学科に進まなければ、契約の儀のときに演習室に来ることも無かった。だから、俺は邪魔されること無くクロと契約したってことか。」
「はい、その通りです。先輩と私も、接点が無いように見えました。」
「学科が違うんだったら、そうかもな。」
「でも・・・私はその世界でも、先輩と、この森で出会ってました。」
先輩が予想外だと眉を上げる。話の流れから、そうくると思わなかったのだろう。
「向こうの世界の先輩も、変わらず優しかったです。」
「まあ、当然だ。俺はいつでもどこでも優しい。」
相変わらずの自信家だ。ブレない先輩の様子に笑みがこぼれる。
よし、本題はここからだ。
「で、脈絡なくて申し訳ないんですが、先輩の魔法が見たいんです。」
「マジで脈絡ゼロだな。一体何の魔法がみたいんだよ?」
「景色が虹色に変わる“ただの炎”の魔法。私が二年前にここで見た魔法を、また見せてもらいたいんです。」
中等部だったあの頃、まだ魔法にそこまでの興味を持てなかった私に、世界で一番キレイだと思える光景を見せてくれた魔法を、見せてほしい。
先輩は最初、二年前に私と会ったことを覚えてないように装ってたけど、いままでの感じだと、間違いなくあのときのことを覚えてると確信している。
「・・・いいよ。ただ、あの魔法、ここで使ったことがバレたら罰則を受けることになるけど・・・それでも見たいか?」
え、あれ、禁止の魔法だったんだ。
でも、先輩が見せてくれるなら、それでいい。
「罰則を受けることになったら、先輩は私に脅されて仕方なくやったことにしといてください。だから、見せて欲しいです。」
「おまえに脅されたからってやるようなもんじゃないから、別にいいよ・・・」
呆れた様子を見せつつ、先輩は手で払うようにして後ろに下がれと私に促す。
それから、両手を合わせ、瞬時に綺麗な結界を展開した。
「あのときは結界を張ってなかったからな。でも、そのうっかりのおかげで、おまえが魔法学科を目指すきっかけを与えられたんだと思ったら、結界を張り忘れてて正解だったんだろうな…」
先輩は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でつぶやく。先輩が言う通り、正解だったと思う。うっかり万歳だ。
「この魔法は空気中の元素を集めるものだから、あのときと全く同じにはならないと思う。それと、俺もいまのこの時期の罰則は避けたいから、威力は小さめな。」
「はい!もちろんです。」
卒業を控えた最終学年での罰則は就職先に響く可能性もある。留年なんてことになったら洒落にならない。
「じゃあ、いくぞ。」
まず、最初に両手をパンっとはじいて炎柱を結界内に出現させた。メラメラと揺れる炎は、激しいというよりも穏やかに空気を燃やしていた。
次に、先輩が手を組み替えて術式を展開し、呪文を詠唱する。
どこからか風が吹いてきて、私たちの髪を撫でる。その風に乗って、彼の周りに光が集まってくる。もうこの時点ですでに引き込まれてしまっていたのだが、その後、その光の粒子たちに向けて手を伸ばし、掴む素振りをして炎に手を振りかざす。
パンッ!
一瞬にして光が弾け、辺り一面、あの時見た色とりどりの鮮やかな色たちが空気中を漂う。
私たち二人がいる結界内だけ、まるで異世界にいるかのような幻想的な風景に包まれた。
「キレイ・・・」
目頭が熱くなる。
人間本当に綺麗なものをみたとき、涙が出ると聞いたことがあったけど、今がその瞬間なのかもしれない。
魔法を展開し終えた先輩が私を振り向く。
「これでよかったか?」
「・・・はい!ありがとうございます。」
「え、涙、おまえ、泣いてんの?」
「魔法がとてもキレイ過ぎて・・・感極まってしまいました。」
「そうかよ。」
言葉はぶっきらぼうなのに、顔は優しい。周りの景色と相まって、先輩の顔も輝いてみえる。
「なんだか泣かせてばかりだな・・・。」
先輩が自分の手で私の涙を拭ってくる。恥ずかしいしくすぐったい。やはりこういうときは、話題を逸らすに限る。
「最初は、クロの契約更新の儀のときでしたね。あのときは、先輩にびびって泣いちゃいました。今振り返ると笑い話ですけど。」
ほんの数か月前のことなのに、随分と前のことのように感じる。
あのとき先輩に向けられた怒りの感情は、たぶん私の人生の中でトップ3に入るくらい怖かったと思う。
「・・・更新の儀のとき、忘れたフリしてごめん。色々言い訳はあるんだけど・・・最初はおまえがあのときの中等部の子だって、本気で気が付かなかったんだ。」
「謝らないでください。忘れてても無理ないですから。たった一回会っただけだし、二年も経ってたし。」
「いや、違う、忘れたことなんて無かった。ただ、おまえが想像よりも成長してたから、その、気が付かなかっただけで・・・」
何やら言葉の歯切れが悪い。顔を見ると、すこし耳が赤くなっている。
・・・たまに急激に可愛い様子を見せるな、この人は。
「先輩。」
「ん?」
息を吸い込み、一気に吐き出す。よし、整った。
「好きです。あなたの魔法も、あなたのことも。」
そう言い切った私に、彼は信じられないと言わんばかりに目を丸くしていた。




